第33話 警告
外に出ると、空に白みが増していた。もうすぐ夜が明けるのだろう。
「これ以上、私は戦う気はないんだがね」
玄得は困ったように立ちはだかる人間に漏らす。
「うんうん。私もないよ」
彼女はニコニコとして笑みを絶やさない。
「でも、警告はさせてね」
笑ったまま、彼女は玄得に肩を任せる圓に近寄る。
「うんうん。よく焼けた肉の匂い。とってもおいしそう」
焦げた髪を持ち上げ、その顔をまじまじと見る。
裂に焼かれた圓の顔は皮膚が引きつり、無残そのものだった。しかし、彼女はそれに構わず、蛇のように長い舌を出し、爛れた肌をなめる。
「ぐぅう」
圓は痛みに呻き声を挙げ、濁ってはいるもののまだ光消えぬ瞳で相手を睨む。
「うんうん。いいね、その目。でもね、あんまり見つめないで。私、お腹空いてきちゃう」
そう笑って、彼女はもう一度、圓の肌をなめる。
「秩序を乱してほしくないんだけどな。それに、私の生徒を傷つけるのは許さないから」
繕は右手の人差し指と中指を針のように尖らせて、圓の片目に突っ込む。
「ぎゃぁあああああああああああ」
圓の断末魔をうっとりとした表情で聞き、刳り抜いた眼球を口の中で飴玉のように転がす。
「私が望むのは食べることより、生きること。生の楽しみを邪魔させるこの痛み。その体で覚えておきなさい」
「いやはやとんだ代償だ。だが、面白い。私は諦めんぞ」
「ぐぅう。ぐうるう!」
獣のように唸る圓を連れて、玄得は朝日の光の中に消えていく。
繕がその姿を見送り、近くの木陰を覗きこむ。
「空さーん、まだ生きてますか?」
木陰では青い顔をした空が、うずくまっていた。
「まだ生きてますよ、先生」
「うんうん。元気そうだね。病院まで一人で行ける?」
「……それは無理です」
「そっか。じゃあ、西海さんを呼びますか?」
「……それもやめてほしいかな」
「うんうん。じゃあ、貸し一つです」
繕は空を抱え上げる。腕の中で空は安心したように眼を瞑る。
繕が空と出会ったのは高校が初めてだった。
出会ってすぐに気付いた。
お互いに天敵だと。しかし、繕はその頃から、末人を捨てていたし、空にも死ねない理由があった。
二人は飾と裂がそうしたように同盟を結んだ。
同盟といっても互いに不干渉を貫くだけだ。助けあうこともなければ、戦うこともない。
普通の生徒と先生の関係。
繕はおかしくもあったその関係を楽しんでいた。
(でも、もう長くないかな……)
警告はしたが、玄得といい、圓といい、諦めることはないだろう。
今日の戦いを見る限り、裂や飾は敵になることはないだろうが、どう転ぶかはまだわからない。
(うんうん。この街が蠱毒の壺ってわけか。這い出れるのは独りだけだね)
今、末人にはそれぞれ守りたいものが存在している。
繕の場合、それは今の生活だ。
人類の母を目指すより、みんなに好かれる先生になりたい。そのためには、邪魔するものは容赦なく排除するつもりだ。
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