六章 衝突と共闘

第1話

 クアラムは机を激しく叩いた。執務室にクアラムの熱気が充満する。


「報告はそれだけか」


 クアラムは目の前にいる男達に言い放った。彼らは黒いレザースーツに仮面を付けている。ミリアをライエン邸で襲った男達――暗部の一人が恐縮とばかりに頭を垂れていた。


「はい。デミラ様は仕損じ、私どもも彼らを見失いました」

「ふざけるな!」


 クアラムは再度机を殴打する。仮面の男達はそのまま直立不動で立っている。クアラムは吐き捨てるように言う。


「暗部はその程度か? 言われた事もできない四流の集団か?」

「いえ、私どもは死力を尽くしています! むしろ作戦がずぼらだったのでは?」


 正面の男の背後にいた暗部が意見する。彼は偽のファウンド役を買って出た男。ルドルフをまんまと騙し、ルドルフの放った追っ手さえ巻いて見せた優秀な人材だ。


「おい、やめろ!」


 クアラムの正面にいる暗部が冷や汗をかきながら背後の彼を窘める。クアラムに意見すればどうなるか分かっているのだ。

 しかし、もう遅い。クアラムは右腕を掲げて、光を放った。


「あぁ」


 それだけ言って、意見した暗部は光の粒となって消えた。

 暗部達は恐怖におののく。ルドルフの暴挙にただ、固唾をのんでいる。


「お前も何か言いたいか?」

「いえ。何もありません」

「ふん、どいつもこいつも使えん奴らばかりだ! もういい!」


 すると、クアラムは乱暴に魔導具を取り出し、思い切り魔力を込めた。


『全員に告げる。これは緊急命令である。繰り返すこれは緊急命令である』


 クアラムの言葉が勇者機関本部の全てに響く。


『勇者殺しの顔が割れた。この男を即刻殺せ』


 通信用魔導具の脇に、ファウンドの顔が浮かび上がる。


『こいつに組みする人間も容赦するな! 叩き潰せ! 死体は仲間もろとも必ず回収しろ! 仲間も必ずだ! 情報では女が行動を共にしている。討ち取った者は、最上位勇者の称号と多額の報酬をさずける。死体と交換でだ』


 勇者機関の何処からか歓声が聞こえてくる。喜ぶ者、戸惑う者。ただ、勇者達は誰もが我先にと動き始めていた。

 クアラムは息を切らせながら、魔導具を机に置く。


「初めから、こうしておけばよかった。貴様らなんぞに頼らずにな」


 クアラムは仮面の男達を睨む。


「クアラム様……」

「挽回したいのなら、ここで手を拱いていていいのか? 勇者達に先を越されるぞ?」


 暗部達は軽く会釈すると、足音も立てずに部屋から出ていった。

 クアラムは暗部が出ていった事を確認すると引き出しを開け、巨大な水晶を取り出した。それはライエン家の全ての技術が詰まった記憶晶。いや、詰まっているはずだった物。

 クアラムは焦っていた。何もかも上手く行かない。計画は瓦解した。修復不可能なほどまでに。

 そもそも、ミリアを誘拐し、ルドルフを揺する計画だった。だが、どこかの死に損ないが機関より先にミリアを誘拐してしまった。

 今度はそれを利用する計画を立てた。結果、ルドルフから記憶晶を奪いとることができた。この記憶晶に記載されているのは新しい魔導具の構想や既存の魔導具の設計図。一見すれば真新しい情報も複数ある。だが、根本的な情報が欠落している。ライエン家特有の魔導具製造方法だ。それが手に入らなければ何の意味もない。

 ライエン家の魔導具は魔力効率がいい。だからこそ市場に流通した。市民でも動かせるほど、少ない魔力でも魔導具を発動できるようにしたからこそ売れたのだ。その秘密がここには記載されていない。


 迂闊だった。ルドルフは考えたのだろう。チンピラが欲する情報は何かと。できるだけ金になるような情報だけ与えて、あとは秘匿したのだ。どうせ気づくはずがないと思ったのだ。

 これだけ情報を売れば、確かに恐ろしい額の金が手に入る。知識が無ければ、ライエン家の技術の全てを得たつもりになるだろう。

 これ以上望むのは無謀だ。これに関しては諦めるしかない。

 クアラムは歯ぎしりをしながら窓の外を睨む。

 今回の件で暗部が全く機能していない事がよく分かった。今回、暗部がミリアを迎撃できたのはライエン家に以前から――それこそファウンドが機関から離脱することになった一件よりずっと前から、数人の暗部を潜入させていたからだ。だからこそ、ミリアがライエン邸に戻ってきた時も、即時応戦できた。だが結局打ち損じている。

 ライエン邸に潜入した暗部らはここ数年、何の情報も掴んでいない。それだけ、ルドルフの手腕が凄まじい事を意味しているのだろう。しかし、彼らの練度が低いのも大い関係がある。

 暗部のレベルが下がった原因は、ファウンドとレイドの妹――エミリアの欠如が大きく関係しているだろう。そこから、暗部は大きく実力を落としている。

 だからこそ、デミラに高い金を払って、暗部の魔導石による肉体強化を計ったはずなのだが……

 クアラムはため息をつく。彼は眉間を指で揉み、カップの水を飲み干す。


「考えねばならないことは、暗部ではない。ミリアだ」 


 ファウンドと共に現在ミリアは逃走中。彼女とルドルフが会えば、機関の関与がばれてしまう。それだけは、防がなければならない。

 だが、手は打ってある。ルドルフは、偽の情報を追ってエリクマリアの外に出て行くだろう。彼が帰ってくるまでが勝負だ。それまでに、ミリアを殺すか捕まえるかしない限り道はない。


「とんだことをしてくれたな。ファウンド……」


 クアラムは苛立ちながら、外の豪雨を見つめ続けた。

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