第194話/クイズ

第194話


 俺とリーゼは朝食をご馳走にならずに宿屋へ戻るつもりだった。だが不幸にも長老が現れたかと思えば、上空からテーブルと椅子、料理を運ぶハーピーが続々と飛んできて、断りづらくなってしまった。


「ふんッ! 貴様らには行き過ぎたもてなしだッ! 食材も相手を選べと泣いておるわッ!」

「じゃあお前らで食ってくれ。俺達は帰る」

「なッ!? き、貴様ッ、イツモワール様のご厚意を無下にする気かッ!? ありえんッ、付け合わせ一つ残さず食い切れと儂は言っておるッ!」

「えぇー……」


 ……そんなこんなで、リーゼがキキ達を連れてきた。何ら説明を受けていないキキ達なので、イツモワールと同じ卓に座らされて困惑するかと思っていたが、


「へえ、わざわざ朝食を用意してくれてるなんて気が利くじゃないの」

「食べていいんですか!? これ全部食べていいんですかぁ!?」

「ぴゅぴゅ、ぴゅ~ん!」

「なるっぽ! このご馳走、悪事を働いてましたごめんなさいの意味がこめられてるとみた! ひひっ、お主も悪よのう?」


 なぜか各々……受け入れていた。


 とはいえ最低限の説明はするべく、俺は朝食の前にイツモワールは犯人ではなかったこと、火ノ国と風ノ国の国難は解決済みであると伝えた。


「そう、良かったわ。これでお父様も快方に向かうはずよ。もぐもぐ」

「さすがツキシドさんとリーゼさんですね! 感激です! ばぐばぐ」

「ぴゅぴゅ~ん! ぴゅ~ん! ぺろぺろ」

「参ったねぇ、新たな事件の臭いがしてきたじゃん! がつがつ」

「お前らは犬以下か。俺が説明を終えるまで『待て』をしろっ」


 昨晩あれだけ食べておきながら、まだ食い意地が張っているとは……(溜息)。


「リーゼ、お前も負けずに食ってくれ。功労者だろ」

「はい、いただきます」


 リーゼの手が料理に伸びる。

 彼女はパンケーキが一番好きなのか、小皿に山盛りにしていた。


「味はどうだ?」

「毒は入っていないようです。ぱくぱく」


 パンケーキを上品に口に運んでいるものの、味を堪能しているのではなく毒見が目的らしい。


(うーん……イツモワールに心を開けない気持ちは分かるが、その彼女も同じ飯食ってるんだし、純粋に食事を楽しんで欲しいんだけどな)


 思えば昨晩もそうだった気がする。ほぼ無表情で食べるので自然と孤立気味になっていた。あの時、本人なりには楽しめていたのだろうか……?


「あらー? ずいぶんと不満そうにしてるサキュバスがいるわねー?」


 納得いかない、とばかりに近づいてきたのは主催者だった。


「他の皆さんからはご満足いただけてるのにー。あんただけ口に合わなかったのー?」

「……いえ、そういうわけでは、」

「だったらもっと美味しそうに食べなよー。ほら、ナクコちゃんも言ってあげてよー」

「リーゼさん! このチーズウインナーがオススメですよ! 食べ応えあってとってもジューシーです!」

「はぁ……」

「リーゼさん、こっちのマカロニグラタンはどう? 悪くないと思うわ」

「リゼたん! 朝はやっぱりこのミックスジュースっしょ! 飲めねぇとは言わせんっ!」

「ぴゅぴゅ~ん!」


 リーゼの席に詰め寄ってくるキキ達。

 リーゼが反応に困っている様子でもお構いなしに料理を勧めていた。


(あ。もしかしてこいつらも昨晩のリーゼを気にしてたのか?)


 昨晩の夕食は自分達ばかりで盛り上がってしまった、と。

 リーゼにあまり絡むことができず、反省したのかもしれない。


「ほらほらー。皆さんが幸せのお裾分けをしてくれてるじゃないのー。食べてあげないと泣き出すかもしれないわよー?」

「な、泣くのですか……?」

「「「うぇーん!!」」」


 イツモワールの冗談に全力で乗っかっていくキキ達。

 ウソ泣きとはいえリーゼに与えるプレッシャーは大きかったらしく、


「……。これらの料理を、美味しく食せばいいのですね?」

「そうです!」

「そうよ!」

「そうだお!」

「ぴゅ~ん!」

「うふふ、うちの好物も教えてあげたくなってきたわねー♪」


 人気者の食事シーンに期待して止まないキキ達だった。

 その好奇な視線に入り込まないように気を付けつつ、俺は席を立った。


「おいッ。一人でどこに行く気じゃ、」

「散歩だよ。一緒にデートするか?」

「…………………………………………」


 長老が俺の単独行動を警戒したが、俺のキモい誘いに意表を突かれたのか石化してしまった。


 俺は棒立ちの長老の横を難なく通り過ぎると、偶然見つけたハーピー族の少女に声をかけた。


「なあ、ちょっといいか?」

「!…………はい……」


 この世の終わりみたいな表情だった。


「す、すまん。この七色に輝いてる場所、俺は飛べないから迷子になってしまったんだよ。どっちに行けば階段があるか知りたいだけだ」

「……あっちです」

「サンキュ。あっちだな」


 急ぎ足で少女の前から去っていく俺。

 だが背中には少女の視線を感じていたので、少女が騒ぎ立てないことを祈りつつ階段を目指した。

 そうして俺は、階段に到着して下層を眺めた。


「…………。本当、アホな真似しやがって」


 俺のこの目で見た。

 階下にあるはずの世界魔王遺産、植物の宝庫といっていい空中庭園の……跡地を。


「リーゼが言ってた通りほぼ更地じゃないか。仕事早すぎだろ……」


 イツモワールが更地にするよう指示したとすれば今朝だ。となると作業時間は二、三時間もなかったはず。彼女はアホ鳥だが、彼女が束ねるハーピー族は仕事ができて優秀と言っていい。


「なるほどな。ミヨーネもそのことに気づいてたから傘下に入れたかったのかもしれない」


 俺だってミヨーネと同じ立場だ。優秀な魔族には傘下に入って欲しいと思う。

 あとでイツモワールを説得してみよう(決心)。


「しかし……魔王の遺産を綺麗に消し去っておいて、お咎めなしなわけないよなぁ。バレた時が思いやられる……」


 イツモワールはどのように言い訳するつもりなのだろうか。俺は一切関わりたくない。少なくとも世界魔王遺産だけは、彼女の力にはなれないと確信があるのだから。


 




『君が持ってるドラゴン族の宝具。魔族の腕輪は、本物なのー?』




「…………間違いなく偽物だろ。だから俺が代わりに言い訳したところで無意味だ」


 イツモワールからの質問を思い出し、俺は自嘲気味に笑った。

 そう。俺は恥ずべきほどに致命的な誤解をしていたのだ。


 著者は俺の言葉を信じ込ませる力が腕輪にはあると言った。

 しかしリーゼで試したがそんな力なんてなかった。

 だから俺は『ただ著者に便利なだけのアイテム』だと結論づけた。

 実は俺に何のメリットもない腕輪なのだと。


 だが真実は違っていたのだ。


「そもそも俺が持っているのは偽物で、だったんだ……」


 つまり著者が転移前に言っていたことは本当だったのだ。

 魔族の腕輪は俺の言葉を信じ込ませられる。

 しかし転移後は偽物にすり替わっていたので、そもそも俺の言葉を信じ込ませられるはずがない。


「…………え。な、何だ……?」


 その時、俺は妙な感覚を覚えた。記憶力だけが取り柄の俺なのに、何か忘れてはいけないものを長いこと忘れてしまっているような―――。


「へー! こりゃびっくらこいじゃん。魔王の遺産を廃園にしちゃったなんて」

「……、お前」


 振り向くとアリスが立っていた。

 両手には大きな綿飴を持っている。


「何しに来たんだ? 飯はもういいのか?」

「戻ったらまた食べるお。そういうツっきんこそ、ここで何してんの?」

「それは―――」


 世界魔王遺産を確認したかった、と言いかけたところで。俺は動揺した。

 というのは、アリスの顔が見る見る内に青ざめたからだ。


「! まさかお前、食ったものをリバースする気か!? 前の世界みたいに吐きそうなのか!?」

「……いんや。原因はたった今、とんでもない事実が読めてしまったからだお」

「読めてしまった……? 俺の思考を読んで青ざめたとでも言うのか?」

「そゆことだよ。はぁぁぁぁ……」


 アリスはらしくない重い溜息を漏らすと、はっきりと俺の右手首を睨みつけた。


「それさ。偽物だったんでしょ?」

「ん? ああ、色々あってな。この魔族の腕輪は偽物で間違いないと思ってる」

「んじゃツっきんにクイズー。

「は? そんなの魔族の腕輪に決まって―――……ん???」


 反射的に答えたが、いざ記憶を掘り起こしてみると答えはどこにもなかった。

 なかった(大事)。


「お、おかしいぞ? 前の世界でこの腕輪を着けてたはずなんだが、なぜか着けてなかった気も……するんだよな」

「やっぱり! ほらやっぱり!! 元々の名前、忘れてんじゃーん!!」

「???」

「あーもう! しゃらくせーい!!」


 アリスが魔族の腕輪を強引に掴んでくると。




「―――はい、偽物確定ぇ! 腕輪に触っても天使サイズに戻らないあたしがその証拠! そんで名付け親のツっきん!!」




「…………。アリス、バンド……???」


 聞き覚えがあるようなないような。ただ、どことなく懐かしみが感じられることから、アリスがデタラメを言い出したわけではなさそうだ。


「…………。俺、何かやっちゃったのか?」

「やってはないよ! やってはないしツっきんの責任じゃない! あたし個人のご飯がマズくなる程度だから気にしなさんな! がつがつ!」


 アリスが大きな綿飴を口に詰め込んでいく。

 どう見てもストレスが溜まった時のやけ食いだ。


「おい、そんな一気にがっついたら―――」

「ぐ、ぐるじ……」

「だろうよ!」

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