第96話/脳筋王女
第96話
火ノ国とあって、王の間には火に関係する代物が多かった。
支柱に備え付けられた燭台の灯火、闇夜の炎の揺らぎをイメージした絨毯、大きく口を開いたドラゴンの石像と絵画。そして……実際に燃えているように見えるほど精緻な、この国の王様の王冠とマント。
「……すまない諸君。此度も我が娘のわがままに―――」
「さあちゃっちゃと始めるわよ!? 誰からでもいいわ、勇者の剣を抜いてみなさい!!」
「…………」
王様は王の間に詰めかけた二百もの人々に語りかけ……しかし娘の奇姫にあっさり主導権を奪われて頬を引き攣らせた。
(さ、さすがは残念少女、いや、残念王女だ……。父親とはいえ本物の王様にも空気読んでやらないとは……)
フードを目深に被り直しながら俺も頬を引き攣らせた。
とにかく王様が可哀想すぐる。まだ歳は四十代半ばとかだろうに、精魂尽き果てたように窺える。火ノ国らしく失礼な表現をすれば『燃えカス』だ……。
「遠慮は要らないわ! ってかもう全員抜いてみなさい! はいそこの貧弱な肉付きのあんたから! こっちに来て勇者の剣を抜いてみなさい!」
「わ、わたしですかっ?」
貧相な雰囲気の女性が指名され、彼女は躊躇いがちに奇姫の元に歩み寄った。
そこには台座に突き刺さったままの、オリハルコンでできてそうな黄金に輝く勇者の剣があった。
「では失礼します……。え、えい!」
「はい残念。あんたは勇者じゃないわね」
「そう、みたいですね……。……残念です」
勇者の剣はビクともしなかった。
全く残念そうではない様子の女性が元いた場所に戻っていく。
「お次は誰が抜いてみるの!? ああもう、効率が悪いから全員並びなさい! これは命令よ!」
王の間にもかかわらず奇姫の独擅場だった。
だが彼女のファンが彼女を支えているようで逆らう者は誰一人いなかった。
「いいから並ぶぞ!」だとか「王女様に従え!」などと、使命感に囚われた男達が大勢いた。
どうやらオタサーとその姫みたいな関係ができあがっているらしい。
彼女が姫だけに。
(やれやれ……。さて、俺はどうすっかな。並べって偉そうに命令されると逆に並びたくなくなるんだよな)
それは俺が奇姫に少なからず敵対意識を持っているからだ。
前の世界ではそれはもう世話になったものだ(粘着)。
(というか、この異世界の奇姫は俺のこと覚えてるのか? 覚えてないなら並んでやってもいいんだが)
どちらの設定なんだろうか。
まぁ俺への嫌がらせが大好きな著者だから、覚えさせたままだと思われるが。
「―――はいあんたも勇者じゃない。次の人生を期待しときなさい」
「は、はあ……」
「―――次の人。……ほほっ、あんたも勇者じゃないようね? 今後は異世界転生を駄女神に願っておけば?」
「わ、分かりました……」
「―――次よ。……って、あんたはあたしの下僕なんだから論外でしょう! ほら抜けない! 死ね!」
「はぅぅぅ! ありがとうございますぅぅぅ!!」
恐ろしくバッサリだった。
別にここにいる人間の全員が全員、勇者になりたいってわけじゃないだろうに。
そんな読者も呆れるだろうやり取りを、俺は適当に行列の最後尾で眺めていたが、
(しまった。このままだと奇姫が試すより先に俺が勇者の剣を抜いてしまうな)
奇姫が勇者でもいいと考えているだけに、ダメ元ながら彼女に先を譲ろうと思い至った。こっそりと勇者の剣を抜けなかったグループのところに移動する。
やがて行列がゼロとなり、いよいよ見かけ上は彼女が最後の一人となった。
「おーっほっほっほ!! おーっほっほっほッ!! おーっほっほっほッッ!!」
鮮度のなさすぎる高笑いを三連チャン。
まさしく残された自分こそが勇者であると勝ち誇っていた。
「さあさあ、お待ちかねだったでしょう! 今からこのあたしが! 勇者誕生の瞬間をご覧に入れて差し上げるわッ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
異世界版オタサー集団が声を上げて服を脱いだかと思うと、それを激しく振り回し始めた。奇姫とオタサー以外の人々、完全にドン引きである。
(うわぁ、何だこの奇妙な光景は……? こいつらは残念王女のいったいどこがいいんだ……?)
あ、ありえない。俺が大和先生と結婚を決意するくらいありえない。
奇姫はない。ないったらない。
読者にも絶対にいないはずだ(常考)
「よおおおし! そんじゃそろそろ抜いちゃうわよおおおおお!?」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
奇姫は台座の上に片足を乗せ、剣の柄を両手でぎっちりと握った。
そして全力で両肩を持ち上げるようにして、
「―――ヴンぬぅぅぅぅぅううヴヴン……!!」
……………………はい?
「ふぅ。お、おかしいわね。ちょっとタンマよタンマ。まだゼンゼンだから。まだ本気で抜こうとしてないから。手に汗がついちゃってて滑りやすかったのよ」
言うや父親のマントで手を拭く奇姫。
再び台座に足をかけ勇者の剣を固く握り込むと、
「―――ヴヴ、ヴああぁぁああアァッ……!!」
……え、えっと? そろそろツッコんでいいか?
まだ? まだ様子見しとけばいいかな、読者諸君?
「ぐっ! ま、まだよッ! あたしは確かに一昨日より筋力が上がったはずだわ! 抜けないはずがないのよッ!!」
「お、おい、我が娘よ……。だからその勇者の剣には特殊な魔力が、」
「ふんぬうううううぅぅぅぅぅぅぅぅゥゥゥゥヴヴヴヴ!!」
…………。さて、さすがにもういいよな。
いつまでも勇者の剣は台座に突き刺さったままだし。
残念王女のやってることもずっと同じだしな。
(……はは、もう心の中でツッコむとかそういうレベルじゃなくなってるな。足も勝手に動いてしまうくらいだ)
ああくそ、これが著者の狙いだったのなら、逆に称賛してやりたい。
よくもまぁこれほどの残念キャラを産み出してくれたな!
「お前バッカじゃないか!?」
俺はフードを脱いで思いきり奇姫を罵倒したッ!
ツッコミではなくブチ切れたッ!!
「なっ!? つ、憑々谷子童っ!? あんたいつの間に!?」
「お前ってばなぜに筋力がつけば勇者の剣が抜けると思ってるんだ!? いや万歩譲って筋力で抜けるとしてもだぞ!? 一昨日との筋力差から抜けると判断しているお前は大バカか!?」
「……え? 普通いけるでしょ?」
「!? うおわああああああああああああああ!?」
ああダメだ、この王女無理ッ!
こっちの頭もおかしくなる!! 脳細胞が溶けちまうッ!!
「と、とにかくそこ退け! その勇者の剣は俺じゃないと抜けないようになってる!!」
「は、はあ!? なわけないでしょ、二十年も刺さったままとされるこの剣が、あんたみたいなひょろいヤツに抜けたら、誰も勇者になるのに苦労してないでしょーが!!」
「だ・か・ら・な!? 筋力どうのこうので抜けるもんじゃない、って言ってんだよ……!!」
やはり魔族の腕輪は著者に便利なだけのアイテムだった。
奇姫が生粋の残念キャラであることも相まって、俺の言葉を信じ込もうとしない。
「だったら見せてやるよ! ひょろすぎるこの俺が、勇者の剣をぶっこ抜くところをなッ!?」
「ちょ、ちょっと!? 今はあたしの番よ!?」
言うが早いか俺は強引に勇者の剣を掴んだ。
……が、奇姫はまだ自分の番であると主張したげで、離そうとしなかった。
「…………ヤロウ。お前はこの世界でも俺を邪魔するのか。アボカド弁当の件、忘れたとは言わせないぞ」
「それはこっちの台詞よ! あたしのアボカド弁当で、あたしの勇者の剣ッ!!」
「黙れ! いいから剣から手を離せ離してください! こういう場面はラノベじゃなくても重要なんだ!」
「いやあんたが後から握ってきたんだから、あんたが離しなさいよ!?」
勇者の剣を挟んで顔を突き合わせる俺と奇姫。
互いに殺気立っており、王様やその他の人々は俺達の動向を固唾を呑んで見守っているようだった。
と、その時だった。
俺達が取り合っていた勇者の剣が、
すぽっと。
台座から引っこ抜けた。
「「あ」」
それはもう、呆気に取られるほど簡単に。
勇者の剣は俺達の手中に収まっていた……。
「えっと……。これは当然、俺のモンだよな?」
「いやあたしのでしょ。……あたしのよね?」
顔を見合わせ所有権の確認をする俺達だが……あれ、マジメな話、これってどうなるんだ? いやたぶん俺が力んで抜いてしまったんだろうけど、傍目には二人のパワーで抜いたように見えなくも、ない……(困惑)。
「お、王女様のだろう! 勇者の剣は王女様が抜いたッ!!」
「あ、ああ! 我が国の王女様が選ばれし勇者だったんだッ!!」
「うっひぃ―――! ここにいるオイラ達がその証人だぁ―――!!」
チビにデブにノッポの男性達が半裸で嬉しそうに小躍りし始めた。
するとその直後、他のオタサー集団も「「「う、うおおおおおおお……!?」」」と動揺を隠しきれないまま派手に喜びを爆発させた。
あれよあれよとお祭り騒ぎになった王の間。
これには奇姫も素直に反応せざるをえないのか、
「お、おーっほっほっほ! そ、そうよ! このあたしこそが勇者ッ! 世界平和を担うべき存在なのよッッ!!」
叫ぶや勇者の剣を天高く掲げたのだった。
無論この俺も強制的に剣を掲げてしまっていたが……まぁ、そうだな。
もうさ、奇姫が勇者でよろしいんじゃないですかね……(完)。
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