第186話/脱帽レベルの大役

第186話


 植物園のような王の間では、以前来た時にはいなかった作業着姿の人物達が忙しなく業務をこなしていた。


「おおツキシド殿! 昨日の今日で申し訳ない! 強風の件はどうなりましたかな?」

「あっちは少し時間がかかりそうだ。でも安心してくれ。近い内に解決する」

「おお! 頼もしいお言葉でありますなっ! 期待しておりますぞっ!」


 本日も頭頂部を神々しく輝かせながら、風の国の王様は満足そうに笑っていたが、


「……。おや……?」


 何かに気づく王様。

 その好奇な視線は俺の足下に注がれている。


「う、うぅぅぅ……」


 俺の背後に隠れている臆病者のナクコと、


「ぴゅ~ん」


 俺の正面で積極的に土を掘っているヒツマブシだ。


「こ、これはどういうことですかな? わたしには魔族と魔物に見えるのですが……?」

「あー。こいつら植物に興味があるみたいでな。連れてきた」

「植物に興味!? 連れてきた!? えっ、ですがわたしが知りたいのは―――」

「まあまあ。ちゃんと労働してれば問題ないだろ?」

「た、確かに。人間じゃなければいけない決まりもありませんでしたな……。ですが、ううむ……?」


 なぜ勇者が魔族や魔物を連れているのか?―――と質問したげな王様。

 無論俺は質問されたくないので、


「よし! ナクコ、ヒツマブシ! 頑張って食い扶持を稼ぐぞ! 今晩野宿したくなければお仕事開始だ!」

「ぴゅぴゅ~ん!」

「野宿はしたくないですけど、やっぱり人の群れは苦手ですぅぅ……」


 泣き言はしっかり言うものの、俺の合図でナクコも進み出てきた。

 俺は少し安心した。自分よりもひ弱なヒツマブシを残して逃亡するほど今のナクコは臆病者ではなかったのだ。


「お、王様。わたし達はお花を摘めばいいんですよね……?」

「あ、あぁ……。強風に怯える民を勇気づけるために、この王の間で育てている花を贈りたいのだ」

「昔から国難があると一軒一軒に届けるんですよね? 素晴らしいアイデアだと思いました」

「だろう? 国難など滅多に起きないが、勇者の日記によってクエスト化されたことを誇らしく思っている」

「あ! 可愛らしいお花ですね! 摘んでいいですよね!」

「そ、その花は止めてくれ! とても貴重な花なのだ!」

「にゃっ!? こ、怖い人ですうううぅぅ!」


 ナクコが積極性を見せたのはほんの一瞬だった。

 王様の植物に対する愛が災いした結果だった。


「……やれやれ。ナクコ、お前は俺と作業しよう。王様、できれば他の人達とほとんど関わらない作業をもらえないか?」

「も、もちろんですとも。彼女を怯えさせてしまい申し訳ない……」


 王様にとっても都合がいいのだろう。顔に『ありがたい!』と書いてある。

 今のことで花を摘む作業はさせられないと判断したに違いない。


 だが都合がいいのは俺にとってもだった。


(作戦通りだ。ナクコに俺が勇者だとバレずに済みそうだ)


 心の中でガッツポーズする俺。他の作業員と距離を置くことができれば『勇者』という危険ワードはナクコの耳に届かない。


「ぴゅぴゅぴゅぴゅ~ん!」

「ははは! 何よこの子、愉しそうに土掘ってばかりね!」

「いいじゃんいいじゃん! 頑張りがすげー伝わってくるし! 土掘る意味は全くないけどな!」


 ……ちなみに、すでに作業員の輪に入っていたヒツマブシは、ある意味仕事場の華という大役をこなしていた(脱帽)。

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