第四章 帰る場所

第四章「帰る場所」1/2

 私が目覚める時、最初に思うのは、「遠いところへ来てしまった」ということでした。

 昨日までのことを思い出そうとすると、頭に水を流し込まれるような冷たい感じがして、記憶が二つあるみたいに、一瞬だけ酷く混乱するのです。

 両親と一緒に暮らしていて、街中の方が誕生日を祝ってくださって、幸せで、悲しくて、消えてしまいそうだったあの時の私と、幾度も生死を繰り返し、途方もない時間の果てにここへと至った今日の私。

 体が覚えている昨日は、とうにその宇宙ごと消え失せていて、アカシックレコードが覚えているたくさんの時代も、もう遠い過去のことなのだと理解した時、私は穏やかな気持ちでその事実を受け入れます。

 だって、私は一か八かの賭けに勝ったのですから。自分の存在自体が消えてしまって、街を守れなくなることも覚悟していたのに、目論見通り不死の力を手に入れて、両親が天寿を全うするまで守り抜くことができて、さらには新しい世界の人々にも出会えたなんて、こんなに上手くいっていいのだろうかというくらいの大成功ではありませんか。

 でもやはり寂しくて、「遠いところへ来てしまった」と思うのです。

 「もう帰れない」のだと。


 永遠に続くと思われた日々に、大きな変化が訪れました。

 冷たい記憶の最後に、幸せな記憶が流れ込んできて、胸がじんわりと温かくなるのです。

 思い出すのはミカゼさんのこと。今日もミカゼさんに会えるという喜びは、燦然と輝く光となって私の心に灯りました。私は久しぶりに――本当に久しぶりに、自分が生きていることを嬉しいと思えるようになりました。

 ミカゼさんは太陽のような方でした。出会った時こそ泣きそうな顔をされていましたが、本来は溌剌とした気質の持ち主で、一緒にいるだけで気持ちが明るくなってきます。面倒見がよく話し上手でもあり、私のためにいろんなお話を聞かせてくださいました。

 利発で可愛らしいミカゼさんは、ご両親にとっても自慢のお子様に違いありません。ミカゼさんとお友達になった次の日、一緒に外を歩きましたが、実はあの時ミカゼさんのお母様も後ろからこっそりついてきていらっしゃいました。前日にあんなことがあったばかりですから、心配だったのでしょう。

 愛情たっぷりに育てられ、正義感に富み、才能にも恵まれている――そんな、輝かしい将来を約束されたような子供。しかし、もうすぐ世界中で取り返しのつかない崩壊が起こることを知っている私には、この時代の子供たちに幸せな未来が待っているとは思えないのでした。

 私にとってミカゼさんは、たった一人の大切なお友達です。近くにいて守って差し上げたいと思うのと同時に、私の存在がミカゼさんの人生を歪めてしまうのではないかと思うと、恐ろしくもありました。

 でも、それはきっと思い上がりなのです。

 私が何も教えなくても、あるいは甘い嘘で過酷な現実を覆い隠したとしても、いつかは自力で真相に辿り着き、戦いに身を投じるでしょう。例え一人でも。

 それだけの力と勇気が、ミカゼさんにはありました。

 どのような道筋を辿るとしても、ミカゼさんはいずれ世界を守る存在になるという確信がありました。

 だからこそ、せめて幼い間だけでも、普通の子供と同じように「自分より強い者に守られている」という安心感を享受してほしいと思うのです。ミカゼさんがずっと求めていたものを。そして、私がどんなに望んでも得られなかったものを……。


 今までの世界に、精霊が見える人間が全くいなかったわけではありません。

 人より精霊の気配に敏感な、いわゆる「霊感の強い」方はいつの時代もいらっしゃいましたし、第六感と言われるものの正体も精霊力の「読み取り」の作用だと思います。連続大災害以降の時代において最後まで生き残るのは、大量に発生した精霊を避けながら水や食料があるところに辿り着くことができた「勘のいい」人々でした。

 しかし、自分の意志で精霊力を操れる方となると本当に希少です。それも、記憶力の補強やごく軽度の「読み取り」ができるだけで、精霊のように事象改変ができるという話は聞きませんでした。

 精霊力は情報を読み書きする力ですが、人間の能力は「読み」に、精霊の能力は「書き」に偏っています。「書き」のできない人間が、それでも現状を変えたいあまり無意識のうちに精霊力を漏出させるとすれば、その力は周囲に影響を与えるほどではないとしても、確かに「書き」に傾いた性質を持つでしょう。そう考えると、精霊力の集合体である精霊の能力が「書き」に特化するのも頷ける話でした。

 ただ、精霊が「読み」を苦手としているといっても、少し精霊力が使える程度の人間では太刀打ちできない技量を有している場合がほとんどです。精霊は体表面にしかセンサーを展開できませんが、それでも自分の体を通過していく音波や電磁波を読み取れば、かなりの精度で周囲の状況を把握することができます。

 そのため私は、精霊が見える方には次のようにお伝えしてきました。精霊が街を襲おうとしていたら、隠れてやり過ごそうとせず、ましてや食い止めようなどと思わず、家族を連れて早く避難するように、と。

 精霊を放置することに罪悪感を感じるという方には、神様や仏様に任せておけばいいなどと、心にもない言葉をかけることさえありました。

 ――一緒に戦うことはできないけど、相談相手くらいにはなるから。

 そう言ってくださるすぐそばで、小さな精霊がもがき苦しんでいるその光景は、まるで私の孤独を象徴しているかのようでした。

 精霊が見えるといっても、所詮「大きな精霊が常人には姿を見られない程度に影響力を抑えていても感知できる」というレベルの話で、身近にいる小さな精霊が見えているわけではなかったのです。

 そのような方はきっと、精霊は非日常の世界から来るものだとお思いでしょう。しかし実際には、精霊は私たちと同じ世界の住人で、いつだって人間のそばにいます。

 彼らは願いと苦しみを募らせながら成長し、やがて自分のなすべきことを見つけます。多くの精霊は自ら消え去ることを。同情心の強い精霊は人間の手助けを。世界を許すことのできない精霊は破壊と変革を……。

 そんな精霊たちを本当の意味で見ていたのは、私だけでした。

 私は次第に、精霊が見える方にお会いしてもあまり関わり合いを持たないようになりました。何にしても走って逃げることしかできないのだから、詳しい話をしても無用な心配をおかけしてしまうだけだと気づいたからです。

 私より強い精霊はたくさんいるのに、その私こそ人類防衛側の最大戦力であるという事実を、正直に打ち明けお詫び申し上げることには自己満足以上の意義を見出せず、かといって私がいるから大丈夫だと過剰な信頼を寄せられても困るので、私のことは考えないでいただくのが一番いいという結論に達しました。素性を追及された時には、神様に口止めされているというようなことを言ってごまかしてしまいました。

 精霊力を制御できない方に小さな精霊が見えないのは、幸いだったかも知れません。自分から精霊が生まれる瞬間を見るのは気持ちのいいものではないでしょうし、あの「恐ろしい」精霊が自分たち人間から生まれているなんて、知ってもどうしようもないことなのですから。


 私しかいないということが、どれだけ私を苦しめたか分かりません。

 目の前に自分では対処できない問題が立ちはだかっていて、隣には誰もおらず、後ろにいるのは助けを必要としている人ばかり。

 結局私は一人で立ち向かうしかなくて、私は死んでみんなも死ぬ。

 それでも私がいないよりはましであるということが、唯一の救いであり、また呪縛でもありました。

 頭の中で響き続ける、幾億、幾兆もの悲鳴。

 助けようと手を伸ばしても、私ごとぐしゃりと潰されてしまう絶望。

 覚醒し、守れなかったことを知るあの瞬間の、身を切られるような冷たさ。

 ――ヒーローは絶対に勝つって決まってるんだよ。負けちゃったらハッピーエンドにならないもん。

 ミカゼさんのおっしゃる通りです。私はヒーローなどではありません。

 どの面下げてミカゼさんに会っているのだと罵られても仕方のない人間です。ミカゼさんを安心させるふりをして、自分が安心したいだけなのではないかと、何度も自問自答しました。その上で、ミカゼさんのおそばにいさせていただいています。

 だって私たちは、六十もの世界に二人きりの、「精霊が見える」お友達なのですから。

 この力は一人で抱えるには重すぎるということを、私は痛いほど知っていました。

 あなたこそ私のヒーローです。あなたが私を救ってくださったように、私もあなたの救いになれたらいいのに……。

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