エピローグ
ギデオンの求婚を受けてからというもの、アレクシアの毎日は満ち足りたものになっていた。
「アレクシア様、この頃ますますお美しくなられましたね」
晩餐会へ出掛けるアレクシアの支度を手伝うジゼルが、うっとりと彼女を見上げてくる。
黒いドレスに身を包み、真珠と銀の宝飾をつけたアレクシアはさながら夜の女王のように輝いていた。
「そうかしら。ふふ、やっとお目当ての方も手に入ったし逃がさないようにしておかないといけないわね」
「ですが、わたくし、バルザック卿はバスティアン殿下の内偵ではないかと疑っておりますのよ。お気をつけ下さいね」
ジゼルが言い含めるのにもちろんと、アレクシアはうなずく。
「ええ。だけれど、最終的にわたくしが女王になれば、問題ないでしょう。あの方を逃がさないためにも、王位を手に入れなくちゃ」
あんなにも自分が女王になることを望んでくれていたジゼルをがっかりさせるのは、忍びなかった。
しかし彼女とおなじ侯爵夫人になったら、いつか一緒にお茶をする関係になれるかもしれない。
女王と侍女という関係よりも、そちらの方が従姉同士らしくあれる気がするのだ。
(そっちの方がずっといいわ)
準備がすむとアレクシアは迎えの馬車が待つ玄関ホールへと向かう。そこにはすでにサリムが待っていた。
「姉上、今日もお綺麗ですよ」
「ありがとう。サリムも素敵よ。今日の晩餐会はギデオン様もいらっしゃるんですって」
「本当にバルザック卿がお気に入りですね、姉上。あまり贔屓しすぎると、他の婚約者達に嫌がられますよ」
「分かっているわ。やっとの思いで手に入れたのだから、ちょっとぐらいいいでしょう。ギデオン様が一番気にいらないのは、サリムかしら?」
そう茶化すとサリムが不満そうに唇を尖らせる。
「あれだけ姉上になびかなかったバルザック卿が姉上の婚約者になるだなんて、変ですよ。何か企んでいるのかも知れませんよ」
「ジゼルと同じことを言うのね。大丈夫よ。わたくしもしっかり見張っておくから。それに内偵だったら内偵で利用方法はまだあるわ」
ギデオンへの不審感はまだ誰もが持っている。彼のことを信用させるのがまず第一の目標だった。特にサリムは勘が鋭く賢い。慎重に対応していかなければ。
(サリムができるだけいい地位を得られるように、バスティアンお兄様にお願いしておかないと)
女王の夫になりたがっていたサリム。彼の望みを叶えられない。自分の決断はきっと恨まれるだろう。
こんなにも尽くしてくれるのに、たったひとりの弟の願いを叶えられないことは心苦しい。
「それに大丈夫よ、サリムのことは大好きだから」
裏切った後にも今と同じようにサリムのことを好きでいさせてくれるだろうか。
王位につかなかった結果、今まで自分が好きだったものまで、手放してしまうのだと考えると恐くなるときがある。
(王女でなくなったわたくしのことをみんな大嫌いになってしまうかしら)
サリムも、ジゼルも、母や伯父も自分のことはもう見向きもしなくなるかもしれない。母に関しては幼い頃にはっきりと、女王にならない子はいらないと言った。
(でも、わたくしも誰かの望むままに女王になる未来はいらないの)
どんなに嫌われて憎まれても、もう後戻りはしない。
馬車に揺られて晩餐会の会場にたどりつくと、入り口で自分を待っているギデオンがいた。
アレクシアはいつもどおり律儀に頭を垂れるギデオンに微笑みを向ける。
たったひとりでも王女でない自分を、受け入れてくれる彼がいるだけで迷いはなくなる。
(わたくしは、他の誰でもない自分になるのよ)
アレクシアは強い意思を持って、やっと生まれて初めて自分の足で踏み出した。
たったひとつの恋を叶えるために。
――fin
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます