第275話/最悪のペット

第275話


 一階の玄関だろうか?

 おっとりとした誰かの声は階下から聞こえてきた。


「それじゃ、そっちの食材は預かるわね」

「うん!」

「あとはご飯時まで好きにしててね」

「おっけー!」


 ダダダ! と階段を駆け上がってくる音がした時、俺の頭は真っ白になっていた。


(ヤバい! み、見つかる!?)


 踊り場には隠れる場所がない。音はどんどん大きくなって近づいてくる。

 ゆりの部屋がある階も……呆気なく通過した。


(あ。これ確定だ。もうバレる)


祈るだけ無駄だと悟った瞬間だった。そして同時、上に行くか下に行くかも関係なくバレるのだと分かって、必死こいて階段を上った自分をアホらしく思った。


 あとは声をかけられて終わりだ―――完全に諦めた俺の前を、その少女はダダダ! と通り過ぎていく。




「あははー! ゲームの続きしよー!」




「って、おおおい!?」


 なぜか俺から声をかけていた。俺の存在を無視というか気づかないという展開は読めていなかっただけに、反射的にツッコミを入れてしまった!


「……あんれ? もしかしてヒツマブシ? どしてこの世界にいんの?」

「え。お前……」


 というか、俺が呼び止めた少女の正体は、アリスだった。

 人間サイズでセーラー服のアリスは、俺の姿を見下ろして目をパチパチさせていたが、


「ま、いっか! 早くゲームの続きしなきゃだし!」

「こんの駄女神! どうしてそうなるんだ!?」


 相変わらずのアリスで安心した。

 そして現れたのが魔法少女じゃなくて安心した。


「え、待って。何かフツーに喋ってるんだけど。どゆこと? ぴゅ~んは?」

「違う。俺はヒツマブシじゃない。前の世界のツキシドだ」

「嘘、中身がツっきんってこと? 確かに言葉遣いはツっきんだけど。何でその姿なの?」

「今回は魔法少女のマスコット役みたいでな。とにかく説明は後だ。俺とお前、二人きりになれる場所はあるか?」

「あたしと二人きり!? で、でもツっきん、その姿じゃあたしと、」


 アリスが股間あたりを抑えながらむずむずし始める。

 俺は最大限の持てるパワーで脛を殴ってやった。


「あいだっ!? じょ、冗談だお……」

「だよな。当たり前だよな」


 アリスは俺の思考を読むことができる。

 俺が大真面目に話してるのを分かっていながらふざけているのだ(絶許)。


「ま、まあまあ落ち着いてよツっきん。三階は物置だし、みんな滅多に来ないからさ。……よいしょっと」

「物置? お前、物置を借りてるのか」

「そうだお。エアコンないからちょっと暑いんだよねぇ」


 アリスは俺の首輪……アリスバンドに触れると天使サイズに戻ってしまうため、俺のお腹あたりを持って三階に上がった。


「あ、暑いな……」

「うん。それ以外は快適なんだけどねぇ」


 三階は小綺麗な物置が一室のみだ。とはいえ物置とは名ばかりで、古い扇風機と敷布団、あとはゲーム機と数冊の漫画本くらいしか置かれていなかった。ゆりの部屋と広さは変わらないが、二倍は広く感じる。


「良かったー、風吹いてきたみたいじゃん」


 アリスが窓を開けると生暖かな風が部屋に流れ込んできたが、


「……エアコン。欲しいな」

「ツっきんは今毛むくじゃらだからしょうがないっしょ。涼しくなりたいなら全身脱毛すればいいんじゃない?」


 ……できるわけがない。俺のわがままでヒツマブシを虐待するように見えなくもないからだ。何より俺個人も全身の毛を剃るのは気が引ける(物怖)。


「よっこらせっと。じゃあ扇風機試してみたら?」

「ああ」


 アリスに言われてポチっと押してみる。

 扇風機は今の俺でも操作が簡単だ。ゆっくりと三枚羽が回り始める。


「……うーん、やっぱり風が温いし涼しく感じないな。アリス、できればクーラーがある隠れ場所を、」


 振り返ると、アリスは敷布団の上でゲーム機に触っていた。

 食い入るように画面を凝視している。


「……」


 のそのそ。


「あ、ちょっとツっきん! 画面遮ってるから! んもう!」

「……」


 のそのそ。


「だからツっきん! あたしの顔の前に立たないでよ!」

「……」


 のそのそ。


「わざと!? さっきからわざと邪魔してんの!? あたしに構って欲しいから!?」

「……」


 のそのそ。


「むきいー! このペットウザすぎる――!」


 アリスが髪を激しく掻きむしっていた。ゲームに集中できないように俺がペット的『構ってアピール』をするものだから、イライラがハンパないらしい(痛快)。


「俺を差し置いてゲームを遊ぶな。ゲームより俺を愛でろ」

「…………。しかも人語で気持ち喋ってくるなんて、これもう最悪のペットじゃん……」

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