第4話

 下水道の中で閃光が幾度も生じる。金色の光が流星のように飛び交う。

 ミリアはデミラの周囲を飛翔しながら言い放つ。


「あんたが勇者なんて認めない!」


 ミリアの神速の蹴りがデミラの腹部に叩きつけられる。

 しかし、デミラはまるでびくともしない。彼はミリアの足を掴むと、回転しながら放り投げる。


「だからなんだ? 俺を殺すか?」


 少女は壁に着地し、デミラを睨む。


「殺さないわ。二度と勇者を名乗れないくらいに叩きのめす!」


 轟音と共に壁が砕け散り、ミリアはデミラへと飛翔する。

 ミリアは思っていた。自分の魔力はそれほど残されていない。短期で決着をつけるしかない。だが、デミラの身体は予想以上に硬い。ただの魔導石ではないのだろう。

 ミリアはしかし、攻撃の手を緩める訳にはいかなかった。彼は魔導具を複数隠し持っている。それを使われたら、状況は一瞬で代わってしまうかもしれない。だからこそ、魔導具を使う隙を与えるつもりはなかった。

 再度の蹴り。ミリアはデミラの後頭部へ回し蹴りを放つ。しかし、狙いは外れ、デミラの首に蹴りが逸れてしまう。

 その時、不思議な事が起きた。デミラが頭を上げたのだ。あえて後頭部を蹴らせようとしているかのように。

 結果、デミラの後頭部に蹴りが決まる。だが、デミラはその直撃を受けても、まるで動ずる様子がない。

 ミリアは訝しい表情でデミラを見る。あの不穏な動作はなんなのか。

 脳は絶対に生身のはず。外装がどんなに硬くとも、内部を揺らせば脳震盪を起こすはずだ。だからこそミリアはその箇所を狙った。だが、ミリアの望みむなしくデミラは健在だ。しかも自分から当たりにいった。どんな攻撃も利かないとアピールしているのだろうか。


「立派なのは威勢だけかぁ? こっちは派手にいくぞ」


 デミラは笑いながら、左腕を掲げた。すると、拳が二つに割れる。

 黄色の魔力の奔流。『電撃』を伴ったナイフが複数射出された。

 ミリアは即座に飛び退ける。

 ミリアの予想通りデミラの身体は、それ自体が武器になっている。他にどんなからくりが隠されているか分からない。彼の一挙手一投足に眼を光らせる必要がある。


「案外すばしっこいなぁ。嬢ちゃん、どれだけ魔力を温存してたんよ」


 デミラは笑いながら絶えず話し続ける。まるで、命の危険を感じていない。ミリアの攻撃は、それほど脅威ではないと判断されているのだろうか。

 ことごとく通用しない攻撃にミリアはしかし、余裕ある表情を見せる。

 ミリアに勝算がある訳ではない。だが、デミラに蹴りを加える度に、彼の特性を理解しつつあった。それが彼女の自信に繋がっている。

 彼女は自分の心が炎のように燃え上がっているのに対し、頭は予想以上に冷静であることに気づいていた。彼女は確かに怒りに支配されていた。それが、彼女から恐怖をぬぐい去り、行動する原動力を与えた。強い意志を芽生えさせた。

 しかし、それが彼女から思考を奪い去る事はない。

 彼女には武術の才能がある。こと、戦闘に集中した彼女は感情を置き去りにして、目の前の敵の行動のみに注力できる。今の彼女は本来の実力を、いやそれ以上の力を発揮していた。

 ミリアは三度の攻勢にでる。間接なら脆いとふんだ彼女は、一足飛びでデミラの背後に回り、デミラの膝へと蹴りを加える。

 しかし、彼女のブーツが叩き込まれる前に、デミラの足が真っ二つに割れた。

 ミリアは予想外の動きに眼を剥く。攻撃を空振りしたミリアは体制を崩し、水路に落下した。

 ミリアの全身が汚水で覆われる。魔力によって七色に発光するその液体が彼女の身体に絡みつく。それが傷口に触れると、痺れるような痛みが全身を駆けめぐった。

 ふと脳裏にファウンドの姿がよぎる。今も彼はこの汚泥の中を、漂っているのだろう。あんな重傷の身体で。

 こんな不衛生な液体に長時間浸かっていたら、健常者でさえ身体に変調をきたすだろう。ましてや彼は瀕死。死んでもおかしくない。あの時の自分はそんな状況判断もできなかったのか。

 ミリアは自分の愚かしさに腸が煮えくり返る。追っ手を退けたら、ファウンドを引き上げて、そして落ち着いて彼が休める場所を探そう。

 ミリアはそう固く決心した。

 彼女の意志のこもった眼が正面を見据える。その瞳に映る水面には巨大な陰が映っていた。


ΨΨΨΨ


 デミラは汚水に沈むミリアに、照準を定めて落下する。彼の尖った四つの脚が魔導具の残骸を切り裂きながらミリアに牙を向く。

 しかし、その尖脚は彼女を貫くことなく、水路の底に突き刺さる。

 デミラが水面から顔を出すと、すでにミリアが汚水から脱していた。

 ミリアはデミラと入れ違いで汚泥から飛び上がったようだ。デミラは蜘蛛のように足を開くと、壁に足を突き刺してよじ登る。

 デミラのあまりの人間離れした挙動に、ミリアは思わず口にする。


「まるで魔物ね」


 デミラは壁を伝って、天井までよじ登るとぶらさがりながらミリアへ言葉を返す。


「魔物と戦えるまで強くなれば、自ずと魔物じみてくるさ」


 デミラは眩しい魔力を放つ少女を見る。

 彼女の攻撃の全てが有効打にはほど遠かった。自分の体表は魔導具の数倍の硬度がある。生身で傷つけられないのは当たり前だ。だが、それでも彼女は勇猛果敢に襲いかかってくる。

 逃げている時の弱々しい姿はどこへやら。今や彼女はやっかいな敵へと変貌している。彼女をそこまで奮い立たせるものは何なのだろう。よもや、バグラム一人の死が原因ではあるまい。

 デミラの魔眼が青緑に光る。

 彼女の魔力量は残り五割といった所だろうか。ならば、その魔力の全てを使い果たしてもらおう。

 デミラは胸に両腕を突っ込むと、胸部を左右に開いた。中には臓器などはまるでなく、五つの球体が埋まっていた。それは一つ一つ、デミラから離れると宙を舞い始める。


「どこまで避けきれるかなぁ?」


 その言葉を皮切りに、ミリアに向かってその球体――自立型魔導人形が飛び立った。

 さきほど、ミリアはその威力を身を持って体験したはずだ。一つでも直撃すれば、そのまま死に繋がる。

 デミラは彼女の慌てふためく様子を眺めようと、ミリアに視線を注いだ。

 しかし、そんなデミラの思惑とは裏腹に、まるで平然と彼女はデミラを見つめていた。周囲の魔導人形が眼に入っていないのか、動じる様子がない。

 そして彼女は金色の粒を吐き出しながら、真っ直ぐデミラに向かって跳躍した。

 魔導人形がミリアの脇をすり抜けていく。魔導人形はミリアの動きに追従できていない。それぞれ、壁に衝突し自爆するか、その場で方向転換のため停止する。

 彼女のその軽やかかつ流線のような動きには、一切の無駄がなかった。ついには彼女は全ての魔導人形を避けきる。

 デミラはそこで、ミリアの戦略に気づいた。

 彼女は魔導人形が爆発しない安全地帯に気づいたのだ。それはつまり自分。デミラの周囲にほかならない。

 所有者の周囲では起爆しないと考えた彼女は、爆弾の雨に自ら突っ込んだのだ。分かっていてもできる行動ではない。素早い状況判断と硬い勇気がなければ出来ない選択だ。

 デミラは思わず後ずさりする。


「逃がすかぁぁぁぁぁ!」


 ミリアの輝く正拳がデミラの開いた胸部へと叩き込まれる。衝突の瞬間、空気が震動し、周囲に衝撃波を伝番させる。外装なら破壊しえない強度だったが、内部はその限りではなかった。

 彼の身体は大きく歪む。胸部はひしゃげ、脚部と腕部に歪みが生じる。


「もう、一発!」


 ミリアはデミラのぶら下がる足の一つを掴むと、足を鞭の様にしならせ、胸部に蹴りを叩き込んだ。だめ押しの一撃は、彼の上半身に亀裂を生じさせる。

 二度の衝撃によって、天井が崩れデミラとミリアはそのまま落下した。下水道に鈍い音が響く。地面へと衝突し、噴煙が巻き上がる。

 複数の魔導人形が、二人の上空を浮遊し、勝負の行方を見つめていた。そして、デミラの幅広の帽子が、彼女達の上にゆっくりと落下した。

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