第二章 60イーオンの孤独

第二章「60イーオンの孤独」1/3

 私が生まれた時、人類はすでに終末を迎えようとしていました。

 直接的な原因は、子供が生まれなくなったことです。戦争中に撒き散らされた環境ホルモンのせいであるとも、原子力発電所跡から漏れ出している放射線の影響ではないかとも、Y染色体の劣化によるものであるとも、両性具有への進化の途中なのだとも言われていましたが、真相を突き止めることができないまま、ヒトは世代を重ねるごとに身体的な男女の別を失っていきました。

 しかし、もし人類最盛期の設備や技術が残っていたならば、人工授精やクローニングによって新しい命を生み出すことができたでしょう。薬で性分化を促すこともできたかも知れません。それができなくなっていた時点で、人類は相当に衰退していたと言えます。

 そのきっかけは、昔の人々が人類滅亡のシナリオとして思い描いていたという、いわゆる核戦争ではありませんでした。それは、西暦二千年頃から加速的に進行していった、世界規模の慢性的な不景気でした。

 所得に対して物価が高い状態が続き、人々は生活レベルを下げることを余儀なくされました。人々の不満は、公的扶助を受ける社会的弱者や、異民族、異教徒へのバッシングとなって現れました。政府は急激な勢いで膨れ上がる貧困層に対応し切れず、あれこれと理由をつけて社会福祉を縮小していきました。

 先進国でも餓死者や病死者が増え、毎日暴動が起こるようになりました。多くの企業が倒産または「無期限の休業」に追い込まれ、失業者が急増しました。街は浮浪者で溢れ返り、強盗や傷害事件が頻発しました。地方の役所が襲撃を受けるようになると、国の機能は末端からじわじわと麻痺していきました。政治家が自分の身を守り切れなくなるのは時間の問題でした。

 軍や警察は暴動の鎮圧に尽力しましたが、彼らもまた不況と不安に喘ぐ身でありました。いよいよ自分たちの生活も将来も正当性も保証されなくなったとなると、武器や兵器を持って組織を抜け出す者が出始めました。もはや国家に治安を維持する力はなく、あっという間に世界中が紛争状態に陥りました。

 陰謀論が飛び交い、それまで何とか生き残っていた企業は破壊活動の対象となりました。農作物は育てたそばから略奪されてしまうので、農業というものが成り立たなくなりました。食料や日用品すら市場に出回らなくなり、お金の価値が暴落すると、それまで安全圏にいた富裕層もついに混乱の中へと叩き落されました。

 従来の社会の枠組みが崩壊した後の時代では、文化的・軍事的・宗教的カリスマを中心とした組織があちこちで権力を持ち、ある程度人々をまとめていました。「武装勢力が乱立していた時代」と表現されることもありますが、その多くは自衛のための武装でした。お互いに牽制し合うことにより、農業を再開する余裕が生まれました。

 しかし、衛生環境や栄養状態は最盛期と比べると格段に悪くなっていたので、人々は様々な病気にかかりました。予防接種を受けたことのない世代は、破傷風や結核など、かつて人類が克服した脅威に再び晒されることとなりました。洪水や津波が疫病をもたらすこともありました。そして、おそらく人類にとって一番の不幸は、感染症について十分な知識を持った人は少なくても、一昔前の常識として「生物兵器」という概念を知っている人はまだ大勢いたということでした。


 こんなに急に病気が増えるなんて絶対におかしい。

 誰かが意図的に菌や毒をばら撒いているのではないか。

 自分たちはこんなに苦しんでいるのに、「あいつら」はぴんぴんしている。

 「あいつら」は薬を隠し持っているらしい――。


 誰が言い出したのか、そんな噂がまことしやかに囁かれるようになりました。「あいつら」とは、得てして歴史的・宗教的な確執のある相手のことでした。細菌テロという理由づけすらなく、「あいつらの存在自体が災厄を招く」といった暴論が支持されることもありました。「あいつら」という悪さえ打ち倒せば、あの輝かしい栄光の時代を取り戻せるのだという幻想は、飢えた体に染み入る砂糖水のように人々の思考を侵していきました。

 人類最後の世界戦争が始まりました。そこに法はありませんでした。兵士と民間人の区別がないため、基本的に無差別攻撃です。その土地の人々を皆殺しにして、ありもしない薬を探し回るという光景もしばしば見られました。そのうち本当に生物兵器や化学兵器が使用されるようになりました。戦闘機を保有しているグループはここぞとばかりに爆撃を行い、威光を示して覇権を握ろうとしました。当然やられた側はやり返すので、戦火はますます拡大していきました。

 人類が泥沼の戦争を続けていたある日、旧日本国付近でマグニチュード9以上と推定される大地震が起こりました。それを皮切りに、立て続けに世界中で地震が発生しました。いまだかつてない規模の津波が繰り返し押し寄せて、敵も味方もなく人々を飲み込みました。そして、とどめを刺すように、イエローストーンの大火山が破局噴火に至りました。

 火山灰やガスが空を覆い、太陽光が遮られたことにより、地球全体の気温が低下しました。長い冬が訪れ、多くの動植物が死滅しました。

 かつての文明レベルが維持されていれば、あるいは、せめて戦争につぎ込んだ労力を災害観測システムと食料生産ラインの復旧に回していれば、予兆を察知して多少は食料を備蓄することもできたでしょう。しかし現実は……。

 十年ぶりに空が「晴れた」時には、人類はもう、一万人しか残っていませんでした。


 人類最後の子供である私は、未来はないけれど平和で愛に満ちた、小さな世界で生まれ育ちました。

 あの天変地異の後、人々は旧時代の遺産を利用しながら、時間をかけて生活環境を二十世紀後半頃の水準まで回復させていきました。慎ましく生きていく分には十分な豊かさがあって、争い事もほとんどない、人類がようやく辿り着いたユートピア。大人たちは、子供が生まれなくなったことに関してはすでに諦観の姿勢を見せており、関心の対象は「どうすればより安らかな死を迎えることができるか」ということにシフトしていました。

 穏やかに滅びを受け入れている社会――。しかし、「精霊」を感知することのできる私には、別の景色が見えていました。

 精霊は、人間が精神的苦痛を感じた時に発するエネルギーが凝集して生まれるものです。中でも、自我に目覚める前の小さい精霊は剥き出しの感情データのようなものなので、近くにいるだけでその苦しみがこちらに伝わってくるのでした。

 彼らは嘆くのです。嫌だ。怖い。悲しい。死にたくない。ごめんなさい……。

 それは、人々が本当は生きたがっていることの証でした。

 精霊の多くは自分を生み出した人間たちを憎んでいます。彼らにとっては、存在することそれ自体が苦痛であるためです。人格を持つほどに成長した精霊は、身を潜めて力を蓄え、時が満ちると街を襲いました。精霊の出現頻度が、人々の絶望の深さを物語っていました。

 精霊による被害は、翌日には因果関係が修正されて、自然災害や事故であるということになっています。大人たちは災害すらも「皆で死ねるならそれもいいかも知れませんね」などと許容する素振りを見せていましたが、そう言ったそばから恐れや悲しみを抱いた精霊が生まれるのを、私は胸が押し潰されそうな気持ちで見ているしかありませんでした。


 精霊の力の源は何なのか。どのようなメカニズムで歴史が書き換えられるのか。何故私だけが小さな精霊を感知できて、翌日になっても真実を忘れないのか。その疑問にヒントを与えてくれたのは、昔の人が書き残した文献でした。特に、宇宙の始まりから今までのあらゆる事象が記録されているという「アカシックレコード」の概念を知った時、私は新しい世界が開けたような閃きを得たのです。

 私は自分の記憶にタグ付けしたり、記憶の中を検索したりして、頭を使うことに関しては結構快適な生活を送っていたのですが、どうやら他の人はそうではないということを知ったのが、ちょうどその頃のことでした。

 アカシックレコードは実在したのです。それは異次元にあるサーバーのようなもので、私は無意識のうちに自分の「領域」にアクセスし、情報のアップロードとダウンロードを行っていたのでした。精霊に関する記憶は、他の人と同じように脳では保持できていないと思われますが、アカシックレコード上の記憶が優先されるために「精霊によって町が破壊された」という事実を覚えているのでしょう。

 私は意識的にアカシックレコードを覗くことを覚えました。それはまるで、パソコンの中にあるフォルダやファイルを開くような感覚でした。アカシックレコード上の情報は言語ではなく、概念そのものでした。

 ほどなくして、主観的な「記憶」だけでなく、客観的な「ログ」にもアクセスできるようになり、自分以外のものの領域にも手で触れて念じればアクセスできるようになりました。

 物には記憶のフォルダがなく、こっそり覗いた両親の記憶のフォルダに入っている情報も、感情が大きく動いた時に自覚のないままアップロードされているだけのようで、読み取れないほど断片的なものでした。けれど、どんなものにも必ずログはありました。

 ログの中身は、ほとんど私には理解できない概念で埋め尽くされていましたが、その存在を構成している物質・エネルギーの宇宙開闢以来の来歴が記録されているようでした。さらに、そこには毎日深夜に発生している「リロード」の履歴も残っていたのです。

 地球上のものの領域にしかアクセスしたことがないので、あくまで推測になりますが、宇宙は約二十四時間ごとに――宇宙規模で考えると時間の流れは一定ではないものと思われますが、少なくとも地球上においては二十四時間ごとに――再構築されているようでした。

 その際、アカシックレコード上の情報と、物質・エネルギーの次元である現世の状態にずれが生じている場合は、辻褄を合わせる力が働きます。そうして歴史の改変が行われても、ログにはエラーや修正の履歴が残るので、私にはいつ大きな辻褄合わせがあったのか分かりました。そしてそれは、精霊が現れた日と一致したのです。

 精霊の痕跡が、リロード時に他の歴史で塗り替えられるとして、では何故それは修正の対象になるのでしょうか。その理由は、もう少し後に判明することになります。


 私は研究を続ける中で、アカシックレコードにアクセスして情報をやり取りすると、自分の中の何らかのエネルギーが消費されていくことに気づきました。それは魔力や霊力といったものに近いような気がしました。

 昔の娯楽小説には、「魔力の高い者だけが魔法を使える」「霊力の高い者にだけ幽霊が見える」といった設定がしばしば見受けられますが、私にだけアカシックレコードに意識的に接続したり、精霊を感知したりする能力があるのも、そういうことなのだろうと思いました。また、精霊を構成するエネルギーも元を辿れば同じ力なのではないかと思い至るのに、そう時間はかかりませんでした。

 今では私はその力を「精霊力」と呼んでいます。私は、精霊力は「情報を操作する力」なのではないかという仮説を立てました。人は苦痛を感じると、現状を変えたくて精霊力を放出します。でも、実際にはすぐに周囲のものに影響を与えるほどの力も指向性もない。その結果、行き場をなくしたエネルギーが空間に蓄積されていきます。やがて、精霊力が含有している意思データから人格が形成されて、精霊になるのでしょう。

 私から精霊が生まれないのは、私は精霊力をコントロールすることができるため。精霊が自分が何者であるかを知っているのは、私と同じようにアカシックレコードにアクセスして情報を得ているからかも知れません。

 そう考えた時、私はある可能性に気づきました。それは、私が精霊力を多く持っているのなら、精霊力の塊である精霊と同じようなことができるのではないかということでした。

 私は街はずれにある廃屋の前に行きました。災害等で家が壊れても、余っている建物に引っ越せばいいだけなので、基本的に修繕はされないのです。

 私は精霊力で拳を包むようなイメージを思い浮かべてから、壁を小突いてみました。拳は痛くありませんでした。思い切って全力で殴ったら……建物は全壊しました。

 降り注ぐ瓦礫の中で、しかし私は無事に立ち続けていました。大きな破片がガツンと額にぶつかりましたが、何ともありませんでした。私は直感的に理解したのです。精霊力は、アカシックレコードに対してだけでなく、現世の物質やエネルギーに対しても「読み書き」の力を行使できるのだと。

 私はその時、壁に「壊れる」という情報を、自分の体に「壊れない」という情報を、精霊力を使って一時的に「書き込んだ」のでした。技量さえあればもっと複雑なことができるということも、今なら知っています。嵐を起こしたり、人に幻を見せたり、嘘をつけない空間を作ったりする精霊もいました。

 ただ、この精霊力による事象改変は、現世の状態には影響を与えても、アカシックレコード上の情報には影響を与えないので、リロードの際に「ずれ」として処理されて、辻褄合わせの中で「精霊力が関与しない歴史」に修正されてしまいます。私がアカシックレコードにアクセスする時には、自分の領域の外には強固なプロテクトがかかっていて編集不可能な状態になっているので、きっと精霊にもアカシックレコードごと書き換えることはできないのだろうと推察されました。

 翌日、私が全壊させた廃屋のログを覗いてみたら、やはり修正の履歴が残っており、老朽化により倒壊したことになっていました。


 精霊力を使いこなせば精霊と戦える。

 その発見は、当時十一歳だった私を大いに喜ばせました。

 今まで指をくわえて見ていることしかできなかった精霊の襲撃を、どうにかできるかも知れないのですから。

 それは、私の長い人生の中で、一番希望に満ちていた時期でした。


 あまり頻繁に精霊に襲われていると、普通の人でも「これはただの災害ではなく祟りのようなものなのではないか」と感じるものです。

 私が精霊と戦い始めた時、人々はすでに、精霊を見ても「ああ、やっぱり近頃頻発していた災害は悪魔か何かの仕業だったのだな」という反応を見せるようになっていました。そして、両親の制止を振り切って精霊の懐に飛び込み、常人ではあり得ない戦闘を繰り広げる私のことは、天より力を授かった特別な人間だと思うようでした。

 私が最後に生まれた子供であることも後押しして、一気に新しい信仰が生まれそうになります。しかし、翌日には私は「神の子」ではなく「災害対応の手伝いをしたリコ」になっているので、多少褒められるくらいで済み、日常を維持することができました。


 精霊は精霊力を行使することでしか他者に干渉できません。精霊が人や建物を攻撃する時、厳密には衝撃を与えているのではなく、対象に対して「壊れる」という情報を書き込んでいるのです。本来の状態からの差が大きいほど、多くの精霊力とそれを操る技量が必要になるので、際限なく破壊されてしまうことはありませんが、建物を壊せるほどの精霊なら人も殺せます。

 そんな精霊に立ち向かうためには、自分の体に、相手からの干渉を上回る力で「壊れない」という情報を付加しなければなりません。そして、精霊の体に触れ、彼らを構成する精霊力に対して「壊れる」という情報を書き込むのです。すると精霊も私からの干渉に抵抗してきます。精霊との攻防は、見た目こそ殴り合いですが、その本質は相手のプロテクトを破って情報を改変しようとする「ハッキング合戦」でした。

 アカシックレコード上では身に着けているものも自分の「領域」の構成物であるためか、所持品にも体と同じように精霊力を纏わせることができたので、細長い道具を武器にすることでリーチを伸ばすことにしました。

 また、精霊力は「情報を読み書きする力」であり、アカシックレコードへの接続や事象改変以外に、周囲の状況の「読み取り」にも使えます。その時はまだ感度も有効範囲も心もとないものでしたが、位置関係が良ければ、街を襲おうとしている精霊の気配を察知し、被害が出る前に迎え撃つこともできました。

 両親は常に気を張っている様子の私を心配していましたが、私は笑顔で「大丈夫です」と答えるばかりでした。

 初めは順調だったのです。

 いつも私よりも先に精霊の精霊力が尽きるので、精霊というのはその程度の脅威なのだと、もう大丈夫なのだと、楽観的になっていました。

 だから、私はよく考えていませんでした。

 自分が負けた時のことを。

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