EX5/リーゼロッテの「一緒に帰ろっ♪」その2

EX5


 離反したドラゴン族を説得し、再びツキシド様の元に帰っていただくために。

 彼の部下であるこのわたくし、リーゼロッテが次に向かったのは、魔ノ国のとある沼地でした。


「まあ。とても毒々しい所ですね……」

「うぅ……。なぜ吾輩がこんな目に……」


 クリスタルドラゴンのアイラス様が涙を流しています。

 恐らくこのわたくしを背中に乗せることができて感激中なのでしょう。

 とにかくわたくしを猛毒の沼地に落とさないよう、細心の注意を払っていただきたいですね。


「……ん? あれは何でしょう」


 わたくしは進行方向の先に妙な集団を発見しました。この猛毒の沼地に生息している時点で怪しいので、とりあえず奇襲攻撃を仕掛けてみたいと思います。


「――――ゲイ・ボルグ」


 わたくしは右手に産み出した雷火らいかの槍を集団に向けて投げ放ちます。

 ちなみにこの必殺技は響きの良さだけで適当に命名しました。


「「「グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!?」」」


 殺傷力は必要充分です。わたくしの槍は集団の中心に落ち、集団が突然の電気ショックにのたうち回りました。


 奇襲は大成功。ですが不思議なことに彼らは死んでいませんでした。

 沼地の猛毒に耐えられるほどの強い生命力が彼らを生かしたのでしょうか。

 彼らは一斉にこちらを見向くと、手際よくわたくし達を取り囲んできました。


「グモッ、グモモッ! テメエ、いきなり何のつもりだグモッ!?」


 彼らの体は非常にカラフルで足が八本もあります。そしてサキュバス族のわたくしのように人間族らしい顔立ちなのですが、それを腹部に持っています。

 彼らの正体は―――。


の皆様でしたか?」

「ああそーだグモッ! 睨めっこが大好きな人面グモだグモッ! まさか俺らが睨めっこしてると知ってて攻撃してきたんでグモかぁ!?」

「いえ、単に邪魔……目障りでしたので」


 彼らの人面がヌルヌルと動いています。

 表情豊かすぎて気持ちが悪いです……。


「し、失礼なヤツだグモッ! テメエ、殺されたいグモかぁ!?」

「それはこちらの台詞です。退いてください。さもないと……唐揚げにしますよ?」


 ツキシド様には到底敵いませんが、それでもわたくしは強いのです。

 強いからこそわたくしは彼の部下を続けられるのです。

『ご奉仕は無理でも強くて爆乳なら構わない』―――それが彼の続投条件でしたしね。つまりただの変態なのですが。


「か、唐揚げにする、だとッ!? こ、殺ス、泣いて許しを請いても殺スグモオオ―――!!」

「そうですか。できれば調理したくないのですが―――」


 と、その時でした。


 ゴボゴボ、と。

 沼地の底から新たな者が現れ出てきました。




「―――もう、騒がしいわねぇ。ストレスでお肌が荒れたらどうしてくれるのぅ?」




 ―――ドラゴン族です。ポイズンドラゴン。

 わたくしがこの沼地を訪れたのは、まさに猛毒の皮膚を持つ彼女を連れ帰るのが目的でした。


「ヒルデ様。この沼地におられたんですね」

「! り、リーゼロッテ!? それにアイラスも!? どうしてあたいの居場所が!?」

「本拠地で聞き取り調査を行いましたので。『あたいのお肌が若返るような毒々しい所に行ってみようかしら?』との呟き……失言でしたね?」


 しかしながらスパイダー族が生息していたとは思いもしませんでした。

 これはもしかするとアイラス様と同じパターンなのでしょうか。


「か、帰らないわ、あたいはッ!」


 まだ何も言っていないのに、ヒルデ様も敵対心を露わにしています。


「あたいはここが気に入ってるのッ。本拠地みたいに火傷の危険がないし、あたいの美に期待してくれる彼らがいるッ! それにツキシドはずいぶん前に失踪したきりでしょう! もはや帰る必要ないじゃないのッ!」

「いや、吾輩も同じことを言ったのだが―――」

「ツキシド様でしたら、お戻りになられましたよ?」


 アイラス様が浮かない表情になっています。

 ですがその表情がヒルデ様に真実味を与えたのでしょう。


「ええッ!? い、いや、でもッ! あたいは帰らないわッ! このピチピチお肌を二度と手放したくないのッ!」

「どうしても……ですか?」

「ど、どうしてもよッ!」


 そんな切実なご返答に対し、わたくしは内心がっかりしました。

 このドラゴンも知能が低すぎるのではないでしょうか?


「では、仕方ありませんね。ツキシド様から離反した以上、罰は受けてもらわなければなりません。……スパイダー族の彼らを、唐揚げにしますね?」

「ええッ!? ど、どうしてそうなるのよ!?」

「外見はアレですが、案外美味だったりするかもしれないからです」


 さらには彼らの生命力の高さから、栄養価にも優れていると考えられます。

 唐揚げにした彼らを持ち帰れば、きっとツキシド様もヒルデ様の離反をお許しになることでしょう。


「お、おい。素直に帰っといた方がいいぞ……?」

「く、くぅー!」


 ヒルデ様が大変悔しそうにしています。

 やはり自分のわがままでスパイダー族が調理されるのは辛いのでしょうか。

 ざまぁありません。


「―――ヒルデ殿! 屈服するにはまだ早いグモッ!」


 実際はどこから声を出しているのでしょうか。

 一匹のスパイダー族が人面を動かしながらそう叫びました。


「俺達が力を合わせれば、こんな乳デカのサキュバスごとき何度も毒漬けにできますグモッ! 戦うんですグモッッ!!」

「で、でも―――」とヒルデ様。

「あなたが目指しているという究極の美! それを俺達は感じ取ってみたいのですグモッ! 睨めっこで笑い合うことしかしない俺達に、どうか美の素晴らしさをッ! 俺達はあなたから美とは何かを教えて欲しいのですグモッ! そのためだったら俺達は、唐揚げになってもいいですグモッッ……!!」


 どうやらスパイダー族には美意識がないようです。

 つまり彼らは美意識を手に入れたいのでしょうか。

 ヒルデ様の究極の美が完成したなら嫌でも美意識は手に入ると、そう信じて。


「あ、あんた達……。…………ふふっ、これは驚きね」

「? グ、グモモ? ヒルデ殿?」

「究極の美ならまさに今よ。あんた達も感じ取れるはずだわ。だからもう、いいの」

「!? ど、どういうことですグモッ!?」

「ありがとう、短い間だったけどお世話になったわね。……あたいは本拠地に帰ることにするわ」


 ヒルデ様が優しく微笑みました。

 ですがスパイダー族には彼女の言っている意味が分からないようです。

 腹部の人面が困惑や焦燥に大きく歪められています。


 もちろんわたくしにもさっぱりです。

 なぜヒルデ様は諦めがついたのでしょう?


「そうね。まだ誰も感じ取れてないんだったら、答えをあげちゃうわ。頑張って感じ取って頂戴ね?」


 そうして。ヒルデ様はスパイダー族に告げました。




「―――あたいとあんた達。そこに生まれた友情こそ、究極の美だったのよ」



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