第5話
ミリアは勝利を期待した。デミラが這い蹲り、自分がそれを見下ろしている姿を想像した。だが、現実は――完全に間逆だった。
「さてと、満足したかなぁ?」
デミラは何時もと変わらない調子で話す。煙が晴れると、デミラにミリアは組み伏せられていた。両手両足を押さえられている。
「化け物」
ミリアは彼を睨みつけながら告げた。
その言葉通り、彼の背からは新たな腕が二本生えていた。それはまるで蟷螂の鎌のように鋭利に尖っている。
「化け物で結構、魔物で結構。仕事をこなす上で、見て呉れはどうだっていい」
デミラの顔がミリアに接近する。デミラの帽子が取れたせいか、魔眼が巨大に見える。
ミリアの決死の攻撃はデミラを倒すには至らなかった。そもそも、全身の殆どを魔導具で置換した人間を沈黙させるにはどうすればよいか、彼女には分からい。完全に動けなくなるほどにバラバラに破壊するしかないのだろうか。いや、魔力が無くなれば動けなくなるはずではある。
しかし、そんな淡い予想をも消し飛ばす一撃を、デミラが放つ。彼は背部から生える二つの腕を、ミリアの両肩に突き刺したのだ。
ミリアは歯を食いしばる。
しかし、続いて襲ってきた不快感にミリアは思わず声を上げた。
「あぁぁぁぁ!」
「全ての魔力を頂こうか」
魔法『魔力吸引』は他人の魔力を自分の魔力に変換する魔法だ。接近しないと使用できないため、使い勝手が悪い。だが、デミラは魔導具に身を包んでいるため、自給自足で魔力を得れるこの魔法を重宝していた。
ミリアは痛みに苦しみながら、必死に考える。デミラは魔力に対する対策も万全だった。デミラに死角はないのだろうか。このままでは魔力が尽きて死ぬ。何とかこの状況を脱しなくてはならない。
ミリアはデミラの腕に視線を移す。デミラの本来の左腕は異様歪んでいた。ミリアの度重なる攻撃でデミラの身体は着実にダメージを蓄積していたようだ。
ミリアはそこが脆いと見て、片手に魔力を全力で集めた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁ」
力一杯叫び魔力を放出させる。『斥力』が彼の腕を弾き飛ばし、彼の腕が間接から中途半端に引きちぎれる。
ミリアは即座に腰に差したナイフを取り出した。
「お返しよ!」
『電撃』を纏ったナイフがデミラの新たな腕に突き刺さる。新たな腕は以外に柔く、ナイフが簡単に刺さった。電撃がデミラの身体を駆けめぐる。
「こいつっっ」
デミラは反射的にミリアを放り投げた。
ミリアは高く宙を舞う。
その瞬間を待っていたかのように、浮かんでいた魔導人形達がミリアに殺到した。
ミリアは回る視界の中で、魔導人形が向かってくる様子を捉えていた。彼女はそれを見て、慌てることなく決断する。
今、全力で魔力を解放する。
彼女は体感で、魔力残量が少ない事を分かっていた。全ての魔力を使い果たせば、デミラを倒すことは絶望的となる。しかし、魔導人形の威力がどの程度かは分かっている。今やらなければ死ぬ。
そして、ミリアは『斥力』を周囲に放出した。衝撃の波が押し寄せ、水路が、周囲の壁が共振を起こしたように震動する。
魔導人形もその衝撃波に耐えられず、互いにぶつかり爆発。その爆風に巻き込まれ、次々と他の魔導人形も誘爆した。
ミリアもさすがに無事ではない。近距離で魔導人形が爆発し、全身炎に包まれる。そのまま、弾かれるように地面に叩きつけられた。
ミリアは消えかける意識を何とかつなぎ止める。ここで気絶すれば、それこそ命運が尽きる。まだやらなければいけない事が残っている。
身体の全身が痛む。体中に汚水と煤の混じった泥がこびりついている。それらが腐臭を放ちミリアの鼻を突く。
ミリアは何とか立ち上がろうと腕に力を入れる。だが、起き上がることすらできない。魔力も体力も共に尽きた。そもそも長時間逃走した後の激しい戦闘。とうの昔に限界は越えていた。
それでも、ミリアは立ち上がろうと努力する。彼女に残ったのは意志だけ。デミラや機関に対して、悪行に対するつけを払わせる。その思いが彼女に力を与えていた。
下水道の至る所に炎の欠片が散らばり、周囲を照らしている。魔導具の残骸にそれらが引火し、水路に少しづつ炎が広がっていた。
その淡いオレンジ色が四本足に三本腕の勇者の姿を露わにする。
「正直、ここまで手こずるなんて想像してなかったなぁ。素直に驚いた」
デミラは、まるで感情の籠もっていない言葉を投げつける。どうやらミリアをまだ警戒しているのか、彼女に近寄ろうとしない。遠くから話しかける。
「嬢ちゃんをそこまで、突き動かすのはなんだ? 絶望に浸っていた嬢ちゃんをそこまで苛烈にさせたのは一体なんなんだ?」
「あなたには、分からないでしょうね。正義を志した事のないあなたには」
ミリアは必死に声を絞り出しながら告げた。
デミラはそれを嘲笑する。
「確かになぁ。正義の味方に成りたい、なんて思ったこともない。俺はいつだって金のために行動してきたからな」
「そう」
ミリアは再三に渡る努力の末にやっとのことで起き上がる。そして、デミラを直視した。
「バグラムが行っていたのは悪行だった」
「そうだろ、そうだろ。俺の親父は頭の悪い小悪党だったろぉ?」
「でも、彼には人を気遣える優しさがあった。穏やかな心を持っていた」
「そんなこと言ってもなぁ、悪いことしちゃぁしょうがないでしょぉ?」
デミラは終止からかうように話す。それにミリアが怒りを爆発させる。
「違うわ!」
ミリアは覇気を伴った視線をデミラに向ける。
「彼は死ぬほどの悪人じゃなかった。彼は後悔していた。自分のやったことを。ただの自己満足だって、悔やんでた。時間があれば彼も罪を償えた。なのにあなたが、あなた達が、彼からその機会を奪った!」
ミリアの語気が増す。デミラを断罪しようと言葉を叩きつける。
「私は許さない! あなた達――勇者機関にもそれ相応の償いをさせる。絶対に!」
「随分と立派な信念だ。しかしなぁ。あんたはその信条を他人に強いれるほど、正義に対して従順だったかな? 俺は見ていたぞ? 機関員の一人を逃げる為に傷つけたよな? それは正義の味方がすることではないだろう?」
デミラはしたり顔で告げる。しかし、そんな浅はかな言葉では、今のミリアの気勢を削ぐ事は出来ない。
「そんなこと百も承知よ! 私は自分が完璧な正義の味方だなんて思ってない。でも、それでも、あなたを見て思った。こんな悪人が勇者を名乗っていい訳がない。人を嘲笑して馬鹿にする。まるで自分は当事者ではないかのように余裕の面を下げてるあんたの顔を、ぶん殴りたくてしょうがなくなった! あんたは他人を否定することでしか、自分を肯定できないろくでなしよ!」
「そうかい、そうかい」
「一生、そう笑っているといいわ。それがあんたが中身の無い人間だって証明だから」
「本当に、よく吠える。分かっているのか? もうお前は死ぬんだ。俺を叩き潰すこともできず、ただここで朽ち果てる。こんな所で死ねば誰にも遺体は発見されないだろうな。最後のチャンスだ。ファウンドの居場所を言えば、遺体を外に運ぶくらいは計らってやってもいい」
ミリアは断固とした口調で言い放つ。
「結構よ。あんたを助けるくらいなら、ここで死んだ方がまし」
「そうか、じゃあ終わりだ。バイバイ嬢ちゃん」
すると、デミラの頬が裂け、口が大きく開かれる。下顎が上顎と直角になるほど開いたところで、のどから巨大な魔導具が顔を出した。
狙撃用の魔導具の上位版。それでバグラムの工房を破壊したのだろうか。それの先端に輝く光りが集まり始める。
そしてそれは、前触れも何もなく、容赦なく発射された。
下水道を満たす巨大な光線。異臭も魔導具の残骸も容赦なく焼かれる。正面から見るその光は、まるで恒星が落下してきているような迫力があった。
ミリアの頭に様々な記憶が浮かんでは消える。家族みんなの姿。ルドルフの怒りの形相。姉の笑み。バグラムの最後の姿。
これが俗に言う走馬燈。多くが父との記憶ばかりで、苦笑するしかない。自分はよほど父が好きだったのだろう。
もう、これで終わりなのだろうか。ここで死ぬのだろうか。まだ、デミラを倒していない。機関の悪事を暴いてはいない。
全ては今ここから始まるはずだった。機関が悪行を働いていると知った。それを知ったなら自分はそれを止めるべきだ。
今、ファウンドに会えば、彼の言葉もより客観的に判断できる気がする。彼は今も下水に浮かんでいるのだろうか。まだ、彼に謝罪もできていない。
ミリアは光線を睨む。睨めばその勢いが止まるとでも言うかのように。しかし、ミリアはきつく目をつぶり呟いた。
「まだ、死ねない」
そして、光線が彼女を包んだ。
「弱音を吐くなんて、あんたらしくないな」
ミリアは目を開ける。正面に、黒い背中が見える。ミリアはその姿を、遠い昔に自分を助けてくれた二刀流の勇者と重ねる。
しかし、彼は勇者でもない。ましてや正義の味方でもない。
ミリアを助けたのは正真正銘の悪だった。
「奴にはこれまでのつけを払ってもらおう」
ファウンドは、巨大な光線を聖剣一つで防ぎながら呟いた。
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