第15話 作戦会議

  ⑦

「ごちそうさま、っと。いや~久我っち料理上手いね? 男の子でこんな繊細なの作れるなんて榎本ちゃんは軽く引い――じゃなくて、えっとえっと賞賛の眼差しってこんな感じかな?」


「……誰が久我っちだ」


「料理を褒められるのは素直に嬉しいんだ?」


「まさかとは思うがさっきの台詞で褒めたつもりだったのか……日本語力に深刻な問題があるぞお前。小学生からやり直せ」


 契の自宅、時間は黄昏時を少し超えた頃。


 榎本が契たちの仲間に加わった後、作戦内容をみんなで共有するため、そして対峙することになるエリアリーダーについて色々と教えてもらうために彼女を家に招待する運びとなった。


 これには久我と、あと何故かクロマも難色を示していたのだが、そうは言っても他に有力な候補地などない。それに信用すると決めたのだから、いつまでも警戒していたってしょうがない。


 だからここで話す作戦は裏をかくための偽情報なんかではなく、正真正銘のホンモノだ。


 作戦。エージェントの力を借りてエリアリーダーを倒し、ノルマを踏み倒すという大筋は元々決まっていたが、それに今まで得た情報を組み込んで細部を練ったものを言葉として紡ぎだしていく。


 今回は契の演技だけでどうにかなる相手ではない。クロマの能力を加えても無理だ。久我、榎本、それに二人の相棒たる天使にも協力してもらう必要がある。


 契の話を聞き、全員が自分の役割を完全に把握するまでに、やはりかなりの時間を要した。榎本は感心したように何度も頷いてくれる。


「ふぉおお……やっぱキミ頭良いんだね……それならホントに上手くいくのかも」


「そうだね、今出来る限りでは一番良い方法だと思うけど、でももっと時間を掛ければもっと成功率が高い手段だって取れるんだ。ただ残念ながら僕のせいであんまり猶予はない。だから少し博打めいた部分が残ってる」


 時間がない。それは何となれば、契がエージェントに課された緊急指令の討伐対象に設定されているからであり、またもうしばらくは木崎某に成りすましていないといけないからだ。


 彼の逃亡は未だ発覚していないようだが、月々のノルマを報告できない関係上そこで本部側に伝わってしまうだろう。そうなれば契がエージェント内に紛れるのは困難になる。


「ううん、成功すると思う。――んー、まあわたしがそう信じたいだけかも知れないけどね? でもそんなの聞かされたらどうしたって期待しちゃうよ」


「可能な限り努力する。というか、少なくとも現状を悪化させるようなことには絶対にしないから」


「うんうん、だいじょーぶ。そんなのもう心配もしてないってば。むしろわたしが失敗しないか不安なくらい」


 榎本に頼んだ役職は、実のところそこまで重要ではない。だがエージェントとしての能力云々ではなく、基本的に純粋な演技力を要求されることになるので、経験のない彼女が自信を持てないのも無理はなかった。


「上手く行けば明日の午後決行、だったよね。それまでに練習しとく……」


 榎本はうーんと大きく伸びをしながら立ち上がった。ライラと話していた天使が意図を察して彼女に近寄り、半透明に――平行異界の第一深層へとダイブする。


 それを見た久我が咎めるような言葉を投げた。


「……おい、何を一人で帰ろうとしている?」


「!? 男二人でか弱い女の子をこんな密室に連れ込んだのにはやっぱりそういう意図があったんだ!? きゃあやめて犯され――」


「あああうるせえ! てめえの貧相な身体なんかのために法を犯す奴が一体この世のどこにいるってんだよ!」


「……ねえ流石に酷いよね? わたしの価値低すぎない? 確かに貧乳かもだけどスタイルは悪くないんだけどなー結構可愛いはずなんだけどなー」


 拗ねたような半眼上目遣いを華麗にスルーしながら久我はトントンとテーブルの上に置かれた紙を指で叩いた。ノートから乱雑に切り取られただけのそれには、既に単語がいくつか並んでいる。


「作戦を聞きに来ただけじゃなくて、奴についての情報を流すって目的もあっただろうが。俺の意見はとりあえず箇条書きでリストにしておいたからお前も何か書け」


「あ、そーだった、それもあったね。えとどれどれ――」


 再び椅子に座り直して用紙を覗き込んだ榎本は、ふんふむともっともらしく頷きながら一つ二つ追加で何事か記していく。時折クルクルとペンを指先で回す仕草が妙に手馴れていた。


「出来た」


 にぱ、と笑みを浮かべながら手渡された紙切れには次のような文言が敷き詰めてある。


 屑。性格が悪い。従えてる天使はかなり強い。間違いなく屑。傲慢。同じ人間だとは思いたくない。最悪の上司。プライドが高い。そこはかとなく屑。最低。臆病。美点を見つけるのに数年はかかる。歴史上稀に見るほどの屑。


 大嫌い。まさに中間管理職。

 

「……なにこれ」


 自分を評するものではないと分かっていてもこれを笑顔の異性に突き付けられるというのは穏やかじゃない。知らず頬が引きつって反応するのが少し遅れた。


「何って、エリアリーダーの印象でしょ。大体こんな感じだよ?」


「我ながらヘイトが先行しすぎてあまり客観的な描写にならなかったが」


 あまり、とはずいぶん過小評価じゃないだろうか。事情を考えれば無理もないが。


 それでも有用な情報がないわけではない。騙す相手の性格を掴んでおくことは演技そのものと同じくらい重要なことだ、より正確に把握しておく必要がある。


「えっと、この中間管理職って何?」


「あーそれね? エリアリーダーって一応幹部なんだけど、要は現場管理者的なやつでね、本部のエリートには頭が上がらないみたい。その憂さを自分の手駒わたしたちで晴らしてるってわけ」


 だから中間管理職。実体験として理解することはもちろん出来ないが言わんとすることは分かる。


「ならプライドが高いっていうのは? こっちは久我だよね」


「ああ……実はな、このエリアではまだ昇格したエージェントが一人もいねぇんだよ」


「昇格?」


「組織は実力主義だから、成果を出せば普通は本部の方に引き抜かれるんだ。なのに今のところここじゃ誰も声を掛けられてない。かなり長いことエージェントやってる奴だっているんだぜ? ずっと昇進ゼロ人は考えにくい。


 だからまあ噂程度の話なんだが、奴が個人の戦果を報告せずに差し止めてるんじゃないかって憶測が流れてるんだ。自分より上に行かれたくない、そんなプライドが邪魔でもしてるんだろ」


「……」


 それは――もしかしたら、都合の良い展開に持ち込みやすいかも知れない。


 メモの内容を頭に刻み込み、丸めてゴミ箱へと捨てた。……せっかく書いてくれたのに申し訳ないが、見るだけで鬱々としそうなので廃棄。


「……うん、ありがとう。二人のイメージを総合したら大体掴めた。少しの間やり合うくらいなら問題ないと思う。後は……クロマ」


「……んぇ?」


 真剣な空気を察して作戦会議中あまり喋っていなかったクロマが呆けたような声を返してきた。契を見上げる紅い瞳がパチパチと瞬く。


「いろいろと教えることがある。充電することも考えたらかなり長くなるから、そろそろ部屋に戻ろう」


「あ、う、うん。えっと……よろしく?」


「任せて。――じゃあ二人とも、また明日」


 そう言い残して契はリビングを後にした。軽く会釈してからクロマもその後ろにぴったりついていく。階段を上る足音がゆっくりとフェードアウトしていった。


 ……そしてあまり良好とは言えない関係の二人が後に残される。解散宣言に応じて帰り支度を始める久我に対し、榎本はその袖をツンツンと無意識に引っ張りながらうわーうわーと頬を染めていた。


「二人っきりで夜の指導……充電……ねえねえ久我っち、これ大丈夫? クーちゃんってばせいぜい中学生くらいにしか見えないんだけど児ポ法とか大丈夫?」


「心配なのはお前の頭だ。……というかいつの間にクーちゃんとか呼ぶような仲になったんだ」


「羨ましい? まーわたしは元々悪魔だからどうとか、そういうのはないからね。普通に仲良くなれるよ。だって美少女な榎本ちゃんから見てもあの子可愛すぎるし? お近づきになりたいじゃん。まるで童話のお姫様みたい」


「つまり一方的に呼んでいるわけか」


「いいでしょ? ゆくゆくは仲良くなりたいからその布石ってわけ。久我っちもいつかわたしと付き合いたい! とか思ってるなら、今の内にさりげなく名前で呼ぶとか無駄なじゃなくて地道な努力を重ねておくべき」


「さっさと支度しろ。送っていかねぇぞ」


「……あれ? それってなんか普通にポイント高いよ」


 手を振り払われた榎本は少し嬉しそうに上着を羽織ると、スキップに似た小走りで玄関へと向かった。

 



 部屋に戻った契が先んじてベッドに腰掛けると、クロマは譲られた椅子には見向きもせずに隣に座った。何気ない行為ながらも所有権を主張しているのか、榎本と合流してからクロマはやけに距離が近い。


 元からと言われればそれまでだが、ともかく。


 尽きかけているエネルギーの補充に演技指導、やることはたくさんあるのだ。あまり時間を無駄にも出来ない。


「じゃあこれから明日の作戦の細かい部分について教えるんだけど……最初に一つ言っておかないといけないことがあるんだ」


「? ……何よ?」


 ちょこんと小首を傾げる動作。それは非常に人間らしい。クロマは翼や能力云々という部分を除けば最初から人間と大差なかったのだが、時間が経つにつれてどんどん感情豊かになっているように契には思えた。


 いや、それはもしかしたらクロマではなく、契の方に変化があったのかも知れない。彼女のそういった些細な表情を好ましいと感じるよう、心が動いたのかも知れない。そんなことは今までなかったはずなのに。


 ……何故こんなことを考えてしまったのか。


 答えは一つだ。


「実は、作戦を実行に移す前に一旦僕とクロマとの契約を切らなきゃいけないんだ」


 多分、失ってしまいそうで怖いから。


 少しの間沈黙が場を支配した。一応、先程まで行っていた会議の段階で分かっていたことではある。ただ二人ともあえて言葉にはしていなかった。ただずっと無視するわけにもいかない。


 静寂を打ち破ったのは思いの外冷静な――何かを押し殺したようなクロマの声。


「……そんなことでわざわざ改まって話してるの? そんなのあたしに許可取らなくたってあんたの方から一方的に切れるって言ったじゃない。……昨日はホントにそうしようとしたくせに」


 恨めし気な瞳が契を射る。


「ごめん。あんなことはもうしないから。……今回はそういうのじゃないよ。仕方なく一時的に切るだけだ。そのまま消えてなくなるつもりはない」


「だから気にしないでって言ってるじゃない。まあ心構えはあった方が良いし、先に断ってくれたのには感謝するわ。でもそんなの全然平気よ、馬鹿にしないで」


 あたしはすっごい大悪魔なんだから――膝の上でキュッと握られた小さな二つの拳は震えていた。


 契でなくても、少女の怯えははっきりと見て取れたことだろう。だがここにいるのは契だけだし、色々な状況を鑑みれば、やはり励ます役として相応しいような気もした。自意識過剰なだけでなければ良いのだが。


「……契約は一度途絶えるけど、それでもずっとクロマの傍にはいられるから。心配しないで」


「ば、ばっかじゃないの!? そんなんじゃないんだから! 全然心細くなんてない!」


 自分の恐怖心に対応できない契にとって羨ましいくらいの虚勢。彼女の瞳がうっすらと濡れていなければ、もしかしたら契の方が泣いていたかも知れない。それくらいには不安だった。


 だから契は、何も言わずにクロマの手を取った。


 クロマは一瞬ピクッと肩を震わせたものの、特に抵抗せず小さく握り返してくる。


 そのまましばらくの間、ただ黙って手を繋いでいた。

 

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