第35話/自称、不動の看板少女

第35話


「……は?」

「き、消えた?」


 俺とトピアは同時に呟く。最前までアリスがいた場所には、彼女が着用していたトピアの服と、いかがわしいボイスを吐き散らしているゲーム機だけが残されている。


 と思ったが違った。突如服がもぞもぞと動き出すと、


「……ぶはっ!?」


 使のアリスが服の袖口から顔を出したのだ。


「ど、どゆことこれ!? 勝手にちっちゃくなっちゃったんだけど!?」

「これは大変ですね。今のあなたに合う服がありません」

「し、真剣に考えてよぅ!」


 アリスが泣き叫ぶようだった。

 一方のトピアはざまあみろと言いたげに無表情。


「とりあえずそこから出ないでください。憑々谷君に裸を見られてしまいますよ」

「……ちゃっかりしてるな」

「それを言うならしっかりしている、です。当たり前じゃないですか。付き合ってもいないのに異性の裸を僥倖とばかりに見るなんて最低の行為です。不可抗力でも許しがたいです」

「ラノベ主人公全否定する勢いあるぞ、その意見」


 対立意見として、主人公に裸を見られて初めてヒロインになれるみたいな意見も多い。だから主人公はヒロインの裸を見るのは当然の行為である、と。

 ちなみに俺は中立派だ。両極端なのでこればかりはどちらが正しいか決めかねる。


「というかお前、どっちが元の体のサイズなんだ?」

「……こっちー」


 アリスはふて腐れたように言った。


「あたしはパパと闘って力使い果たしてたし、たぶん著者が労いの意味でおっきくしてくれたんだよ。あーあ、夢から現実に戻されちゃった気分じゃん。もーサイアク」

「その腕輪に触ったから縮んだのか?」

「知らないよ、でもそうなんじゃないの。プンプン」


 俺はテンションだだ下がりのアリスからトピアに目を移す。


「お前はどう思う?」

「ちょっと待ってください。今考えてますから」


 トピアは再び手にした腕輪を凝視していたが、


「憑々谷君、これを返します」

「返す? 俺のなのか?」


 差し出してきた腕輪を、俺は訳も分からず受け取って間もなく、




「……え? アリスバンド?」




 俺は目を丸くした。

 どうしてトピアの所有物と勘違いしてたのだろう。これは俺の物なのに。


「思い出したようですね。読み通りです」

「ど、どうなってるんだ? 頭が変になりそうだ……」

「憑々谷君、今後はその腕輪を手離さないでください。手離すと再度手にするまでアリスバンドのことを忘れてしまいますよ」


 忘れてしまう? アリスバンドを? 


「……、そういうことなのか?」

「はい。奇姫に貸していた時の体験も踏まえれば、そうとしか考えられません」

「マジか……。でも何の意味があって……?」


 俺には理解できない。手離させば俺はアリスバンドを忘れてしまい、アリスが手にするとアリスの体が天使サイズになってしまうなんて。


 当然ながらこれも著者の仕業に違いないのだろうが、こればかりは著者本人に訊いてみないと意図を知ることは無理そうだ。


「んー、とりあえずあたしに管理させたくないんじゃない?」

「どうしてだ?」

「だって、あたしが持ってたらこの世界から脱出できるじゃん。君が知らない内に」

「俺が知ってるとマズいのか?」

「そりゃあ、ねぇ♪」


 いやいや。ニヤケ面されても分からないぞ。


「著者の立場になってみたらどうでしょうか」

「と言われてもな。アイツの頭の中は変なことばっかりだろう」

「著者に会っていないわたしですが。おそらく著者は君とアリスをセットで考えているのではないでしょうか」

「あたしもそう思うお」

「セット? セットにして著者に何の得があるんだ?」


 二人は何か掴んでいるようだが、俺にはさっぱりだった。


「ほんじゃま、例え話だけど。あたしとツっきんが絶交したとする」

「えらいぶっ飛んだな」

「あたしは『ツっきん死ね! もう知らない、他の男と添い遂げるお!』って考えちゃう」


 お、おう……。


「ポイントはここ! もしあたしがアリスバンドを管理してたら、本気でツっきんと絶交できちゃうよね。あたしはツっきんと二度と会う必要もなく、自由にこの世界と自分の世界を行ったり来たりできる。アリスバンドは他の男に持たせておけばいい」

「持たせるのは男前提かよ」

「けどそんなことになったら著者は困るでしょ? だってあたしは神様で超美少女じゃん。あたしという不動の看板少女がいなくなったら、商売にならないでしょ?」


 自分で『不動の看板少女』なんて言うヤツ初めて見た。


「まあ、アリスとの出会いから憑々谷君の物語は始まってますしね。アリスがいなくなると困るのは確かではないでしょうか」

「…………あー、何となく分かった」


 つまり俺とアリスの繋がりを絶対的なものとするために、著者はアリスバンドにその対策となる設定を仕込んでおいたのか。


「でもな? アリスの例え話の通りになったら俺も絶交する気満々なわけだろ? アリスバンド手離して本望だと思うんだが」

「は? 本望? 打ち切りエンド確定なのに本望なの? 著者に殺されるよ? いいの?」

「! ぜ、前言撤回だ! 俺はアリスを一生愛していく!」

「でしょでしょ!? あたしはそのつもりないけどねー!」


 ………………………………………………………………。


「憑々谷君?」

「いや何でもない。無心になって本音を隠してただけだ」

「あ! さてはツっきん、あたしでエッチなこと考えてたんでしょ! やーん♪」

「……次いくぞ次。とにかくアリスバンドは俺が持っていればいいんだろ」


 そう言って話題を変える俺。


「アリスの今後についてなんだが……お前自身はどうする気でいたんだ?」

「んー? あー、考えてなかった」

「トピアの世話になり続けるのは問題だろ? そう思わないか?」

「わたしは特に構いませんが」


 トピアが声を上げる。しかし俺はそれで納得するつもりがなかった。


「いや、これはアリスに聞いてるんだ。俺達人間とは異にする存在なら尚更、このまま居候の生活でいいはずがないだろ? 実はやるべきことがあったりすんじゃないのか?」

「それがないんだよー」

「本当か? お前はこの世界で何もやるべきことが―――」

「ツっきんしつこーい。ないったらないんだよ。だいたい、なんかあったとしてもまずは神様の力を取り戻さなくちゃだし!」


 そこで俺は違和感を覚えた。




「……取り戻す? お前、昨日はって言ってなかったか?」




「あれ? そうだっけ? まぁどっちでもいいじゃん?」

「いや全然よくないだろ! つまり今のお前は、神様の力を完全に失っていて、回復どころの話ではなくなってるんじゃないのか!?」

「………………アタクシ、ニホンゴ、ヨクワカラナイネー」


 俺は手を額に押し当てた。………………ダメだこりゃ。


「憑々谷君が呆れてしまうのも無理ありませんね。アリス、あなたの言い間違いは致命的ですよ。力を取り戻すとなってしまうと、現時点であなたは神様ではないのです。元神様です」

「元神様ッ!?」

「なおかつ無職で引きこもりで残念サイズ。これでは目も当てられませんね」

「! ガビーン!」


 白目を剥くアリス。驚き方が古すぎた。


「じゃあ一応聞くが……。力を取り戻す方法はあるのか?」

「…………」

「おい」

「ありましぇーん!!」


 だろうな。仮にあったとしたらやるべきことがないと言うはずがない。

 俺は重く溜息した。


「はぁ、弱ったな。力を取り戻してくれないと俺も元いた世界に帰れない……」

「帰りたいんですか?」

「今は微妙なところだな。ただいずれ、死ぬほど帰りたくなる気がするんだ」

「……それは、かもしれませんね」


 複雑そうな表情で同意してくれたトピア。

 しばしの沈黙があって、俺は彼女に言った。


「じゃあ申し訳ないが。もうしばらくアリスの世話をしてやってくれないか?」

「分かりました。君は武闘大会に集中してください」

「ああ。その前に大和先生だけどな」

「先生はわたしが何とかしますから」

「……、策があるのか?」


 そう言えば訊いてなかったなと思い、俺は訊ねてみる。

 するとトピアは首を縦に振った。


「アイデアですが、あります。秘密にしておきますね」

「そうか」


 トピアにも事情があることを察し、俺は深く追及しなかった。


「さて、そろそろ帰るぞ。飯を食ったら眠くなってきた」

「送りますよ」

「いや、一人でも大丈夫だろ」


 俺はトピアの親切を断り、部屋の窓から女子寮の中庭に出た。


「気を付けてくださいね」

「おう。明日も宜しくな。アリスを頼む」

「もちろんです。お休みなさい」


 そうしてトピアと別れ、だいぶ暗がりとなった中庭を歩く。

 部屋のカーテンはどこも閉まっていた。

 よし、誰にも見られずに済みそうだ、と俺は目線を正面に戻した。

 ―――その直後だった!




「「「きゃああああああああああ!?」」」




「んなっ……!?」


 なぜか。激しくなぜか。

 中庭の中央付近、すでに使われていない花壇のところに。


 なぜか―――水着姿の少女達が大集合していた。


 あまりに異質な光景すぎて、逆に俺はすぐ理解できた。

 これはいわゆる水着回。読者向けのファンサービス。

 そして変人著者の仕業に違いあるまい、と。

 



「「「お、男よおおおおおおおおおぉぉ――――!!」」」




 そんなわけで俺は『死ぬ気で水着少女達から逃げきれ!』という超難関ゲリラミッションに強制参加させられたのだった。

 もちろんミッションを達成した直後の感想は『死ね著者!』の一言に尽きた。


 あぁそれと冥途の土産にこれだけは教えといてやる……―――今時の女子高生は男耐性ありまくりだからな!?

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