第7話
ファウンドは魔物の最後の一体を屠る。魔物は脱力し、街路にへばりついた。
周囲を見れば、生きた魔物はいなかった。あるのは魔物の死骸と、人間のなれの果て。散乱する肉片と血液は、街を赤黒く染めていた。
ファウンドは目を伏せる。この死体の山は、これから先、見ることになる情景を暗示している。数多の命と魂を積み上げることで、はじめて復讐という頂に手が届く。それほどまでに、自分の進む道は醜く、そして汚れている。
だが、進むしかない。それ以外の道をファウンドは知らないのだから。
ファウンドの全身からは湯気が発せられ、血が滴る。その様相は、まるで幽鬼を彷彿とさせた。
千切れたローブを翻し、ファウンドはフロイラに憎悪の視線を向ける。フロイラは
「ファウンドちゃぁぁぁぁん、こっちよぉぉぉぉ。こっちに来てぇぇぇぇ! ここがゴールよぉぉぉぉぉ」
フロイラは両手を広げる。死骸の海の上で、汗ばんだ裸体を晒すその魔女からは、おぞましい雰囲気と触れてはならない狂気を感じさせる。
ファウンドは怒りに震える。徹頭徹尾、このふざけた魔女が許せない。ファウンドの憎悪は極限まで研ぎ澄まされる。
魔剣と聖剣は、完全に沈黙している。だが、彼の肉体は、まだ動く。例え敵が、魔法を使えるエリムスだろうと、アニムを使える勇者だろうと関係ない。この憎悪だけあれば、彼はいかなる傷だろうと十分戦うことが出来た。
ファウンドは駆けだす。フロイラを殺すために。
彼女に至るまでの道を、松明が紅く照らす。屍山血河の先に、狂気に染まった笑顔でフロイラが待っている……はずだった。
ファウンドの頭上で空間が唐突に裂けた。そこから死体が落ちてくる。ミッシェルだ。ファウンドはそれに気をとられ、一瞬フロイラから視線を外す。
すると、正面にいたはずのフロイラの姿がない。彼女はいつの間にか姿を消した。
フロイラは目を細める。彼女の行動はあまりに突飛なために予想できない。今度はなにを仕掛けてくるのか。冷静に対処しなければ、さきほどの身の舞だ。
ファウンドが立ち止まると、上空に複数の亀裂が生まれ、その穴から人間や魔物の死骸が降ってきた。
「ぞくぞくするわぁ」
どこからともなく、フロイラの声が木霊する。流れ落ちる死体の隙間から、フロイラの纏うドレスが見え隠れする。
「あなたの苦痛に歪む顔。喘ぐ姿を想像したら、興奮しすぎて、おかしくなっちゃう」
ファウンドは落下する死体を避けながら、周囲に注意を払う。どこから襲ってくるか分からない。彼は精神を研ぎ澄ませ、状況の微量な変化を感じ取ろうとする。
「あなたのその目。あなたのその口。あなたのその耳。ぜーんぶ、私にちょうだい」
雨のように降り注ぐ肉片、舞い散る血しぶき。漂うフロイラの魔力と性欲をそそる
瞬間、上空に気配を感じ見上げる。すると、巨大な舌が、ファウンドに襲いかかった。見せしめで誕生した魔物。それが、死骸に紛れて落下してきた。
ファウンドは、舌を切り払い、瞬く速度で魔物の頭部を串刺しにした。魔物は奇声を発し絶命する。
その時、背後から
フロイラがいつの間にか、ファウンドに肉薄していた。ファウンドは振り向こうとするが間に合わない。
魔剣キマイラは容赦なくファウンドの腹部に突き立てられた。
ΨΨΨ
フロイラは己に問いかける。どうしてこんなに、愛おしいのかしら。
希望、絶望、苦痛、癒し、怒り、悲しみ、愛、憎悪。
全ての感情を彼女は欲していた。善悪問わず、感情の波が強ければ強いほど、彼女にとっては極上の晩餐だった。
自分はファウンドを憎んでいるのだろうか。それとも愛しているのだろうか。むしろ両方だろうか。
分かっていることは、彼の全てが欲しいということ。肉を削ぎ、目をくり抜き、彼の苦悶と悲鳴を伴奏にして、彼と抱き合って、血と汗を混ぜ合わせながら果てたい。
ファウンドを殺したい。もしくは、ファウンドに殺されたい。そんな願いを込めて、フロイラは魔剣キマイラをファウンドに突き刺した。
しかし、返ってきた音は、肉の千切れる音でも、血液が噴出する音でもない。フロイラにとって最もつまらない音――乾いた金属音だけが木霊しただけだった。
フロイラは目を見開く。ファウンドのローブの下には、銀のプレートが隠れていた。彼はフロイラの行動を見越して、ミッシェルのプレートをはぎ取って身につけていたのだ。
瞬間、聖剣がフロイラの頭上に注がれる。フロイラは身を捩り避ける。彼女の髪が数本切れて宙を舞った。
フロイラは仕切り直そうと、空間に亀裂を作り、そこに飛び込もうとする。
だが、遅かった。
肉を切り裂く鈍い音が響く。フロイラが視線を下げると聖剣シールがフロイラの腹部を貫いていた。
フロイラは腹部から流れる自分の血を見つめ、歓喜に震えた。お腹が切り裂かれてる。内蔵がぐちゃぐちゃになってる。これが欲しかった。この痛みこそが欲しかったものだ。
どうして今まで、これを体験してこなかったのだろう。
フロイラの憎愛はここに至りて、臨界へと達していた。彼女は、口から血を垂らしながら笑った。
「あはぁ。お腹って切られるとぉ、こぉぉぉぉんなに気持ちいいいいのねぇ。こんな甘美な感覚だったなんてぇ、知らなかったわぁ」
フロイラは、ファウンドへ近寄近寄る。聖剣がより深く、フロイラの腹に刺さっていく。傷が深くなればなるほど、痛みが重くなる。その度に彼女は幸福に満たされていく。
フロイラはファウンドの表情をのぞき込む。
「近くで見ると、とっても凛々しいわぁ」
フロイラはファウンドの顔に手を伸ばし、頬を撫でた。そして、舌で唇を舐めまわし、甘い吐息をファウンドに吐いた。
「私と一緒に果てましょぉ」
次の瞬間、肉を抉る音が響いた。フロイラが魔剣キマイラを突き立てたのだ。それが刺さっているのは……彼女の肉体だった。
「あれぇ」
フロイラは密かに、ファウンドへ魔剣キマイラを突き刺すつもりだった。だが、ファウンドにその思惑は看破されていた。彼はフロイラの細い腕を掴み、魔剣キマイラをフロイラ自身に突き刺した。
「あっぁばりゃるうぅぅ」
フロイラの肉体が膨張する。艶美な容姿が、崩れていく。
ファウンドはその変異を待たずに、そのまま聖剣を振り上げ、フロイラの肉体を両断した。フロイラだった肉塊が崩れ落ちる。中途半端に身体が変形したせいか、フロイラと分かる程度で醜い姿の死体ができあがった。
その変形した顔はこれ以上ないくらいに、幸せそうだった。
ΨΨΨ
ファウンドは魔女の
この魔女は最愛の彼女を歯牙にかけた張本人。直接手を下し、快楽の赴くままに彼女をいじった。許せるはずもなく、殺せばさぞ気持ちがいいのだろうと思っていた。
だが実際彼の胸に広がったのは、爽快感でも満足感でもない。あるのは虚しさと嫌悪感。それだけだった。
少しはこの魔女を苦しめる事ができれば、気分も晴れたのだろうか。だが、残念ながら魔女を殺すことは当人を喜ばせるだけだった。
ファウンドは考える。死んだ最愛の彼女は復讐を望んではいないかもしれない。だが、これは成さねばならない。でなければ、自分がいる意味がない。自分が無意味に生き延びたのは、この世界に復讐するためなのだから。
ファウンドは魔女のなれの果てから視線を外し、その場を離れようとする。
その時、食道をさかのぼって何かがこみ上げてきた。
「がっ」
ファウンドの口から大量の血液が吐き出される。掌に吐いた血が、ファウンドの瞳に鮮明に映った。同時に動悸と目眩が押し寄せ、彼に膝を付かせる。
ファウンドは歯を食いしばり、心の底から願う。まだ、死ねない。奴らには絶対に、自分と彼女を苦しめた事を後悔させる。だから、それまで保ってくれ。
ファウンドは立ち上がると、覚束ない足取りで歩き始めた。
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