第163話/なのですね

第163話


 破壊された壁周辺の炎が鎮火した頃には、地ノ国の王都から救助隊が駆けつけており、生き埋めになった騎士団の掘り出しに全精力を注いでいた。


 その一方でグール族はいなくなっていた。グリーヴァが錬成した壁が土くれとなり、この戦場から逃亡することができたのだ。


 そして俺達といえば―――。


「リーゼさぁーん! 助けてくれてありがとうございますぅ――!」


 ナクコが喜びのあまり走り出してしまったので彼女を追って丘から飛び降りた。普通に飛び降りたら大怪我をするので、飛行能力を持つアリスに手伝ってもらった。


 地上は落ち着かないのか三頭のドラゴン族がオロオロしている最中、リーゼロッテはグリーヴァの死体―――元の体格に戻った彼を見下ろしていた。


「お久しぶりです、ナクコ様」

「はいお久しぶりです! っと、ごめんなさい。まだご気分が優れなかったでしょうか?」

「いえ。彼を殺めたことでスッキリしました」

「ふふっ! リーゼさんがあんなに怒ってたの、わたし初めて見ましたよ!」

「そうでしたか。わたくしとしたことがつい醜態を晒してしまいましたね」


 臆病者のナクコが気さくにリーゼロッテと会話をしている。ということは彼女達は親交が深いのだろうか。少し意外だが相性良さげな気もする。


 しかしながら俺は厄介事が増えそうなので、彼女達に近寄りたくないのが本音だった。必死に土を掘り返している救助隊を気にする素振りをしつつ、俺は改めてフードを目深にかぶり、慎重に近寄っていくと。


「「「ツキシド……!」」」

「っ!?」


 三頭のドラゴン族が一斉に俺の名を呼んだのでビクッとしてしまった。

 本物のドラゴン。その佇まいからして迫力がある。頭から丸のみされてもおかしくない体格差だ……(畏怖)。


(あ。リーゼロッテが言ってた『離反したドラゴン族』ってのはこいつらのことか……?)


 離反……ということは俺を裏切ったも同然。

 だからなのか、俺がここに来た途端、さらにオロオロしてて落ち着かなさそうだ。

 三頭とも、目が右往左往している。


「ツキシド様」

「お、おう……」


 やばい。俺も色んな意味で緊張してきた。まさかリーゼロッテがあんなにあっさりとグリーヴァに勝ってしまうとは思いもしなかったし、そもそもこの再会自体が俺にとっては緊急事態だ。


「申し訳ございません」

「え?」

「わたくしとしたことが、ツキシド様の手柄を横取りしてしまいました」

「あ、ああ……」


 俺は足下のグリーヴァに視線を落とす。……白目を剥いて事切れている彼は、本来、魔王最有力候補()の俺が殺すべきだったのだ。


「べ、別に気にしなくていい。……それより、どうしてお前達はここに?」

「ご覧の通り、離反したドラゴン族のが終わりましたので、本拠地に帰還するつもりだったのですが……突如、地ノ国に巨大な壁が現れましたので、もしやと思い立ち寄ってみたのです」


 そ、そうか。つまり結果としてグリーヴァの腐敗錬成が俺の居場所を彼女に教えてくれたのか……(裏目)。


「しかし……ツキシド様の方こそ、ここで何をなさっているのです?」


 リーゼロッテが指をポキポキ鳴らし始めた! 

 さ、殺気! デジャヴ!


「ナクコ様とそちらの見かけない方々を引き連れてグリーヴァ様の討伐、という風には考えにくいのですが?」

「え、えーっと!? こ、これにはふかーいワケがあってだなぁ、」

「ワケとは?」


 Mカップを揺らして一歩踏み込んでくるリーゼロッテ! 

 こ、恐い! 恐いよリーゼロッテたん!


「そ、そうだ! まずは新しい仲間の紹介といこうじゃないか!」

「ちょ、ちょっとあんた!?」


 俺は逃げるようにキキの背後に回ると、彼女をリーゼロッテの前に押しやった。


「仲間? 紹介?」

「ああ! こいつは火ノ国の王女、キキだ!」

「…………。ど、どうも」


 キキも恐れをなしたのか萎縮気味な挨拶だった。

 リーゼロッテとは目を合わせようともしない。

 そんなキキに対し、リーゼロッテは普段通りの真顔で、


「はい? なぜ人間族の王女が仲間なのです?」

「火の玉ストレートぉぉぉぉ!!」


 俺は立ちどころに発狂した! いくら何でも質問が直球すぎる! 

 まともな回答できる気がしない!


「リーゼさんリーゼさん! 実はツキシドさんはですね、魔族とか人間族とか関係なしに仲間を集めているんです! 全ては魔王を倒すため、利用できるものは徹底して利用していこうっていうスタンスなんですよ!」

「……、そうなのですか?」

「お、おう……!」


 確かに俺はそんなことをナクコ達に言った。だがこんな風にフォローしてくれるほど俺の考えが受け入れられていたとは驚きだ。

 ……魔族の腕輪のおかげにしておこう。


「ですが……彼女はお強いのですか? とてもそうには―――」

「し、失礼ね! あたしの爆炎剣で消し炭にされたいのかしらっ!?」


 とは言うもののキキの手は剣の柄に触れなかった。やはりリーゼロッテにビビっているのだろう。きっと胸サイズ的な意味でもだ。


 キキから殺意を感じられなかったからか、リーゼロッテは「……はあ」と興味なさげに彼女の挑発をスルーした。


「では、そちらの方は?」

「あたし? あたしはアリス、萌ノ国の王女様だよ~ん!」

「!! そうですか。


 天真爛漫な調子で挨拶をしたアリスに、リーゼロッテは一瞬くわっと両目を見開いた。


(うん……うん! そういや俺、ふざけ半分でアリスと恋仲であった話をリーゼロッテにしたよなぁ!)


『俺はアリスと恋に堕ち、自分の役割すら投げ出すほど彼女を酷く愛した』だとか、『アリスが、俺を毎晩眠らせてくれないほど魅力的だった』だとか!

 今となっては全然笑えない!


「…………。


 うわー、完全にアリスをロックオンしただろこれ! 

 俺ってば取り返しの付かないことしたかもしれない!


 だってそうだろう、アリスが俺をたらし込んだせいでリーゼロッテは一ヶ月も放ったらかしにされていたのだ。彼女がアリスに対して何とも思っていないはずがない。

 しかもフラれたと聞かされていたのに、俺とアリスはこうして一緒にいるわけで。だとしたら復縁したと判断するはず……。


「ツっきんを捨てた……? あっは~ん!」


 アリスが納得したような笑みを俺に向けてきた。

 ……相変わらず言葉遣いがおかしい。そこは『はは~ん』だろう。


「んー、あたしからは何て答えてあげるのがベストなのかな~? まぁそうだねぇ、ツっきんとあたしの関係は……運命のパートナーってところかも! あははー!」


 わ、わざとだ! 絶対わざと俺が気苦労しそうな方向に話を持って行こうとしてやがる! 無責任な発言をした俺への逆襲のつもりか!


「運命のパートナー……ですか?」

「うんうん! 別れてみて初めて分かったツっきんへの想い! この想いに嘘なんか吐けなかったんだよー!」

「なるほど。ツキシド様と復縁したのですね?」

「そそ! だからリゼたんには申し訳ないけど、あたし達の恋路を邪魔しないようお願いしたいんだよー!」

「…………はあ。リゼたん……」


 リーゼロッテが棒立ちになっている。アリスの口早さに手も足も出ない様子だった。

 とはいえ彼女……リーゼロッテが俺とアリスにイライラしているのは間違いないだろう。さてどうしたものか、と俺は悩み出したところで。


「! あ、そうだ」

「ツキシド様? グリーヴァ様がどうかなされましたか?」


 話題を変えつつ彼女のご機嫌を取る方法を思いつき、咄嗟に俺はグリーヴァを指差していた。


「お前がこいつを倒したんだ。その褒美として魔族の指輪、貰っていいぞ」

「……ご冗談を」

「いや本気だぞ俺は。お前にはもっと強くなって欲しいしな」

「……、本当によろしいのですか?」

「おう。遠慮しなくていいぞ」


 というか魔王有力候補を一撃で仕留めた彼女にこそ魔族の指輪は相応しい。

 無力な俺が装備していても宝の持ち腐れだ。


「ありがとうございます、ツキシド様。ではわたくしが頂戴させていただきます――」


 リーゼロッテがその場に屈み込み、グリーヴァから指輪を奪い取った。


「やはり宝具は魔力の湧き方が異質ですね。まだ嵌めただけですが、魔力の熱を感じます」


 表情に変化は見られないが、それでも言葉の端々から悦に浸っている彼女を窺うことができた(安堵)。

 俺がホッとしていると、なぜかキキが露骨に俺を睨んできた。


「……、何だよ?」

「あんたねぇ、用が済んだならやることあんでしょ!」

「やること……?」

「そうよ、さっさとあたし達に指示しなさいよ! 騎士団の人達を助けるんでしょう!?」


 言われて俺はハッとした。

 そうだ、勇者的には生き埋めにされた彼らを無視するわけにはいかない!


「ほらっ、あそこ! ヒツマブシはとっくに土を掘り返してるわよ! あたし達も見習うべきなんじゃないの……!?」

「あれ!? そういえば!」


 俺としたことがヒツマブシが傍にいないことに今更気づいた。

 だがまぁリーゼロッテとの再会で頭が一杯だったのだ、しょうがない。


「よ、よし。じゃあ俺達も協力して彼らを助け出すぞ。……リーゼロッテも、いいよな?」

「はい。ツキシド様のご指示とあれば、構いませんが」

「え? そ、そうか」


 意外な返事だった。てっきり断られると思ったのだが。もしや彼女もナクコと同じで人間族に敵意がないのだろうか。

 それとも魔族の指輪を自分のものにできてよっぽど嬉しかったのか。


 いずれにせよ彼女が従順なのは好都合だ。今から説得なんてしていたら『何だこのグダグダ感』って読者に呆れられかねない。とにかく善は急げ、なのだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る