第95話/究極の二択

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 捕縛した男達と繋がっている縄を兵隊に渡すと、その残念少女は装飾過多な剣を腰の鞘に戻し、群衆に言い放った。


! あたしなら勇者の剣を抜ける! あなた達もそう思うわよね!?」


 彼女を取り囲む群衆が「そうだそうだ!!」「もう火ノ国の王女様しかいない!!」「あんたが人間族の代表だ!!」と湧き上がった。


「おーっほっほっほ! そうと分かったら早速お父様に許可を貰って勇者選定の儀を執り行うわ! この場に居合わせたあなた達はこの情報を拡散させなさい! そして三十分後には王城に集まっておくこと! これは命令よ、いいわね!?」


 まるで取り巻きへの指示だった。

 だが群衆の誰一人も彼女に歯向かう態度を取らなかった。

「ああ!!」「おうよ!!」「よっしゃあ!!」などと、二つ返事で引き受けていた。


「あーそれと、自分こそが勇者だって勘違いしてるヤツとか、ただ剣に触ってみたいヤツとかも大歓迎よ! 前座として儀式を盛り上げて頂戴! では一時解散っ!」


 残念少女はくるりと半回転、ビキニアーマーで大胆に開いた背中を俺に向けて遠ざかっていった。

 群衆もお使いを頼まれたかのごとく三々五々に走り去っていった。




(…………いやはや、どう見ても奇姫なんだよな……)




 俺は困惑の色を隠せず頬を掻いた。

 どうして彼女がこの世界にいるのか、

 どうして彼女はこの国の王女なのか、

 どうして彼女はエロい格好で犯罪を取り締まっているのか―――自己解決できそうにない疑問が頭の中を支配していた。


(これは著者の仕業なのか? 要はキャラの使い回しだが……)


 だとしたらトピアや癒美もこの世界にいたりするのだろうか。

 ちょっと期待してしまうが、とにかくまずは奇姫をどうするかだ。


(……ま、今のところ行く当てがないし尾行してみるか。無視を決め込んでも最終的には奇姫とまたエンカウントするだろうし)


 彼女のように透明人間にはなれないので、マントのフードをすっぽりと被って彼女を追跡することにした。


 彼女は王女とあって超がつくほど有名人らしく、すれ違う人々と挨拶や握手を交わしながら街を小うるさく歩いている。その様相はさながら選挙運動でもしているかのようだ。


「―――えぇ、そうね! あたしが勇者よ! この国の兵士よりも全然強かったりするしねっ!」


 自信満々に宣言しまくってる奇姫だが……どうせ勇者はこの俺なんだよな。


(! うわっ、今後の展開が読めてきたぞ。奇姫は勇者の剣を引き抜けず、なんやかんやあって俺が引き抜くことになるんだろ! そんで彼女は『あたしはあんたを勇者と認めないッ』って怒り出した挙句、『あたしとサシで戦いなさい! あたしに勝ったら勇者だって認めてあげるわッ!』って提案してくるんだろ! ああもうラノベの序盤でよくあるテンプレ展開じゃないか!!)


 ……という具合に読者も思うことだろう。

 だがそもそもこの小説の著者は捻くれすぎているからな。

 どこを王道にしてどこを邪道にするのか、皆目見当がつかない(溜息)。


(……はぁ、いっそもう奇姫が勇者でいいんじゃないか? 近年じゃ主人公が勇者でも魔王でもなかったりするし)


 それだけ勇者や魔王が主人公のラノベで溢れ返っているのだ。ある意味面白味が薄れてきている証拠。奇姫が勇者の方がウケがいいんじゃないだろうか……。


 何てことを考えながら彼女をこっそり追いかけて十分ほど。気づけば火ノ国の気高い王城が俺の視界にすっぽりと入り込んでおり、城門のところにはすでに大勢の人々が彼女の到着を待って集合していた。


「あらずいぶんと早いわね。ちょっと先に行かせてくれる?」


 奇姫が言うと、人垣は左右に割れて、王城への一本道を作り上げた。

 彼女は意気揚々とその一本道をモデル歩きで進んでいく。


「……ほほっ、勇者の誕生が恋しいのは分かるけど、まだここで待機してて頂戴ね? きちんとお父様から許可を貰ったら、全員、王城の中に通してあげるわ!」


 熱い声援に対し気持ちよさげに応えると、奇姫は城門の奥へと消えていった。




「……くぅー! こいつぁ楽しみだぁ、本当に王女様が勇者の剣を抜けたんなら、王女様こそが勇者で決定なんだよなっ!?」

「ああ! 二十年経っても未だ王の間にある台座から引き抜けてない伝説の剣らしいからな! それを我が国の王女様が引き抜けたんなら、もう勇者じゃない理由がない!」

「うっひぃー! オイラ達が世紀の瞬間に立ち会えるかもなのかぁー!」




 うずうずしてしょうがないのかチビにデブにノッポの男性達が俺のすぐ脇で小躍りしていた。彼ら以外の人々も同様らしく、皆それぞれ落ち着かなさそうにざわめいてやまない。


(……さて、と。案の定、ライブ会場並に人が増えてきましたよーっと)


 俺は逃げるように一旦城門前から退いた。

 別に人々の熱気など感じないし、むしろ涼しいくらいの気温なのだが、俺は長いこと非リア充だったわけで、混雑した場所で待ち続けるのは大の苦手だった。


(……うーん……)


 城門から約三十歩の距離、その付近の城壁に背を預けて魔族の腕輪の設定について思案を開始した。

 第二の異世界、これまでの物語を丁寧に振り返っていって程なく、


(そうか。結局のところ、魔族の腕輪は著者の制御下にあるわけだよな。なら俺の言葉を信じ込ませるというのは……なんじゃないか?)


 何か条件があると考えてリーゼロッテに試してはみたものの、条件は『著者にとって不都合じゃないこと』な気がしてならなかった。


(というか……それ以外にありえなくないか?)


 つまりだ。著者から前もって伝えられた設定―――『俺の言葉を信じ込ませる』のも、実は俺に何のメリットもない。 

 ただ著者に便利なだけのアイテム、それが魔族の腕輪なのだろう……!


(著者のヤツ、舐めた真似してくれやがって。危うくまた無駄に試すところだったじゃないか)


 とはいえ今確信できたのは前向きにとらえられなくもない。

 魔族の腕輪の真実を看破したという意味でも、悪くない気分だ。


(じゃああとの問題は……俺が魔王を殺して真の勇者になるか、新しい魔王になるか、だよな……)


 これについては現段階で選びようがない。

 真の勇者と新の魔王、そのどちらに魅力を感じるかが最も重要だ。

 それこそ著者が言っていたように、仲間を集めながら立ちはだかる敵を倒しながら、大いに悩んで決めるものだ。


(俺が勇者で魔王有力候補か……。あぁ、そういやサイクロプスが『最有力候補』って言ってたっけ)


 この俺、ツキシドが魔王の最有力候補。

 ということは設定上は強い魔族なのだろうか? 

 ドラゴン族の中で、俺が最強だったり?


(いや待て。俺がドラゴン族? どのへんが……???)


 鏡がないので体中を触りまくってごく一般的な人間と断定する。

 角がなければ牙もなく、翼もなければ尻尾もなかった。


(じゃあ俺はドラゴン族じゃないのか? いやでもドラゴン族にしておかないとあからさまに不自然だよな……?)


 だとすれば、だ。

 俺は姿形は完全に人間のままだが、あくまでドラゴン族なのだろう。

 で、前の世界でそうであったように化けるのかもしれない。

 もちろん今回はドラゴンに。


(うわっ、だったら勇者ルートの方が断然マシだな。ドラゴン化できたって空を飛べたり火を噴けるくらいしか魅力ないだろ)


 ただ……読者が俺の立場だったら意見が綺麗に割れたりしそうではある。

 勇者ルートと魔王ルートそのものの魅力は現時点で不明だからだ。

 勇者ルートでもドラゴン化はできるかもしれないし。


(いずれにしても、どっちのルートにするか決めないと自由に行動できないよな。勇者ルートだったら魔族を殺してもいいわけだが、魔王ルートだったらマズいだろ)


 ? 

 全ての魔族から袋叩きにあってバッドエンドに違いない。

 逆も然り。人間を……

 バッドエンドが確定だ。


(どうやら想像以上に過酷な物語になりそうだな……。人間族も魔族も安易に攻撃できないとは……)


 こんな厄介すぎる舞台を用意した著者が恨めしい。

 俺の性格もよく分かってるようだ。俺は案外あっさりと物事を決められないのだ。

 究極の二択だから余計に慎重になってしまう。


(勇者ルートの方が無難で良さげではあるんだが……著者の罠かもしれないしなぁ……)


 どちらを選んだところで著者は俺にバッドエンドを踏ませる気満々のはずだ。だがそれでも俺は好きなルートを慎重に選び取った上で、どうにか著者を出し抜き、ハッピーエンドを手に入れたい……(切実)。


「よし、まず勇者の剣だな。常識的に考えてゲットしとかないと魔王は殺せないだろ」


 そのように独りごちて城壁から背を離した時、城門前で動きがあった。

 二百人くらいには膨れ上がった人々が兵士の誘導の下、半ばなだれ込むように王城へと入っていく。


「……ま、予定調和だよな。火ノ国の王様から許可を貰えるのは」


 そして言わずもがな。俺が勇者の剣を手にして勇者に成るのも、予定調和のはずだ……(憂鬱)。

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