第10話 獣の来訪

 喜潤は学校へ行っている間、飾は家を片づける。

 裂は飾の邪魔をしないようにごろごろしているだけだ。

 夕方、買い物へ行こうとしてそれに気づいた。

 裂は不意を喰らったと言ったが、相手は彼女の腕を食べるほどの実力はもっているのだ。しかも厄介なことに裂の腕を食べた分だけ強くなってもいるはずなのだ。


(買い物、行き損ねましたね)


 気のせいだと思いたかったが、裂も気づいたようだ。

 飾は買い物を断念して、棒を持つ。

 裂に使った棒は今日も末人のために使われる。

 

 武器を持つと陣を整える。

 後々のことを考えると一階はまずい。喜潤に見られたくないからだ。

 二階、裂が昼寝に使っている部屋ならば普段は使わない。

 ここなら多少、暴れても出入りを禁じられる。


「なぁ、おい。本当に見殺しにしないんだろうな!」


 裂が騒ぐ。

 二階には裂も連れてきた。

 援護は期待できないが、目の届く所に置いて、囮代わりにしたい。


「静にしてください。あなたが食べられたら、私の手にも負えなくなります。うまく逃げてください」

「逃げろって、助けてくれないのかよ」

「そんな余裕ありません」

 

 飾も気づいたように相手も飾の存在に気付いているだろう。

 手負いの裂は後回しにされる可能性は高い。

 

 飾は自分の身を守らなくてはいけない。

 臭いは濃くなっているが、裂の匂いと混ざり分かりずらい。

 近くにいるかもしれないそれだけだ。


「おい!」


 裂の声。

 窓ガラスが割れる音。

 飾が後ろへ棒を突き出したのは同時だった。

 転がる裂。

 

 飾は先端に感触を持つ棒を軸にぐるりと身体を回す。

 向い合った相手と目が合う。

 短髪の少女。ほとんど全裸の彼女の爛々と輝く目。

 待ちきれないのか尖った歯がずらりと並んだ大きな口を開く。


「ああああああ!」


 棒は彼女の腹部に当たっている。

 怒りと痛みの混じった奇声は体を震わす。


「こんのっ!」


 飾は棒を払う。

 少女の腹部に減り込んだ棒は彼女の身体を床に叩きつける。


「くっ」


 飾は棒を引き抜こうとしたが、動かない。

 少女ががっちりとそれを掴んでいるのだ。

 飾は力を込める。

 武器を奪われるのはまずい。

 近づいたら力で捻じ伏せられてしまうだろう。しかし、少女は掴んだ棒を力任せに引っ張る。畳の毛を荒らしながら前に出る飾の足。


「うおおおおあおあおあお」

 

 棒が急に引かれ、体が浮く。

 少女は片手だけで、棒ごと飾の身体を引き込み、空いた手で釣り上げた獲物を捕らえようとする。


(まずい) 

 

 飾は手に力をこめる。

 少女が棒を強く握っているのは助かった。

 体を一旦、垂直に倒立させ、回転。

 高天位からの踵を少女の頭に振り落とす。


「あああ!」


 少女は呻いて身をよじる。

 すかさず、飾は拳を作り、少女の頬を殴りつける。

 少女は頭を床に打ち付けられる。

 更に追撃をかけようと振り下ろした拳。それが少女の手に掴まれる。


「ぐぁぁぁああああ!」


 悲鳴を上げたのは飾だ。

 拳が潰された。

 あまりの痛みに膝から崩れ落ちる。

 少女は飾の頭を掴み、首元を大きく開かせ刃の歯を突きたてようとする。


「この野郎!」


 裂が下から滑り込み、足を払う。

 尻持ちをつく少女の手を蹴り上げ、飾を開放。


「大丈……」


 裂は口を閉じる。

 飾の表情。豹変している。

 見開いた目。

 喰い縛った歯が体を震わしている。

 まさにキレた表情だ。


「お、おいおい」


 さすがの裂も後ずさりする。

 立ち上がった飾は裂の横を抜け、少女の前に立つ。

 少女は飾にまた飛びかかろうとする。

 飾は右足を上げた。


 裂にはその動きがとても緩慢に見えた。

 ゆっくりとした動作で飾の右足は少女の脇腹に当たると、その力を爆発させる。

 くの字に曲がる少女の体。

 床に叩きつけられ、頭を上げる少女にもう一撃その足が当たる。

 ボールのように蹴られた頭がまだ首に繋がっているのは奇跡に近い。しかし、少女の意識は完全に断たれた。

 初めの輝きを失い朦朧とした目。床に伏した体を起こそうともしない。


 飾は少女の首を掴み、頭を上げる。壊れた拳ではもう殴れない。

 腕を折り、肘を頂点に鋭角を作る。それを頭より高く振りかぶり、少女の顔面に落とす。

 飛び散る血は裂の身体にも付く。


「お、おい」


 少女は声も上げない。

 飾はもう一度肘を上げる。今度はもっと高く。


「やめろおおおおお!」


 裂の叫びに飾の肘は少女の顔に軽く触れるに留まった。

 びちゃりと血が跳ね、また飾のエプロンに赤いシミが増える。


「も、もういいだろう?」


 静止する飾の背中に裂は恐る恐る声を掛ける。

 飾は掴んでいた少女の首をひらりと放す。


「そうですね。拘束しましょう」


 振り向いた飾の顔にはべっとりと血がついている。

 飾は笑顔を浮かべて、ペロリとその血を嘗めた。

 意外にも渋い味がした。


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