第9話

 ミリアはゾルダム騎士団に守られながら、必死にファウンドへと魔力を送っていた。

 ミリアの頬を光が掠り、一筋の傷が走る。勇者達の攻撃は熾烈を極め、ゾルダム騎士団は防戦一方だった。今は、辛うじて戦線を維持しているがいつ崩壊するかわからない。最早、時間の問題だった。

 だが、ファウンドがレイドに勝てば話は別だ。アニムが無力化されれば、一転してこちらが有利になるだろう。それを分かっているからこそ、ゾルダム騎士団の面々は必死にミリアを守っていた。

 ミリアはゾルダム騎士団を信じ、目を閉じてフ―ウィルの操作に集中する。フーウィルを操作している間はファウンドと五感を共有するため、ミリア自身ほとんど動けなくなる。だから、使用している間は誰かに守ってもらわなければならない。

 ミリアは自身の魔力残量を気にしながら、ひたすら魔力を送る。予想以上にゾフィアに奪われる魔力が多い。ファウンドが普段からこれほどの魔力を吸われていたと思うとぞっとする。普通の人間ならすぐにでも魔力が枯渇してまうだろう。自分の魔力もそろそろ限界が近い。とにかく最後まで保ってくれることを祈るしかない。

 ミリアは深く息を吸い込むと、よりファウンドとの感覚共有に没入していった。



ΨΨΨΨΨ



 ファウンドはレイドの雰囲気の異様さを察する。ただならぬ気配。触れれば、一瞬で切り刻まれる。そんな想像を無理矢理にさせるほど、レイドの気迫は凄まじかった。

 レイドは空気を引き裂きながら、ファウンドに肉薄する。


『させない!』


 ミリアがすぐさま、ファウンドを転移させる。漆黒の残像を帯びながら、ファウンドはレイドの背後に転移。ファウンドは状況を即座に判断すると、レイドの背に魔剣を突き立てようとした。

 しかしその時、ファウンドの背に悪寒が走った。竜の双眸がファウンドを捉えている。そんな感覚に陥った。

 とっさにファウンドは仰け反る。するとファウンドの目前を紅い輝きが過ぎ去った。レイドの音速を凌ぐ斬撃だ。彼の前髪の先端が散る。

 間一髪だった。一秒でも判断が遅ければ今頃、ファウンドの頭部は切り飛ばされていた。ファウンドはレイドから飛び退くように離れる。今は一端逃げるしかない。


『今の何?! 全然見えなかった』

(奴の居合いだ。避けれたのは奇跡に等しい) 

『あいつ、そんな技を隠し持ってたの』

(いいや違う。あれはいつも放っていた斬撃と何一つ変わらない。今までと練度が違うだけだ)

『そんな、急にどうして』

(どうやら、奴を少なからず追いつめる事ができているようだ。俺にまるで刀が届かなくなった。その得体のしれなさを払拭するために、奴は全神経を剣技のみに向けたんだ)


 レイドは構えを解いてファウンドの方へと振り返る。その姿は狩りをする獣のそれ。一切の無駄のない洗練された立ち振る舞いは、見るものに自然と畏怖の念を抱かせる。


『奴のアニム、腰に差してたはずよね?』

(ああ)

『さっきから、魔力の放出が見えないの。多分あいつ、アニムを発動してない』

(俺の行動を予測できないなら、心を読めても意味がないと判断したのだろう)

『本当に剣技だけに集中してるみたいね……』


 ファウンドは目を細める。これで、レイドの意表を突くこが難しくなった。これから奴は空気の振動や魔力の流れから、ファウンドの居場所を特定してくる。背後に転移しても、レイドなら大まかなファウンドの位置を把握することができるだろう。ファウンドの転移先は、奴に知られていると思って行動した方がいいだろう。

 状況は好転するどころか、劣悪な方向へと進んでいる。例え、ミリアが支援してくれるとはいえ、今のレイドを倒すことができるだろうか。


『諦めるにはまだ早いわ。倒すのよ。レイドを倒して、アニムを無意味なものにしてやるのよ』

(どうして、お前はそこまで自信を持てる。何を根拠に勝利を保証できるんだ)

『だって、レイドは一人だけど、こっちは二人で戦ってる。私がいる』


 力強くミリアが告げた。自分がいれば負けるはずもないと。彼女は言いきる。

 確かに二人というのは精神的に優位かもしれない。だが、それを加味しようと、戦力差は歴然に見える。普段なら絶対に勝ち目がないと思っているはずだ。だが、どうしてだろうか。ここに至ってもまだ、ファウンドは自分の負ける姿を想像できない。負ける気がしなかった。


『そう、私たちは負けない!』


 ミリアの叫びがファウンドの心に木霊したかと思うと、ファウンドはレイドの頭上に転移していた。

 ファウンドは金色の魔力を纏った魔剣を、レイドへ振り下ろす。

 しかし、燐光が散ったと思うと、レイドの刀が魔剣をしっかりと受け止めていた。やはり、レイドはファウンドの居場所をしっかりと把握している。このままでは結局、全ての攻撃が防がれてしまう。だが……

 ファウンドの思い至った考えを、ミリアは初めから知っていたかのように実行する。

 重複音が響き、ファウンドはレイドの背後に転移。レイドは振り向き様に斬撃を放つ。しかし、レイドが構えた時には、すでにファウンドはその場にいない。

 ミリアもファウンドも考えていた。連続して転移を繰り返せば、必ずレイドがファウンドを見失うはずだと。だから、魔剣は振るわずに、二人はひたすら転移を繰り返した。

 間断なく響く振動がレイドの周囲を満たす。それは、水面に複数の小石を同時に投げたかのように、空気を媒体に振動を伝播させる。

 ファウンド達の思惑通り、レイドはファウンドの居場所を見失ったように視線をさまよわせている。

 そして、ファウンドに背中を見せた。


『今よ!』


 ミリアの思考が伝わる前に、ファウンドはすでに飛び出していた。よろめく視界、力の入らない腕。体中が悲鳴を上げ、ファウンドを停止させようと訴える。だが、ファウンドの勢いは止まらない。レイドを倒すため、全ての細胞が活性化し、ファウンドを押し進める。

 ファウンドはレイドへ向け魔剣を放つ。だが、ファウンドの脳裏に、今までのレイドとの戦闘が唐突に繰り返された。いつも、レイドはこの状況だと……

 ファウンドは自然と頭を下げる。すると、案の定、レイドの蹴りが放たれた。ファウンドはそれを潜るように接近する。

 レイドの目が見開かれる。さすがに避けられるとは思っていなかったようだ。だが、レイドがファウンドを研究し、その行動パターンを把握しているように、ファウンドもまたレイドの戦闘様式を把握しつつあった。

 だからこそ、ファウンドの一撃はレイドに届く。レイドの脇を魔剣が過ぎ去り、奴の腹を浅いながらも切り裂いた。レイドの顔が歪む。


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!」


 レイドは不安定な体勢から、地面を抉る斬撃を放った。地面を砕き、残骸を飛散させる。その瓦礫がファウンドの正面に叩きつけられた。ファウンドは咄嗟に両腕で防御するも、その強烈な一撃はファウンドを大きく吹き飛ばす。

 ファウンドは瓦礫の上に叩きつけられる。全身を削り、頭を打ちつけて、やっと身体が止まった。

 ただ吹き飛ばされただけだ。だが、疲弊したファウンドには致命的な一撃。全身が励起したように熱をもち、身体の自由を奪う。身体を起こそうと試みるも、力が入らない。立つことさえままならない。

 ファウンドの攻撃は確かに届いた。だが、レイドの剣圧を受けただけで、このあり様だ。レイドを倒す道は、限りなく遠い。


『動ける?』

(ああ、辛うじてな。だが、奴と斬り結べるのもあと一回で限界だ)

『そう、分かったわ。じゃあ、次で決着をつけないとね』


 ミリアの声が心なしか乱れているように感じる。そこでファウンドは初めて察した。度重なるアニムの使用とゾフィアの浸食。魔力の消耗は計り知れないだろう。ミリアの魔力も限界が近いのだ。


(ミリア。これは俺の戦いだ。お前が命をかける必要はない)

『いいえ、ユウリ。これはあなただけの戦いじゃない。私とあなたの戦いよ』


 ミリアはそして言い放つ。


『私は目に付く全ての人を救うって決めた。もちろんあなたも……いや、あなたこそ救われるべき人間だと思った。だから、私はこの戦いで示さないといけない。自分の正義を。レイドを倒して、ユウリを助ける。それを成し遂げなければならないの。だからユウリ、私はあなたと共にあの化け物を倒す。何が何でも絶対に、これだけは譲れない』

(だが、俺は復讐者だ。人道を外れた外道だ。救われる価値なんてない)

『違うわ! それは絶対に違う!』


 ファウンドの心にミリアの燃え上がる思いが伝わってくる。


『よく考えてユウリ。もしあなたが、本当に復讐者なら、レイド達を殺すことだけを考えて行動していたはずよ。私を救う事なんて考えもしなかったはずよ。でも、あなたは違った。あなたはエターナルを破壊する選択肢を選んだ。これは憎悪に支配された人間の選択じゃない。本当にお姉ちゃんの事を思っている人間にしか、できない発想よ。自分の感情よりも、あなたはお姉ちゃんの願いを一番に考えた。あなたは決して復讐者なんかじゃない』


 ミリアの言葉がファウンドの心に深く入り込む。エターナルを破壊する事、それはファウンドが自然と思いついた事だった。これこそが、シールの望む一番のことだろうと。レイド達を殺すことはなぜか二の次に感じていた。


『それが、あなたよ。ユウリ、あなたの本質なの。他人の事を一番に考える、心の優しい人よ。思い出して! あなたがどうして勇者を志したのか。あなたの正義がいったいなんだったか』


 ファウンドの頭に今までの記憶の数々が浮上する。シールとの幸福な日々、暗部として荒んでいた時代、そして初めて勇者になった時。


『俺は勇者になって、みんなを笑顔にしたい』


 そんな事を言っていた気がする。漠然とした、子供なら誰もが口にしそうな言葉。だが、確かにファウンドにはあった。そんな、幼少期があった。

 ファウンドはゆっくりと立ちあがる。緩慢に、だが着実に身体を起こしていく。

 その時、ファウンドの手に当たった。瓦礫の下に埋もれたそれが、確かにファウンドの手に触れた。

 その瞬間、ファウンドの心に最愛の彼女の言葉が蘇った。


『ユウリは自分の正義を貫いて。本当に大切だと思うものを守って。それが私の望み』

「俺の正義、それは……」


 そしてファウンドは瓦礫の中から引き抜いた。燦々と輝く、白い刀身の剣を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る