第143話/ジョーカー
第143話
ジョーカーだけに危険な賭けではあった。
繰り返すが俺の希望は『俺が勇者であり魔王最有力候補でもあることがバレずに済む』こと。勇者ルートと魔王ルートどちらにするかまだ決められないので、まだ仲間達にはバレたくないのだ。
だが。よって。本質は微妙に異なってくる。
つまるところ、どちらのルートにするか決められる体制のままであって欲しい。―――これが俺の希望の、本質だ。
人間族と魔族をごちゃ混ぜにしたパーティでも、仲間達が俺のルート決定まで仲間でいてくれたなら問題ナシと言っていい。
……もっとも、ごちゃ混ぜパーティなんて仲間達が賛成できないわけで。とりわけ正義感()の強いキキは魔王ルートなんて断固反対の立場だろう。
「……記憶喪失? 記憶障害? あんた、それはこの世界での設定、」
キキがハッとした様子でナクコをチラ見する。
程なくして彼女は困惑気味に俺の耳元まで口を寄せ、
「(……ねぇ、ナクコには教えてないのよね? この世界が小説の中で……あんたはラノベの主人公だって)」
「(そうだな。教えたら楽になれるんだろうが、どうも著者に負けた気がしそうだしな。自分からは極力教えないつもりだ)」
「(あたしも黙っていればいいのよね?)」
「(そうなるな。……二度と『この世界での設定』とか口にするなよ?)」
「(だ、だってあんたが記憶喪失とか言い出すからっ。一応確認したくなるじゃないっ)」
「(設定に決まってるだろ。分かるだろそれくらい……)」
溜息する俺。
しかしてキキとの囁き合いを止め、全員に向き直ると、
「まぁ白状するとだな。俺はここ一か月くらい行方不明になっていたらしい。……リーゼロッテと名乗るサキュバスから、そのことを聞いたんだ」
「ええええええ!? じゃ、じゃあ今のツキシドさんは――ッ!?」
「待て落ち着けナクコ。記憶が定かじゃないのは認めるが、俺自身が誰かも分からないほどではないんだ」
これはほぼ事実だ。俺はこの世界でのツキシドを知らない。
まるで記憶喪失になったみたいに知らないのだ。
「んー? 結局ツっきんはリーゼロッテというサキュバスを知ってたってこと?」
「ああ。記憶が定かじゃないもんで、知らないようで知ってる、という曖昧な感覚だが」
「ふーん、そうきたかぁー♪」
アリス、頼むからニヤリとしないでくれ。
これでもかなり無茶な橋を渡ってる心地なんだよ……。
「んじゃあ何? あんたは記憶喪失で相手を覚えてなかったから、あたし達に知らないフリをしようとしたの?」
「ああ」
その通りだ。あくまで記憶喪失は事実上の設定だが。
「えっと、じゃあリーゼロッテさんのことは覚えていないですけど、ツキシドさんご自身のことは覚えているんですよね?」
「ああ」
その通りだ。あながち間違いではない。
さあ、読者諸君。
少しややこしかっただろうが判れば単純だ。
それこそマジックの種明かし並に拍子抜けするぞ。
「ったく、毎回あんたにはガッカリだわ! どんだけ相談したがらないタイプなのよ?」
―――キキは俺がラノベ主人公だと把握しているので、今後は記憶喪失ありきで物事を考えるようになる。
つまり記憶喪失という
「ど、どうすれば記憶が戻るんでしょうかね……?」
「お、そうだ、手っ取り早くお前が俺に色々教えてくれよ」
「む、無理ですよ無理ですっ! わたしが誤った情報をツキシドさんにご提供しちゃうかもしれないじゃないですかああああああ!」
「うーん、確かになぁ……」
―――片や、ナクコは慎重になる。
記憶喪失()の俺を腫れ物に触るかのような扱いで接してくるようになる。
つまり俺から無理強いしない限りは安全無害。
彼女が俺とって不都合な発言をする可能性は一気に減ったはず。
うむ、素晴らしいね記憶喪失は。
著者的にもかなり便利だもんな。
主人公をそういう設定にしておけば捗るもんな。
まぁ今回は俺から利用させてもらったが、この小説の変人著者もいざとなったらこのジョーカーを切っていたと思われる。
そうじゃなければこんな風に俺の思惑通りにならなかったんだ(順調)。
「よしっ! お前ら地ノ国まで歩くぞ!? デカパイなんぞ俺は知らない! 今どこにいるかも知らない! 俺達は黙って歩くしかないんだッ!!」
「た、逞しいですっ! 記憶喪失なのに元気ハツラツですっ! そんなツキシドさんにシビれますあこがれちゃいますうううううう!」
「あははー、キキがこうでナクコりんがこうでって、もうワケワカメのどんとこいじゃーん!」
……だな。まぁ俺達はテキトーでいいだろテキトーで。
矛盾とか不都合が発生しそうになったら、我らが著者サマが何とかしてくれるんだから。
ともかくだ。俺の希望がしている……勇者ルートと魔王ルート、そのどちらのルートにするか決められる体制は、死守できたっぽいな……!
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