第6話
闇市場の中央にそびえていた魔導装置が、轟音を響かせながら崩壊していく。粉塵を舞い上げながら、周囲に瓦礫の雨を降らす。
デミラは長髪を靡かせ、帽子を押さえながら瓦礫を避ける。彼はイカの魔導人形の滑らかな頭部の上に器用に立ちながら、それの動きにまかせて死黒杭のそばから離れていく。
デミラは独りごちる。
「恐ろしい事をする奴だな」
ミリアは追いつめられた結果、死黒杭を破壊するという暴挙にでた。近くにいたものを巻き沿いにでもしたかったのだろうか。だが残念ながら、デミラも魔導人形も健在だ。
死黒杭の近くにあった建物は、例外なく穴やへこみができている。もちろん、デミラの魔導人形達もどうように被害を受けているだろう。しかし、彼らは頑強な魔導石で構成せれている。ちょっとやそっとの打撃で、破損するような作りではない。
しばらくすると瓦礫の襲来は止み、土煙のみが崩壊の残滓として舞い上がる。
デミラは建物の一つに降りると、被害の様子を見つめる。粉塵によって、闇市場の様子は隠されてしまっている。内部がどうなっているか、まるで分からない。
デミラの予想ではミリアはまだ生きている。そう簡単に死ぬのなら、今まで手こずってはいないだろう。だからこそ、デミラは彼女の息の根を止めるために、魔導人形に指令を出そうとした。だが……
「なんだぁ?」
アニムが発動しない。魔力をいくら送っても無反応だ。
デミラはアニムを魔導人形の中に隠していた。そして、その魔導人形は『透明』の魔導具を使っていたうえ、魔力を察知されないよう死黒杭の近くに配置していた。
デミラの喉が乾いていく。もし、死黒杭を破壊したのが、それらを見越しての行動だとしたら。
デミラは急いで、魔導人形達に召集の指令を送る。だが、返答が帰ってきたのはニ体だけ。傍らにいる『魔力吸収』の魔導人形を除けば、全部で四体の魔導人形がいるはず。つまり、すでにニ体破壊されている。
デミラは舌打ちする。
「っつ。小娘が」
残っている魔導人形達に魔力を送り、自動操縦に移行する。アニムを使えない今、この煙の中でなにが起こっているか把握できない。手動よりも、自動で行動させるべきだろう。だが、そうなると動きはかなり緩慢になってしまう。正直、勝負にならないかもしれない。
デミラが思案していると、煙の中から巨大な陰が飛んできた。それは彼に向かって飛来する。イカの魔導人形がデミラの背後から触手を伸ばすと、その物体を掴んだ。
それはデミラの魔導人形の一体だった。クリオねのように透き通った体表に、大きく穿たれた痕がある。『透明』の魔導人形は魔力供給部分だけを的確に破壊されていた。
デミラはそのとき、人生で初めて敗北するかもしれないという恐怖にかられた。彼は今まで、安全圏で戦っていた。必ず魔導人形を使って、戦っていたのだ。だからこそ、彼は真の意味で死を実感したことがない。だが今はそれを直接感じ取っていた。
「俺が震えているぅ? 俺が怖がっているぅ? おいおい、冗談はよしてくれよ。俺は勇者デミラ。名を聞けば、誰もが死を覚悟する男だぞ。そんな俺が負けるのかぁ? ありえんだろぉ?」
「残念。それがありえるの」
澄んだ声がデミラの耳元まで届く。それは恐ろしいほどに落ち着いた声。勝利を確信した声だ。
煙が徐々に晴れていく。すると、輝く光が流星の如く弧を描いた。
ミリアはニ体の魔導人形達の合間を縫うように飛び交っていた。『炎』の魔導人形と『電撃』の魔導人形。彼らの動きは緩慢だ。魔力供給部分を破壊されないように、身を守るのが精一杯だ。やはり自動操縦では戦闘はままならない。
ミリアはデミラに視線を向ける。
「どうしたの? 顔がひきつってるけど? ご自慢の笑い声が聞こえないのはどうして?」
「この尼が」
デミラは炎の魔導人形を手動操縦に切り替え、ミリアに掌底を叩きつける。だがそれは空を切り、代わりにミリアの蹴りが魔導人形の首に直撃する。魔力供給部分への一撃。
魔導人形がよろめく。見れば硬いはずの外皮が大きく凹んでいる。幸いにも今の打撃では破壊されなかったようだが、次はないだろう。
デミラが手に汗をにじませながら、必死に魔導人形を操作していると、ミリアが再度こちらに目を向けてきた。
「こっちばかりに集中しているみたいだけど。あなた、隙だらけよ。今のあなたなら、誰でも簡単に倒せそうね」
デミラの背筋に冷たい物が這った。急いで背後を振り向く。だが、そこにはだれもいない。はったりだ。いや、本当にそうだろうか。グロウの姿が見あたらない。奴を拘束していた魔導人形は破壊されている可能性が高いのだ。
デミラが再度正面を向くと、強烈な金属音が鳴り響いた。それは『炎』の魔導人形が破壊された音だった。
「あとニ体! 叩き潰される準備は大丈夫?」
ミリアは頭から血を流しているにも関わらず、まるでその怪我のダメージを感じさせない。
デミラはその姿を見て、自分は負けると確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます