第26話 決めた


 肩はまだ痛むが、身体は動く。

 いつまでも休んではいられない。早く、早く飾を追いたい。


「助けてくれないか?」

「うーん」


 頼れる相手は数少ない。

 飾がどこへいったのか見当もつかない。ただ、探す方法はある。


「頼む。飾を迎えに行きたいんだ」

「それはわかるけどさ。うーん」


 裂は困った顔をする。

 喜潤を助けたいが、彼を巻き込んでいいものだろうか。イヴ計画という人外のあの計画に。


「わかるんだろう? 俺を襲ったのは咏の姉妹だ。飾はそれを追った」

「それはわかるけどさ」


 鋼の腕を組み、唸ってみる。

 咏が答えようとしたが裂が制す。

 場所を教えるのは簡単だ。ただ、その前にはっきりさせないといけないことがある。


「匂いはする。飾っていうか末人の匂いは」

「本当か?」

「うん。だけど、とても強い。すごいくらい甘い匂いだよ。酔いそうになる」

「お腹空いちゃうね」


 咏もしっかりと嗅ぎ取っているようだ。

 それほどまでに強い匂い飾が発しているのだろうか。喜潤には全くわからない。


「いいか、喜潤。これは末人の血の匂いだ。多くの血が流れている。それは多くの死が存在しているってことだよ」

「……」

「そんな中に飛び込む勇気があるのか? あんたは何も知らなかったんだ。このまま知らないままにしておけばいくらでも戻れる。でも、首を突っ込んだらもう戻れない」


 裂の言うとおりだ。

 喜潤は飾の正体を今まで知らなかった。

 このまま飾を追いかけず、彼女が自分の元を去ってしまえば全ては幻になる。

 それは喜潤に日常が戻るということだ。

 

 飾がいないことに違和感を覚えるかもしれない。でも、それはきっといつか些細なことになるだろう。

 喜潤は大人になる。いずれは自立するのだ。

 飾が言っていた通り、彼女の役目はもう終わったのだ。


(それに飾が戻ってくることだってある)


 飾は事が終われば戻ると喜潤に告げていた。

 飾を信じるなら本当は待つべきかもしれない。

 彼女の帰還を信じて喜潤は自分の傷を癒すことに集中しても良いのだ。


(でも、それは俺が飾を見捨てることになるんだ。俺にはもう飾は必要ない、そう言っているのと同じなんだ)


 何もしなければ飾はきっと喜潤の傍から消えていく。喜潤がその手を繋がなければ飾を残すことは出来ないのだ。


「どんな場所だって俺は飾を追いかける。飾と一緒に暮すそれが俺の日常なんだ」

「……オレ達以上の獣が口を開けていてもか?」

「お前達は人間を食べれないんだろ? だったら、俺は食べられることはない。飾の盾になれる」


 飾はきっと戦っている。喜潤を襲った奴らと。

 戦いに勝っても彼女が孤独だったら。それを彼女の仕事の終わりとしたら。

 喜潤はきっともう飾と会えない予感がした。

 喜潤が迎えにいかないと、彼女は一人だ。

 どんな姿でも喜潤は飾を受け入れると決めた。また飾と同じ日常を送るのだ。


「いつまでも受け身になってちゃダメなんだ。飾との関係、俺は変えたかった。飾はもう俺に服従する必要なんてない。飾はもう俺の家族なんだ」


 裂は大きく息を吐く。


「言いたいことは本人に言ってやれよ」


 裂は立ち上がる。


「飾には恩もある。返さないで食べられるのは寝覚めが悪いな」


 一度は自分を食べようとした相手だが、食事をくれ、咏も助けてくれた。

 裂は飾に何も返していない。迷惑をかけてばかりだ。それは裂の性分からして許せないことだった。


「咏、カバンくれ。飾の所へ向かおう」

「うん! 案内するよ」


 咏も立ち上がり、キャスターのついた大きな鞄を引っ張り出す。


「裂……。咏……」

「へへへ。でも、自分の身は自分で守ってくれよ。今回ばかりはちょっときついかもしれないからな」

 

 喜潤もベットから出る。

 自分のこの足で飾を迎えにいくのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る