第114話/そんなはずないにゃ!!
第114話
嘘だった。恋愛詐欺なんてのは俺の憧れる主人公は、しない。
しないから俺もしようとするはずがないのだ。
ああやって俺が嘘を吐いたのはキキを言い包めるためで。俺が地下水道に単独潜入することに同意してもらうためだった。魔族の腕輪さえあれば、そんな勇者の愚行だって支持してくれるはず。
「―――それじゃ、後は自己責任でヨロシク」
酒場を出た足で地下水道の入口までやって来ると、キキが投げやりに声をかけてきた。深淵のような薄気味悪いトンネルの前で、彼女は緊張感の欠片もなく続ける。
「あんたがあの子を落とせるとは思えないんだけど。ていうかあんたが五体満足で戻って来られるとは思えないんだけど。そういうの全部ひっくるめて、あんたの恋愛詐欺の成功、信じてないから」
「…………。さいですか」
内心げんなりした。
……魔族の腕輪、俺の予想に反して効果ナシだったとは。
(じゃあお前、危険を冒す俺を引き留めろよ……!)
ボロマント一枚の勇者が今から一人で敵地に身を投じようとしている。
同じ人間族として、勇者の仲間としてっ!
本来は嫌でも俺を心配しちゃう場面だろうが(常考)!
(……ま、結果オーライではあるが。そしてキキらしいと言えばキキらしい)
というわけでモウマンタイ。
アリスも俺の思考を読んでいるはずだから、まぁ大丈夫だろう。
俺には俺なりの『考え』がある。一応あるにはあるのだ。
魔王有力候補のナクコから、魔族の首輪を手に入れる方法を―――。
「早く行きなさい。どうせ失敗するでしょうけど、あんたの無事は祈ってあげるわ」
「おうサンキュ。代わりに俺はお前のその難儀な性格を許してやる」
「ええ、少しでもあたしからの好感度を上げたかったらそうしなさい……って、あたしの性格のどのへんが難儀なのよっ!?」
ガルルル! と犬歯を剥き出しにして詰め寄ってくるキキ。
だが俺は彼女から背を向けると、
「アリス、お前もここで待っといてくれ。ちゃんと生きて戻ってくるからよ」
「あいあい。死亡フラグとして回収されないことを祈るお」
俺自身もそれを切に祈りつつ、いよいよ一人で地下水道の中へ入っていく。
ただしキキが「戻ったら爆炎剣よっ! 覚悟しなさい~!」と叫んできたので、どう転んでも俺の死亡は確定だった……(不可避)。
「…………くそぅ。アリスの方がマシに見えてくるとか。どんだけだよ」
キキめ。著者の創作キャラとはいえ、ブレなさすぎだろ。
俺好みのヒロインに近づくどころか、遠ざかっていく印象すらある。
「あいつ自身のためにも人格矯正するべきだな! 読者アンケを取って過半数の賛同で人格矯正。ツンデレラからデレデレラに転身だ!」
キャラ崩壊になるだろうがあいつの人気度は急上昇。そして俺はあいつを恋愛対象にできるだろう! 元々外見だけは文句ナシの美少女、俺がデレデレラのあいつを好きにならないはずがないのだ!
「そしたら俺だって読者サービスであいつに色々しちゃうのになぁ!!」
……とまぁこんな具合に。明るめのメタ的な発言をしたくなるのは、ヌコ族のテリトリーに足を踏み入れているから。つまりは気を紛らわしたいからだった。
それと―――もう一つ。
「……んにゃ!? 貴様、そこで止まれにゃア!!」
視界の先にいたのは三匹のヌコ族だ。俺がだいぶテンション高めだったせいか、粗大ゴミみたいなオンボロソファから立ち上がって駆けつけてきた。
恐らくは見張りのヌコ達だろう。武器を所持していた。半分破れてしまっている洋傘だ。彼らは槍よろしく俺に突きつけてくる。
「貴様、何が目的で騒いでるにゃ!」
「ここがどこだか分かってるのかにゃ!」
「謝罪しろにゃ! せっかく居眠りしてたのに、台無しにゃ!」
「いやいや……。寝ないでしっかり見張りしてろよな。こっちが対応に困るだろ」
そう。俺は居眠り中の彼らを見つけたから『あいつに色々しちゃうのになぁ!!』などと声を張り上げた。無理にでも起きてもらった。
そうしなければ『見張りにバレずに通り抜けられるか!?』みたいなミッションが発生してしまい、俺は痛い目に遭ったに違いないのだ……。
「! き、貴様、僕らの仕事を愚弄してるのかにゃ!?」
「そうにゃ! 居眠りも立派な僕らの仕事にゃ! 起きてたらサボリになるにゃ!」
「そもそもにゃ! 貴様がここに迷い込まなければ済んだ話なのにゃ!」
「迷い込む……? あぁ、もしかしてナクコりんから聞かされてないのか?」
傘の先端をさらにぐいと突き出してくるヌコ族達。
仕方なく俺は両手を上げて降参のポーズを取ってみせた。
すると彼らは平静を取り戻したのか、
「……待つにゃ。貴様、ナクコ様と話したのかにゃ?」
「そうだ。ついさっき、酒場で会ってな」
「にゃにゃ? ってことは貴様がドラコン族の……ツキシドかにゃ?」
「何だ。聞かされてたのかよ。そうだ、その通りだよ。俺がツキシドだ」
「にゃあ……? どうもおかしいにゃあ?」
「ん?」
なぜか彼らが三匹揃って首を捻ったので、俺もつられて首を捻る。
「おかしい? 何が?」
「にゃあ。僕らはツキシドの特徴を教えてもらったにゃ。けど、貴様は『ヤバい』感じがほとんどしないにゃ!」
「そうだにゃ。僕らは『ヤバい』って聞かされたにゃ。けど、貴様はヤバそうじゃないにゃ」
「だからにゃ。貴様は本物じゃないにゃ! 魔王最有力候補と噂されるツキシドが、こんなヤバくないはずないにゃ!」
「えっと……?」
俺はぽりぽり頬を掻くと、
「とりあえずお前ら、『ヤバい』の意味を順に答えていってみてくれないか……?」
「にゃ! 強そう、の意味だにゃ!」
「にゃ! 賢そう、の意味だにゃ!」
「にゃ! モテそう、の意味だにゃ!」
「………………………………………………………………ふーん」
やばい。質問したのは俺なんだが、素直に返ってきた回答にイライラしてきた。
落ち着け俺。俺は自分で思ってるほど、弱くもなければバカでもなくモテないわけでもない(鼓舞)!
と、俺の様子から何かを感じ取ったのだろうか。ヌコ族の彼らは一度顔を見合わせると、今度は俺に質問してくる。
「にゃあ? ひょっとして僕らが間違ってたのかにゃ?」
「にゃあ。実は貴様は本物のツキシドなんだにゃ?」
「つまり僕らが『ヤバい』の意味を誤解してた。そうなんだにゃ?」
「え? いや、俺は確かにツキシド本人ではあるんだが……。……その、お前らが答えてくれた『ヤバい』の意味も合ってるぞ? 俺は強そうで賢そうでモテそ、」
「「「そんなはずないにゃ!!」」」
ブスリブスリブスリ! と傘の先端(×三)が俺の腹に突き刺さった!
「貴様は弱そうだにゃ!」
「貴様はバカそうだにゃ!」
「貴様はブサイクだにゃ! だけど本物のツキシドだにゃア―――!!」
「何でだよ!? 何でよりにもよってそっち方向にすんなり納得できた!? トラップの臭いがすごいんだが!」
「いいから僕らに教えるにゃ! もちろん『ヤバい』の本当の意味を、だにゃア!!」
「!! やっぱりトラップじゃないかぁぁぁ!!」
俺に自爆しろと!? 『ヤバい』の本当の意味は『弱そうでバカそうでブサイク』だって認めろと!?
「教えないと絶対にここを通さないにゃ! さあ、諦めて自虐に走るにゃア!!」
「…………は、はは。これは惨い……」
思わず俺は涙目になった。
まさかヌコ族に自傷行為を命じられるとは……(屈辱)!!
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