第6章/地ノ国

第142話/リーゼロッテ=〇〇〇〇

第142話


 萌ノ国からの出国、キキからの首輪返却。

 夜の荒野を歩きながら、その二つの事実を目覚めたばかりのナクコにかいつまんで説明した。

 そして最後に「もう泣くんじゃないぞ?」と念を押しておく。


「はい……泣くわけにはいきません。まだツヨシ君がツキシドさんを認めていないようですし……」

「ん?」

「この首輪を装着していると、ツヨシ君と意思疎通ができるんです。お伝えしてなかったですよね」


 ほほう。意思疎通とは便利じゃないか。


「ならお前が伝達係になって俺とツヨシで会話するのも?」

「できますよ。……し、してみますか?」


 恐る恐る尋ねてくるナクコ。だが俺は「いやいい」と首を軽く振った。


 ……ナクコはとても素直な子だ。彼女が俺とツヨシの間に立ったら、オブラートに包まず伝達してしまうだろう。そうしたら俺達は口喧嘩となり、結果、彼女を泣かせてしまいかねない。


「ツヨシの説得はお前に任せる。まぁ期待はしてないけどな。俺をリーダーと認めるのはアイツにとって屈辱だろうし」

「リーダー……。ですね、ツヨシ君なら、そうかもしれません」


 まだこの俺―――魔王最有力候補をリーダーと呼ぶことに違和感があるのか、ナクコの口調は滑らかではなかった。


 と、きちんと正面を見て歩いてなかったからか、俺はようやく気づいた。


「……は? おい何だあの森は……?」


 この荒野と一線を引くように、視界の端から端まで続く広大な森が現れたのだ。

 しかも森全体……木々の一本一本が、青白く輝いている。


 そんな神秘的でありながら不気味な光は、森の上空にもオーロラのように漂っている。森から放たれる光量が尋常じゃないのは一目瞭然。


「あれは魔ノ森ですよ。あの辺りの草木は呼吸が活発になると光り出す性質があるんです。って、ツキシドさんそんなことも知らないんですかぁ!?」


 こんなの常識ですよ、と言いたげにナクコが卒倒していたが、


「……あ! でも、ツキシドさんの立場なら知らなくても仕方なかったかもしれませんね?」

「……、俺の立場?」

「はい。ツキシドさんはあの魔ノ森を通らなくてもじゃないですか」

「魔ノ国?……あぁ、だから魔ノ森なのか……」


 魔ノ国の国土だから魔ノ森ということだ。

 しかし意外だった。火ノ国の王様が『魔ノ国を取り囲むように人間族が統べる国々がある』とは言っていたものの、思っていた以上に魔ノ国は距離的に近そうだ。



「あの、ツキシドさん? さっきから初めて知ったような様子なのは、わたしの気のせいでしょうか……?」

「! か、勘違いだ。リーダーなのに知らないはずないだろ?」

「ですよね! 疑ってすみませんでしたリーダー!」


 ナクコに謝られた途端、王女コンビからジト目で見られる俺。

 彼女達は(この世界に転移したばっかのくせに……)と内心呆れているに違いない。




「やっぱりツキシドさんは物知りだったんですねっ! ところでどうしてわたし達は地ノ国まで歩いて行こうとしてるんですか? リーゼロッテさんはどうしたんですか? あの方がいれば転移ゲートで一瞬でぶにゃ!?」




 俺はすぐさまナクコの口を塞いだ! 

 何だが久しぶりにその名前を聞いた感覚だったので、ちょっと対応が遅れた!


「…………ねぇあんた。リーゼロッテって誰よ?」

「そ、そんなデカパイは知らんッ! 知らないぞ俺はッ!!」

「デカパイと知ってるあんたは何者なのよッ!? 明らかおかしいわよねぇ……!?」


 キキの紅蓮の髪が強風に靡く。

 まるで燃え上がるように憤慨アピールをして俺に詰め寄ってきた。


 うん、超ヤバくないかこの状況! 

 というか、ここからキキとナクコを騙し通すとか無理ゲーじゃないか!?

 魔族の腕輪でどうにかできるのか……!?


「えーっと、アレだ。アレだよアレ。えーっと……」


 本当にヤバい。上手い言い訳が思いつかない。

 この俺が勇者であり魔王最有力候補でもあることがバレずに済む言い訳が……(汗)。


「アレって何? あんたは何を隠してんのよ?」

「か、隠してなんかない。……あーほら、名前からのイメージだよイメージ」

「イメージ、ですって?」

「ああ、リーゼロッテってデカパイなイメージなんだよ」

「どういう嘘よっ!?」

「いやガチだって。俺的には『リーゼロッテ=デカパイ』なんだって。……ネットの画像検索でググってみれば全員デカい自信すらある」


 無論だが嘘だ。

 ちっぱいのリーゼロッテもググれば沢山出てくるだろう(常考)。


「……ならあんた、つい口走っちゃうほど『リーゼロッテ=デカパイ』の認識が強かったの?」

「お、おう」

「ふーん……名前だけでねぇ……」

「た、ただな? お前らに一つだけ……隠すというよりも、ちゃんと言ってなかったことがあって―――」


 俺はナクコの口から手を退ける。

 当然ながら、彼女がリーゼロッテについて言及しようとするが、


 しかし『リーゼロッテは俺の部下』とバラされるよりも先に。

 俺はイチかバチか、この非常事態をも一変させるジョーカーを切った!




「―――この俺、ツキシドは。記憶喪失もしくは記憶障害の状態だと思われる」


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