第80話/主人公だしな

第80話


 トピアと大和先生は異能警察の警察官だ。

 今大会では危険人物である俺への警戒と雑踏警備を任じられていたらしい。


「ですが、君の警戒は君の試合中だけで充分なので、ずっと見回りをしていたんです」

「今のところ奇怪な行動を取っていた者はゼロだな。無事に大会が終わるのを祈るばかりだ」

「……そーだな」


 奇怪な行動を取っていた者は目の前にいるわけだが、まぁ気にしないことに。

 一応、先生には熾兎の攻撃から助けてくれた恩があるわけだし、あの悪戯がすぎる呼び出しも、二度としないと約束してくれたからだ。


 俺は仕事中だった二人を労うと、「じゃあ午後にな」と言葉少なに別れを告げた。

 直後には二回戦が終了したとのアナウンスも入り、一時間の昼休憩となった。


「つ、憑々谷君! やっぱりこんなに帰りが遅いのは先生と式を挙げてたからなのっ!?」

「ああ、主人公だしな」

「ゆ、許さないぞ憑々谷ッ! そりゃあ誰と結婚しようがお前の勝手だけどな、俺に相談ナシとか酷すぎるだろッ! 何のために裸の付き合いしてたと思ってるんだッ!?」

「ああ、主人公だしな」


 癒美と樋口にはテキトーに答えた。……とはいえこの返答、しっくりきそうなポテンシャルがあってビビる(空恐)。


「憑々谷君!」「憑々谷ッ!」


 二人に詰め寄られた俺。

 とその時、視界の向こうから台車を押してくる男子生徒を発見。どうやら学園支給の弁当を運んでいるところのようだ。『一年D組分』との張り紙がされていた。


「すまん! 飯食ってくる!」


 居たたまれなくなった俺は、両者の肩と肩の間を走り抜ける。

 弁当を一つゲットすると、そのまま全速力で去っていった。


 再び地下で見つけたベンチへ。そこでアリスと昼ご飯を分け合って食べる。

 だらだらしている内に一時間が経過し、三回戦が始まった。


「体調はどうだ?」

「よよいのよい。あたしはヘーキだからツっきん運動しとけば?」

「そうだな……。そうするか」


 食後の運動がてら場内を散策し、体を温める。

 好奇な視線に晒されるのには慣れ、有名人になれた気分を味わう余裕も出てきた。




『武闘大会六回戦が全て終了しました。続いて決勝トーナメントに移ります。準々決勝の第一試合はAブロックとBブロックの勝者です。速やかに中央の闘技リングに集まってください』




 ―――あっという間だった。

 ついに俺の出番がやって来たのだ。


「リング外に出たら負け、両膝をついたら負け、背中をついたら負け。……よし、ルールは単純明快、実に分かりやすい。しかも俺に有利なルールだ」


 アリスが発現したエアキャノンとピコっと★ハンマー。

 俺には大会ルール的に優秀なこの二つの異能力がある。

 勝てないはずがない。


 俺はほぼ無人となった闘技グラウンドへと足を踏み入れる。

 その瞬間、観覧席からどっと歓声が沸き上がった。


(うおっ……)


 さすがにこんな経験は生まれて初めてだった。面食らった俺は目を右往左往させたり、お辞儀をしたり、及び腰になったりと、それはもう主人公っぽくない態度で中央の闘技リングへと進むハメになった。


(さて。誰もいないわけだが……?)


 闘技リング内に立つが、しかし肝心の対戦者の姿がなかった。


(ん? 棄権するつもりなのか? そもそも対戦者は誰なんだ?)


 俺が思いを巡らせたところで、




『―――試合準備が整ったようです。それでは武闘大会準々決勝、第一試合……始め!』




「え? いやだから見ての通り対戦者がいないだろ……。って、ああ……」


 ツッコんでから気づいた。

 いない、確かに見る分には誰もいないのだが……そういえば透明人間になれる異能力があった。そして試合中なら異能力の発効は問題ない。まぁすでに発効していたなら、ちょっとしたズルになるわけだが……。


 とにかくだ。

 仮に対戦者が今、透明人間になっていたとしたら? 

 それを大会運営は把握済みだから、試合開始のアナウンスをしたのだとしたら?


(うん……うん。おかしいよな。普通じゃないよな。異常だよな。けどアイツは残念キャラだ。痛いキャラだ)


 俺に優勝してもらわないと困るくせに俺の前に立ちはだかる、という意味不な行動を、俺はもちろんだが読者も否定できないのだ(確信)。


「…………おい。そこにいるんだろ。どうせお前なんだろ。隠れてないで出てこいよ」


 俺は半眼になって真正面の虚空に声をかけた。

 すると程なく紅蓮の毛先らしきがまず浮かび上がり、






「おーっほっほっほ! よくぞ見抜いたわね憑々谷子童! さぁ、全力で戦うわよ!?」






 ……などと奇姫が上機嫌そうに現れたのだった(白目)。


「って、何よそのブサ顔は!? もっとキリッとしなさい! 今これ、全国放送されてんのよ!?」

「いやお前のせいだろうが……」

「はあ? あぁ、このあたしが美人すぎるせいってことね? 野獣の対戦相手があたしみたいな美女じゃ、そりゃあんたもやりにくいか。これは大変失礼したわ」

「…………なら。今すぐリング外に出てくれよ」

「は? 何で? そんなことしたらあたしの負けじゃないの」

「負けるんだよなぁ!? 負けないと百万が水の泡だよなぁ!?」


 煽り抜きでこいつの頭はどうなってんだ!? 

 俺や読者をブチギレさせかねないぞ!?


「あ、今ちょっとあんたの気持ち読み取れたわ。じゃあ答えてあげるけど、あたしは他の生徒と違ってね、負けると分かってる戦いでも絶対に棄権しない主義なの。じゃんじゃん戦いたいの。だって世界中から注目を浴びるって、超気持ちいいじゃない?」

「……そうっすか。注目を浴びたい、話題になりたいってことっすか」

「そうよ。悪い?」

 

 大きな胸を張る奇姫に、俺は呆れながら言い返す。


「余裕の余裕で悪い。……そんな痛いくらい目立ちたがりなお前には、容赦なくこれをくれてやろう」

「は、何? え!? きゃああああああああ!?」


 奇姫の制服のスカートが、地面から吹き付ける謎の強風によって捲れ上がった。

 中身が丸見えになる。

 衝撃のTバックだった(薄紅)。


「……やれ、アリス」

「……あい」


 胸ポケットの隙間から僅かにアリスが顔を出し……エアキャノンを発効。

 スカートの裾を抑えて必死な奇姫の体に、あっさりとクリーンヒットした。


「あああああああああああああああいやああああああああああああ!?」


 奇姫は裾を抑えたまま、台風で吹き飛ばされる立て看板みたいに為す術なく闘技リング外へ。

 地面を転がっている時も、大切そうに中身を隠したままだった。




『準々決勝、第一試合が終了しました。続いて第二試合です。CブロックとDブロックの勝者は速やかに中央の闘技リングに集まってください―――』




 はい。奇姫撃破。

 観覧席からブーイングが大いに聴こえているが、勝ちは勝ちだ。

 彼女も俺が無事に勝ってさぞかし歓喜していることだろう。


 、俺はニヤニヤしながら彼女の元に歩み寄った。

 彼女は倒れ込んだまま涙目になっていたので、


「ほう、泣きそうなくらい超気持ちよすぎて腰も抜けたのか? 全国放送でパンチラしたら確実に話題になるもんなぁー?」

「し、信じらんないわッ! こんな風に汚されてまで話題になりたいとは思わないわよッ!」


 体中が土だらけの奇姫はそれこそ汚されたような姿だった。

 だが俺は反省などせず「お前の自業自得だろ」と吐き捨てた。


「ええい黙りなさいこの変態野郎ッ! あたしにここまで恥を掻かせておいて優勝できなかったら、タダじゃおかないわよ!?」

「プレッシャーかけても無駄だ。俺は優勝しか頭にない」


 言って俺は闘技グラウンドの入場口に歩き出す。そのすぐ背後を奇姫が付いてきた。「はぁ最悪、もうお嫁にいけないわ……」などと聞こえよがしに呟いて。


 と、入場口まであと数メートルといったところで。

 奇姫に「……ねえ」と肩を叩かれて、仕方なく足を止めた。


「……何だ?」

「いやその……。あんた、すっごい睨まれてるっぽいけど……?」

「え?」


 奇姫の少し怯えた視線を辿っていく。すると満員の観覧席でただ一人、明らかにこちらへ殺意を放っている生徒を見つけた。


「あ……」


 妹の熾兎だ。それは驚きと怒りを綯い交ぜにした表情。

 察するに『記憶喪失のくせに異能力取り戻してたの!? いつどうやって!?』とでも詰問したいのだろう。


「あ、あんた、本当に大丈夫なのよね? あたし、あんたが決勝で妹さんとあたりそうな気がしてならないんだけど……。ちゃんと妹さんと戦えるし、勝てるのよね?」


 熾兎に恐怖してか、奇姫が念を押すように確認してくる。

 だが俺も少なからず妹の殺意に怯んでしまい、「お、おう」と返すので精一杯だった。


 …………やばい。

 急に腹が痛くなってきた。

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