第6話
ファウンドは知っていた。どんなに死力を尽くして人を救おうと、人間は簡単に死んでまうと。どんなに注意を払っていようと、人を救う事は容易ではないと。
強くなろうと、慎重だろうと、救えない時は救えないのだ。
だからこそ、ファウンドは絞った。救う人間を救いたいと思う人間だけに絞った。その分、救える確率は増えた。他人を見捨てる事で、自分の手で救える人間は増やせた。
だが、最も救いたい人が死んでしまった。最も注意を払い、最も命がけで守ったにも関わらず死んだ。そういうものだ。世界はそうできている。だが、それで自分を許せるはずもない。だからこそ、ファウンドは今ここにいるのだ。
そしてまさにその真理が、ファウンドの目の前で起こった。
今、救った家族が無惨にも死んでいく。血を吹き出しながら、自分が死んだことも分からずに死んでいく。ここに来なければ、家族揃って暖炉を囲んで楽しく食事をとれたはずだ。子供の将来を想像しながら、幸せな時間を享受できたはずだ。だが、それも全て台無しになった。
悔しさや悲しさはない。こんな現場は世間では日常茶飯事。ファウンドはあまりに見慣れすぎていた。
ファウンドはその枯れた心でその家族を見つめる。誰にその家族の命を奪う権利があるだろうか。
「俺だ。俺にはある」
ファウンドの心の声に答えるように、そいつは言葉を発した。
血塗れの三つの死体を踏みにじりながら、深紅の鎧を纏った男は平然と言う。
「強者は弱者に対する殺生与奪の権利がある。こんなゴミは湧くように増えていく。エリクマリアに寄生するゴミだ。一人二人殺した所で変わらないだろ」
「レイド……」
彼の持つ刀から血が垂れている。その刀で家族を切り裂いたのだろう。
ファウンドは考える。彼が無関係の家族を殺した理由を。そしてすぐに気づく。ファウンドを怒らせるため。逃げられれば、追うのは難しい。だから、レイドを無視できない状況を作ったのだ。
レイドの思惑に乗る訳にはいかない。あの家族には申し訳ないが、ここは逃げるのが最善だ。必ず奴は殺す。だが、今はその時ではない。守らなければならない人間がいる。
背後に立つミリアに視線を向ける。彼女は茫然自失といった様子だ。動けるだろうか。
「そうか。そいつが……」
レイドがミリアを見ながら不適に笑う。
ファウンドは焦った口調で、ミリアに言う。
「逃げるぞ!」
ファウンドの言葉にミリアは反応しない。ミリアは何かに囚われたかのように、家族の死体を見つめ続けている。
彼らは一様に目を見開き絶命していた。死という物がどれほど恐ろしいものか、如実に表している。ミリアには少々きつすぎるかもしれない。
ファウンドが彼女の事を案じていると、レイドがミリアに語りかけた。
「この家族の死が、そんなに悲しいか?」
そしてレイドは死体に向かって、刀を降ろした。死体の頭が飛ぶ。長い髪が宙を舞った。母親の頭部だ。
空から降り注ぐ光で、より鮮明に家族の表情が見える。驚愕の顔が地面をバウンドする。
ミリアが叫ぶ。
「止めてぇ!」
彼女の声は泣きそうだった。それにレイドは答える。
「何を止めるっっって?」
レイドは歯を食いしばり、怒りをぶつけるように刀を叩きつけた。今度は父親の頭部が宙を舞う。
何故、こんなにも天気が晴れているのだろう。雨があのまま降っていれば、こんなにも鮮明に彼らの死に顔を見なくて済んだ。
ファウンドは背後にいる、ミリアに近づこうと少しずつ後退する。しかし、レイドがミリアを焚きつけるように怒鳴り散らす。
「お前を見てると腸が煮えくり返りそうだ。自分は嘆いていますって表情をしてやがる。お前も少なからず人を不幸にしている。ライエン家の娘なんだろ? ライエン家のせいで、どれだけの人間が不幸になったか、まるで知らないんだろうな」
「何を言ってるの?」
「お前に言っても分からんだろうな。偽善者が。知らず知らずの内に人を不幸にしているくせに、人を思いやれる優しい人間だと思ってやがる。反吐が出る」
ファウンドは叫ぶ。
「奴の言葉を聞くな! ともかく逃げるぞ」
ファウンドはレイドから視線を外し、ミリアへと走った。しかしその時、ファウンドは強烈な動悸に見舞われた。ゾフィアの副作用。心臓をゾフィアが鷲掴みにしているのだ。ファウンドの動きが停止する。これではミリアを止めることはできない。タイミングが悪すぎる。
そして、無情にもレイドは叫ぶ。
「このガキも両親と一緒のほうがいいだろ」
レイドが刀を振り上げる。
「止めてぇぇぇぇ!!」
ミリアが疾駆した。レイドへと高速で向かっていく。
ファウンドは叫ぶ。
「待て!」
だが、ミリアはファウンドの言葉を聞こうともしない。このままではミリアは死ぬ。確実に殺される。
ファウンドはゾフィアを介して、魔剣に魔力を送る。副作用に重ねた強引なアニムの使用。そのため、強烈な悪寒が彼を襲う。だが、ミリアを止めるためにはそれしかない。
しかし、ミリアはすでにレイドに肉薄していた。彼女はレイドに神速の蹴りを放つ。だが、レイドはその動きを予知していたのか、顔色一つ変えずに攻撃を避けた。
レイドの振り上げていた刀はいつの間にか、腰に納められている。初めからこの瞬間を狙っていたかのように。
ミリアの捨て身の攻撃は空振りに終わり、レイドを前にして無防備な状態を晒す。
レイドの刀が放たれる。それは吸い込まれるようにミリアの脇腹へと向かっていった。
「くっっっっ」
輝く粒子が舞う。レイドの刀は聖剣シールによって防がれた。ファウンドがレイドとミリアの間に聖剣をねじ込んでいた。だが、中途半端な体勢だっため、レイドの攻撃を受けきれずにミリアごと吹き飛ばされる。
「貴様の相棒は乗せやすいな」
レイドはファウンドに向かって言う。ファウンドの額に冷や汗が垂れる。やはり分が悪い。どうにか逃げなくてはならない。
ファウンドはレイドから視線を外さずにできるだけ周囲の様子を見る。予想通り、囲まれている。そこら中、暗部だらけだ。逃走するのも容易じゃない。
だが、レイドがいるかぎり、襲っては来ないだろう。レイドは下手に近づけば仲間だろうと容赦しない男だ。
隣のミリアを見る。彼女がゆっくりと立ち上がると、その表情はすでに激昂していた。彼女はどんな困難にも立ち向かえる不屈の闘志がある。その原動力は怒り。だから、今も怒りを力に変えて彼女はレイドに立ち向かおうとしている。しかし、今に限ればそれは無謀としか言いようがない。レイドには正攻法では適わない。
ミリアはレイドを睨みつける。
「あなたが勇者なわけがない」
「あぁ? 死ぬか?」
レイドは業火に燃える目でミリアを睨む。尋常ならざる殺気だ。普通なら震えて立ってさえいられなくなる。だが、ミリアはレイドの視線を正面から受け止めて、なお堂々としている。それほどまでに、彼女の意志は硬い。
彼女はレイドに向かって怒りをぶつける。
「あなたを許さない。絶対にここで倒す」
ファウンドはミリアを冷静にさせようと、叫ぶ。
「落ち着け! 奴はこれまでの勇者とは違う」
「分かってるわ! でも、あいつが何をやったか見てたでしょ! あんなひどい事、平然と! 黙って見ていられる訳ないわ!」
「それも奴の策略だ。あいつは人の心が読める。こちらの動きを、あいつは手に取るように分かる。神経を逆なでするような事をして、俺たちから正常な判断力を奪おうとしている」
レイドのアニムは『心理読術』。半径数十メートルの人間全ての心が読める。だからこそ、どんな攻撃も奴には筒抜けだ。
「対策を打たなければ確実に殺される」
「関係ない! 動きが悟られても、追いついてこれないくらいの早さで、叩けばいいだけ!」
そう言って、ミリアは弾けるようにレイドに突進する。
ファウンドは舌打ちする。奴の強さはアニムだけに依るものではない。多岐に渡る剣術こそが彼の強さの秘訣だ。早さで打ち倒せる物ではない。
ミリアは正拳をレイドに放つ。だが、レイドはそれを刀で受け流した。彼女の腕に沿って何十もの軌跡が這う。彼女の装着する魔導具が一瞬で砕け散った。
「えっ」
ミリアは何が起こったか理解できないのか、呆気にとられている。彼女の右手の魔導具は完全に使い物にならなくなっていた。
ミリアはレイドへ振り向く。彼女の顔面に紅刀が迫っていた。ミリアはまるで反応できていない。
ファウンドが怒鳴る。
「止めろ!」
ファウンドはミリアに蹴りを入れる。彼女は刀が衝突する寸前、蹴りの衝撃で吹き飛んだ。彼女は斬撃をすり抜け、街路を転がっていく。
レイドの刀が空を切り、地面に突き刺さる。街路に亀裂が入り、地割れのように二分した。彼の斬撃は素早い上に重い。直撃を受ければ即死だ。
ファウンドはミリアを横目で見る。彼女は衝撃で気絶したのか、倒れたまま起きあがる気配がない。
ファウンドはレイドを睨みながら呟く。
「お前との決着は次の機会に必ずつける」
「お前に決定権などない! お前は今ここで死ね!」
レイドがファウンドに刀を振り下ろす。しかし、紅刀は彼の残像を切り裂くだけだ。
ファウンドはミリアの元まで、すでに転移していた。ファウンドはミリアを担ぐと、川を背に立つ。口元から血を流しながらレイドに言う。
「近い内に必ずお前に会いに行く。それまで待っていろ」
レイドはファウンドの思考を読み、何をしようとしているか悟った。
「死ぬぞ?」
「お前に殺されるよりはよっぽどいい」
レイドは街路を蹴り上げ、ファウンドとの間合いを詰める。だが、レイドが近づく前に、ファウンドはミリアと共に川に落下した。
ファウンドはミリアを抱きしめながら、川の濁流に飲まれていった。
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