第57話/異能力者の墓場
第57話
絶叫の刹那、彼女の発効していた
さらに黄色い紗が途絶え、資材倉庫内が瞬く間に暗くなる。窓から射し込む申し訳程度の月明りだけが俺の視界安定の頼りだった。
そうして肝心の彼女といえば……蒼いツインテールの髪をくしゃくしゃにしながら頭を抱え、背骨をへし折る勢いで大きく体を仰け反らせている。
顔の表情は衝撃の一言。決して美少女がしていいレベルのものではなく、アイドルだったら完全アウトの苦悶顔だった。
「……………………トピ、ア……?」
俺が半ば呆然と声をかけた時には、トピアは絶叫の末に背中から転倒していた。
それこそ意識を失ってしまったかのように。
「…………トピア?」
「名前を呼んだところで当分は起きんぞ」
いつの間にか大和先生が俺の近くまで歩いてきていた。
彼女は残り二、三メートルくらいの距離になって立ち止まると、右手に持っていたスマホをしまい、
「先ほどは驚かせてすまないな? 〇時丁度にセットしていた時報アプリなのだが……どうやら間違って最大音量にしていたようだ。まぁそのおかげでわたしは……トピアに拘束される寸前で目覚められたわけだが。ふふっ、ラッキーだ」
「え? トピアはどうなって……?」
大和先生の声は聞こえていた。
しかし俺は彼女に構ってなどいられなかった。
(だってトピアが……まだまだ余力を残していたトピアが、突如発狂して倒れたんだぞ? こんなのおかしいだろ……?)
「くくっ、それほど信じられんのか? わたしがたった一つの異能力で……あいつに逆転勝利してみせたことが」
「……逆転、勝利……?」
「当たり前だろう? あいつは今、気絶しているのだ。わたしの
と言われ、俺は恐る恐る資材倉庫の天井に目を向けた。
「…………なっ」
―――いや。
そこに資材倉庫の天井はなかった。
代わりにあったのは逆さまになった西洋を思わせる墓地だった。
傾いだ墓石や錆び切った鉄柵、枝ぶりの悪い冬木。それらが夜の無法地帯のように秩序を失い荒れ果てている。
揺蕩う霧は黒みを帯びており、まるでこの墓地が丸ごと冥府に吞み込まれてしまったかのような雰囲気だった。
「―――あれはな、努力の実らなかった異能力者達の墓場だ」
「墓場……?」
「そうだ墓場だ。発効者を除く生きた異能力者ならば、問答無用でその異能の才を呪い潰す……という想像によって発現が叶った。どんな異能力か知っているか?」
「……、」
「そうだ。お前もトピアも知るはずがない。この異能力……
「…………何、だって……?」
耳を疑うような大和先生の異能力だった。
だが真偽は確かめるまでもない。
異能力を発効していたトピアが、実際に気絶してしまっているのだから―――。
「え?」
そこでようやく俺は気づいた。
気づいてしまった。
異能力を発効していたのは、トピアだけじゃ、ない……。
俺は該当の異能力が消えていることもついに知った。だがそれでも震え出した手を胸ポケットへ持っていき、昨日と同じように指で小突く。
一回……。
二回……。
三回……。
「……嘘だろ……?」
ポケットの中に潜んでいるアリス。
「? 胸に指を差して何のつもりだ?」
大和先生は怪訝そうに眉根を寄せると、
「仮にそれが異能力を発効するための下準備ならば、ひとまず発効はストップしろ。わたしの話を聞いてからでも遅くはないだろう?」
「…………」
俺は立っていることも難しくなり、すぐ背後の壁にもたれかかってしまった。
「いいか? わたしのこの異能力は、対象者の発効にかかる異能力コストを三百倍にするものだ。例えばコスト三毎秒の異能力があるとすれば、コストが九百毎秒となってしまうわけだ」
「…………」
「もう分かったな? トピアのコスト十二毎秒の
「…………」
「つまりわたしがこの異能力を発効した時点で、アイツの敗北は確定していたのだ」
……はは、何だよそれは? だったらトピアは発効限界なんて気にするまでもなく……
ずっとあんたに遊ばれてたってことかよ……。
「話は以上だ。よし、かかってこい憑々谷。素直に殺される気はないのだろう?」
言って両腕を広げる大和先生だったが、当然俺には何がなんだかさっぱりだった。
(かかってこい? はは、具体的にどうやってだよ?)
今の俺は異能力に疎すぎる。サイキック・セメタリーという異能力の秘密を教えてもらったところで、俺が先生に何かできるわけでもない。
「どうした? なぜかかってこない? 念のため確認しておくがお前、大会を棄権しなかったのだろう?」
「……、」
「ならばわたしが『お前を殺す』と宣言してから四日が経ったのだ、わたしと戦う覚悟を決めたのではないのか?……あぁ、戦うにしたって時間帯が早すぎると言いたいのか?」
「……、」
「いやしかしだな憑々谷? お前はトピアと手を組みこの時間帯と決めたのだろう? 元はわたしが〇時過ぎにお前をこの場所に連れ出し殺し合う計画だったが……それとは何が違うのだ?」
矢継ぎ早に問われるも、俺は終始無言でしかいられなかった。
全身の筋肉が硬直し、唇がわなわなと痙攣して止まらない。
……ダメだ。
大和先生が怖すぎて失禁してしまいそうだ……!
「おい、おいおいおいおい……ッ!? いつまでそォしてふざけている気だ、憑々谷……ッ!?」
ずかずかとさらに接近してくる大和先生。
彼女の手が乱暴に俺の胸ぐらを引っ掴んだ。
彼女の鬼のような形相が、俺のすぐ眼前で怒鳴りつけてくる。
「おかしいだろッ、おかしいよなァ!? お前はトピアとわたしに異能力を発効していなかったかァ!? そうだ、妙な掛け声で発効していただろうッ!? だがお前はアイツと違って気絶していないッ! まだゼンゼン、戦えるからだろォーがッ!!」
「お、おおお俺じゃ……俺じゃ、な……い」
「白を切るか!? ふざけろ、アイツに
そう唾を吐きつけられた途端、俺は先生に片腕ひとつで引き倒されてしまった。
倒れまいと足腰に力を入れるなんて不可能だった。
俺の体は棒切れ同然だった。
顔面から思いきり地面に叩きつけられ、じんわりと血の味と血の臭いがしてくる。
「……あ、あははは……あは。嗤えてくるな。こんなクソ雑魚が国一つ滅ぼしかねない最強の異能力者、だと? くく、ならばわたしはこの世界を滅ぼせてしまうのだろうか?」
「……、」
「いいや! そんなはずは、ない! なぜならお前は若くして大量の
大和先生が俺の体中を足蹴りしてきた。
ハイヒールでバランスが悪いにもかかわらず、何度も何度も、何度も……!
「さァ、さァ! 頼む! 憑々谷やってみてくれッ!! 前に言ったよな、わたしが思う良い男の条件! 己の人生を、極限に域にまで諦めてしまっていること……ッ! まさに今のお前がそれなのだッ!!」
「…………ど、どういう、こと……だよ?」
ナイフで全身串刺しにされたような激痛に見舞われながら、俺は血で真っ赤に染まりあがっただろう舌を動かした。
大和先生の足蹴りがピタリと止まる。
「わたしはな憑々谷。本当は超弩級の『S』なのだ。犯罪捜査で異能力者の男共を追い詰めてるとな、何かこう『コイツに抱かれてみたいな』と、体中がイヤらしく疼いてしまう時があるのだ」
「……、マジキチじゃないか……」
「『あぁん! わたしってばコイツを絶望させちゃってるっ♪ ダメっ、そんな死んだ目でわたしを見ないでっ、あん、でもすっごく気持ちいいッ……もっとッ!』っていう具合だ。さすがに今回のように口には出さんが、毎回そのように感じている。もちろん今のお前にもな?」
「…………ぐっ!」
ハイヒールのかかとが俺の下腹部に押し付けられる。
ぐりぐりと膀胱を刺激しており、たまらず失禁しかけた俺は「や、やめ……ろ!」と先生のハイヒールを両手で掴むや強引に振り払った。
すぽっと転がっていく脱ぎたてのハイヒール。
しかし先生はそれに一瞥もせず、
「だがな? わたしをそのように感じさせてくれた男達というのは……皆が皆、わたしが殺さなければならない凶悪な異能力者なのだ。必然、この
自嘲気味の笑顔で見下ろしてくる先生。
「ふふっ、哀しい話だろう? わたしは恋に落ちたばかりの相手に、泣く泣くその場で今生の別れを告げてきたのだ……」
「! じゃ、じゃあ三十になっても未だ独身ってのは―――」
「ああ、気づいてくれて嬉しいぞ憑々谷。つまりだ。わたしが独身を卒業するためには、せめて……せめてだぞ? この
大和先生はさぞかし嘆かわしそうに溜息すると。
「だからお願いだ憑々谷。お前だけはわたしに殺されないでくれ。お前を殺せてしまったらわたしはもう……恋を諦めるしかないだろうが……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。