第7話

 ファウンドはデミラの首周辺を凝視する。特別際だった特徴がある訳ではない。ただ、奴は首――正確には後頭部と首の中間部分を庇っている事には気づいていた。

 ファウンドは転移でデミラの背後に回り、聖剣を振るう。しかし、デミラはよほど首への攻撃を警戒していたのか、背後に生えている二つの腕で防御した。聖剣はデミラの首に到達する前に弾かれてしまう。

 首に一撃加えるのは簡単ではなさそうだ。ファウンドは再度距離をとり、デミラの出方を伺う。


「どうしたぁ? 早く俺を殺してくれよぉ」


 デミラはそんな軽口を叩いて、ファウンドへけしかける。ファウンドにアニムを使わせて消耗させるつもりなのだろう。

 ファウンドは考える。奴は転移の瞬間とほぼ同時に、首の守りに入る。きっと何度繰り返そうとそれは変わらない。奴の鎌のような腕は他の部位に比べて脆い。繰り返し攻撃をし続ければ破壊できるかもしれない。だが、その前に魔力が尽きる可能性が高い。ファウンドの魔核はゾフィアによってすでに半分が喰われようとしている。つまり生成できる魔力も通常の半分ということになる。長期的な戦闘では、魔力が回復するより早く枯渇するだろう。

 ファウンドは目を細める。デミラの身体を隅々まで観察する。奴は首を守ることに意識を回している。なら……


 ファウンドは再度、転移する。下水道に強烈な振動が反響する。

 デミラは即座に首周りを防御した。もちろんファウンドが首を狙ってくると考えていたからだ。だが、違った。

 ファウンドはデミラの目前に現れると、デミラの顔めがけて聖剣を突き出す。デミラは意表を突かれ対処できない。顔を横に逸らすが間に合わない。デミラの眼球に聖剣が突き刺さった。

 緑の液体が噴出する。これで、奴の視界の半分を奪った。加えて、首以外を守らなければならないという意識を植え付けることができた。次で仕止める。

 ファウンドは続けざまに、デミラの首へと攻撃を加えようとした。だが、ファウンドは足下が微かに光ったのを見逃さなかった。

 転移してデミラから離れる。そして一秒と経たない内に、彼の四つの足から爆炎が放たれた。一瞬、立ち上る炎で彼の姿が見えなくなる。炎の熱量がファウンドの肌を焦がす。強烈な炎の密度だ。触れるだけで生身なら溶けてしまうだろう。

 炎が晴れ、デミラの姿が露わになる。灼熱に包まれたはずの彼は、平然とそこに立っていた。

 ファウンドはそこで、デミラの正体に気づいた。デミラは魔導人形なのだと。

 魔導石で身体をどんなに置換しようとも、脳や内蔵などの器官は置換できない。魔導石は熱を伝えやすい。あんな炎を食らってただで済むはずがない。

 ファウンドは息を吐く。


「魔導人形か。血は争えないな」


 デミラは再び飛び上がり、天井に張り付いた。


ΨΨΨΨ


 デミラはファウンドを凝視して、魔導人形越しに言った。


「何が言いたいんだぁ?」

「結局、お前は父親を忘れられない。そうだろ?」


 デミラの目が光る。


「知らんな、そんなくだらない男のことは」

「そうか。まあ、どうでもいい」

「そうさ、どうでも……」


 デミラの視界からファウンドの姿が消えた。咄嗟にデミラは背後を振り向く。だが、そこにもファウンドの姿はない。一体どこに消えたのだろう。

 デミラは再度、足から炎を吐き出した。魔法『灼熱』は生物なら一瞬で消し炭にできる熱量を発する。この炎が放出されている限り、奴は攻撃を加えることはできないだろう。

 デミラは炎を放出しながら、ゆっくりと天井を移動する。

 デミラはアニムの力で周囲の魔力を読みとる

。例え炎で視界を塞がれていても、魔力の流れをデミラは見ることができる。デミラはファウンドの魔力を探す。

 見つけた。デミラの真下。奴の魔力は白く光っている。眩しいほどに。


「しまった!」


 デミラは思わず口にする。

 そう、デミラは完全に失念していた。炎なんてものは、ファウンドにとって鼻から障害ではない。ファウンドが『空間転移』を使わなくとも、攻撃の届く範囲にデミラはいる。聖剣シールの魔法を使われれば、もちろん『灼熱』なんてものは防御にすらならない。

 デミラは即座に天井から飛び跳ね地面へと落下する。炎の隙間から、聖剣が顔を覗いた。彼の足は聖剣によって貫らぬかれ、光の粒となり消し飛んだ。

 デミラは歯噛みする。首を攻撃される事に意識を向けすぎた。そもそも、ファウンドはこの瞬間を狙っていた。

 デミラは即座に魔法『不可視』を発動した。この魔法は多大な魔力を消耗するため、他の魔導具が殆ど使えなくなるのが欠点だ。しかし、背に腹は変えられない。今は奴の攻撃を避けきることが先決だ。

 デミラの身体が透明になっていく。そして徐々に見えなくなる……はすだった。下半身まで透明化したところで、『不可視』が止まった。デミラは慌てる。何故、発動しない。

 しかし、原因はすぐに判明する。『不可視』の魔導具は、魔導人形を格納していた部分のすぐ裏にある。丁度、ミリアの拳がたたき込まれたところだ。その魔導具はミリアの一撃によって、半壊していたのだ。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 デミラは雄叫びを上げるのと、ファウンドの聖剣が彼を貫くのは、ほぼ同時だった。彼は消し飛ぶ。全身魔導具の身体は、何もかもが光の粒となって消える。ファウンドは容赦なく、デミラの魔導人形を徹底的に切り刻んだ。デミラは落胆した。もう、この魔導人形ともお別れか。デミラは魔導人形との接続を切った。


ΨΨΨΨ


 ミリアは窪地から這い出る。下水道は燃えさかる炎と宙に舞う光の粒子で明るい。

 そのただ中で佇む男はたそがれるように、足下の残骸を見つめていた。しかし、彼は発作のように身体を振るわせると、膝をつき地面に向けて何かを吐き出した。


「ファウンド!」


 ミリアは何故か焦燥感にかられた。ファウンドが死ぬかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなくなった。

 しかし、ミリアの体力消耗は著しく、立つことはできそうもない。腕の力だけで必死に這いずる。

 数分後、ミリアがファウンドの元にたどり着く前に、彼は立ち上がった。

 ミリアは深く息を吐き出す。彼女はほっとしたせいか、疲れが一気に襲ってくる。もう動きたくないと心底思った。

 ミリアへ足音が近寄ってくる。見上げるとファウンドがいる。何かを引きずってきたようだ。


「これを使え。少しは楽になる」


 ファウンドが渡してきたのは、デミラの腕だ。


「使え?」

「こいつで、魔力を回復できる」


 デミラの腕の先端には魔導人形の疑似魔核が突き刺さっている。ミリアはそこで察する。『魔力吸収』を使って、自分の魔力を回復させるということだろう。

 ミリアはデミラの鎌のような腕を掴み、魔力を流した。するとミリアの身体を逆流するように、魔力が補充される。もともとは、ミリアから吸収した魔力もその疑似魔核には混ざっている。おかげで、その魔力はすぐにミリアの身体になじんだ。彼女にまとわりついていた虚脱感がなくなり、彼女はすぐさま立ち上がる。

 しかし、立った瞬間に目眩でよろけてしまう。咄嗟にファウンドが彼女の身体を支えた。


「体力が回復する訳じゃない。無理はするな」


 すると、ファウンドは何を思ったのか、ミリアに背を向け中腰になった。


「えっと、何?」


 ミリアは困惑する。


「掴まれ。ここから早く移動しないといけない。お前の今の状態じゃ、立つのが精一杯だろ?」

「え、でも」


 ミリアは抵抗感があった。さすがにおぶられるのは少々気が引ける。


「お前も分かっているだろ? デミラは死んだ訳じゃない。俺たちを未だ、アニムで捕捉しているはずだ。すぐにでもここに刺客を差し向けるだろう。今すぐ、奴の能力圏から離れる必要がある」

「やっぱり、彼のアニムは探査タイプの魔法なのね」

「そうだ。知らずに戦っていたのか?」

「見当はついてたけど、確証までは」

「それにしては大した立ち回りだったな」


 ファウンドは関心したようにミリアを見つめると、急かすように背中を叩く。


「時間がない。早くしろ」


 ミリアはためらいながらも、しぶしぶといった様子で、ファウンドの肩に手を乗せる。


「分かったわ。でも、回復したら降ろして」


 ミリアはファウンドの肩を掴み、身体を委ねる。ファウンドの身体は恐ろしいほどに冷たかった。これが人間の身体だろうか。


「安全な場所まで運ぶ。そこまでの間だけだ」

「安全な場所?」


 ミリアの言葉にファウンドが横目で彼女を見る。その横顔はミリアが以前見た時よりも、赤い亀裂が広がっていた。ゾフィアの浸食は目に見えて進んでいる。


「隠れ家はあの工房だけじゃない」


 ファウンドはそれだけ言って、ミリアを背負い駆けだした。

 ミリアはファウンドの背で揺られながら彼の後頭部を見つめる。どうしてだろう、この景色、この感覚が何故かとても懐かしい。何故ここまで居心地がいいのだろう。

 ミリアは安堵すると、そのままファウンドの背で眠りについた。

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