第四章「帰る場所」2/2

 その日、私はミカゼさんのベッドの上で目覚めました。

「――?」

 隣町にいたはずなのに、どうしてここにいるのでしょう。

 リロード時に位置が修正されることはよくありますが、それにしてはあまりに作為的な配置です。首を動かすと、ミカゼさんと目が合いました。

「おはよう、リコ」

 日本はまだ夜も明けたばかりだというのに、小学生であるミカゼさんがもう起きていらっしゃるのは不自然でした。そもそもミカゼさんが眠っているべきベッドを私が占拠している状況がおかしくて、何があったのか見当もつきません。

「おはようございます……?」

 起き上がってきょろきょろと辺りを見回していたら、ミカゼさんに笑われました。

「何でここにいるの、って顔してるね。昨日のこと覚えてないの?」

「はい……」

「そっかぁ。私にもよく分からないんだけどね、リコは昨日、突然この部屋に戻ってきて爆睡してたんだよ」

「!?」

 暴れる精霊に背を向けて、ここに逃げ帰ってきたというのでしょうか。ぞっとするような話です。覚えていないということは、その場に残ったところでもう戦えない状態だったのだろうとは思いますが……。

 こんなことは初めてで、言いようのない底気味悪さを感じました。情報の読み書きにかかる「コスト」の差を考えれば、戦えないが瞬間移動はできるという状況は発生し得ます。しかし、それでも私が退却しようとしたとは考えにくいのです。

 精霊力を回復させるためには睡眠が必要ですが、私にはその状況で眠りにつけるような精神力はありません。退却しても再出撃できる望みがない以上、残って少しでも精霊の注意を引きつけた方が得策だというのは、ずっと昔から分かっていたことでした。

 ノイズだらけの記憶から辛うじて拾えるのは、誰にとも知れぬ謝罪ばかり。頭を強く打っていたようなので、意識が混濁していたのかも知れません。それにしたって、今まで逃げ出したことなんて一度もありませんでしたのに……。

 それだけミカゼさんに甘えてしまっているという事実を突きつけられたような気がして、ずきりと胸が痛みました。

「ご迷惑をおかけしてすみません。ベッドまで貸していただいて、何とお礼を申し上げていいか」

「ううん、リコさえよければ、またいつでも泊まっていってね」

 そう言ってミカゼさんは微笑みました。よく見ると、いつもは血色のいい顔が少しだけ青ざめていて、私はようやくミカゼさんが朝早くから起きていらっしゃる理由に思い当たります。

「あの、もしかして私のせいで眠れなかったのでは……?」

「え? そんなことないよ?」

 ミカゼさんの声のトーンに、どこか取り繕ったような明るさを感じて、やはり徹夜させてしまったのだと思いました。

「本当に申し訳ありませんでした。どうか今からでもお休みになってください。私が起こしますから」

「大丈夫、私も寝たって」

 徹夜ではないにしても、この時間に起きている時点でいつもより睡眠時間が短くなっていることは明らかなのに、ミカゼさんは問題ないと言い張りました。

 昨日何があったのか詮索することもせず、ただただ「私にとって都合のいいように」振る舞われるのです。

 しばしば子が親を正当化し、虐待を受け入れてしまうことさえあるように、彼女は年上の友達として慕っている私を庇い、面目を立てようとしてくださっているようでした。

 その様子があまりにいじらしくて、私はそれ以上何も言えませんでした。


 いっそのこと本音をぶちまけてしまえたら、どんなに気持ちが楽になるでしょうか。

 何度も夢想しては、とんでもないことだと頭を振りました。

 そんなことをしたら、義理堅く正義感の強いミカゼさんは、自分も生と死を捨て去って戦うとおっしゃるに違いありません。そうなると分かっていて話すのは、強制するのと同じです。

 ミカゼさんはいずれ世界を守る存在になるお方。しかしそれは「この世界」の話であって、私と一緒になって永遠に生き続けることまでは求めていませんでした。

 ミカゼさんには大切なご家族がいて、お友達がいて、愛されていて……何もそれらを守るために宇宙の理から外れることはないのです。今は私がいるのですから。

 二人で力を合わせれば、世界丸ごととまでは行かなくても、ミカゼさんが本当に守りたいものだけは何とか守れるはずです。そのための技術を身に着けていただく必要はありますが、事情を説明するにあたっては、「この世界」の危機さえ伝えられれば十分です。ミカゼさんには「この世界で生きていく」未来があります。

 そんな彼女を前にして、言えるわけがないではありませんか。

 もう一人になりたくないなんて。


 お借りした新聞を読んでいると、ミカゼさんが近づいてきて、寄り添うように隣に座られました。

「どうかされましたか?」

「何でもないよ。ただ、そばにいたかっただけ」

 ――ああ、私は我儘です。

 本当は、ミカゼさんには自由に生きてほしい。

 ミカゼさんの分まで私が世界を守るから、何も気にせず好きな道を歩んでくださいと、そう言って差し上げたい。

 その上で、私の隣にいてくださったらいいのに。

 できもしないこと、ありもしないことばかりを欲してしまうのです。

 あなたがそばにいてくださるだけで私は。私は……。


 私が目覚める時、最初に思うのは、「遠いところへ来てしまった」ということでした。それは今でも変わりません。

 でも、もう「帰れない」とは思わなくなっていました。

 いつの間にか、ミカゼさんのいるところが私の帰る場所になっていたのです。

 次に「帰れない」と思う時、私は耐え切れなくなって、記憶を消すのかも知れません。


 精霊による災害は増加の一途を辿り、混乱の時代が訪れようとしていました。

 破局の時は刻一刻と近づいていましたが、経済というのは正確に予測することはできないものであり、まだ誰もこの先に起こることを知りませんでした。

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リコ -世界を守り続ける話- 夢前 黎(ゆめさき れい) @Rei_Yumesaki

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