第51話/……汚らわしい!

第51話


 俺はすぐに察知した。

 熾兎を呼んだのは大和先生に他ならないと。

 そして彼女の登場こそがトピアの不意打ちを失敗に至らしめるものなのだと!


 いや違う。すでにこの時点で失敗済みなのだろう。

 俺はそんな気がしてならなかった。


「うわっ。よくよく見たらタワシいましたね。すっごい血の量ですけど……これは先輩がやったんですか?」

「……、はい……」

「特訓中に、タワシの腹にブスっと?」

「…………その、通りです……」


 これはマズい。非常にマズい。熾兎は異能警察の人間じゃない。部外者だ。

 俺がトピアに協力してもらっていることを知らないし、俺が大和先生に殺されるかもしれないことも知らないのだ。


(だったら熾兎はトピアを……『兄を殺した犯罪者』と受け取るに違いない)


 これはもう大々的に騒がれてしまう。

 トピアは俺を殺したと虚偽の自白をしてしまっているし……。


「熾兎、お前はずいぶんと冷静だな? やせ我慢しているのか? 泣きたければ遠慮せず泣いていいんだぞ?」

「……、泣けるわけないじゃないですか」

「それは兄を恨んでいたからだな? やめとけ、一生後悔するぞ。なぜあの時素直に泣かなかったのか、ってな」

「…………」

「だから熾兎よ……。ここは兄の死に泣いておけ……」


 大和先生の声調には同情の念が孕んでいた。暖かさも強く感じ取れた。

 これにはさすがの熾兎も兄に対する敵対心を捨てて泣き出すかと思われたが、




「や。そもそもタワシ、ホントのホントに死んでるんですか?」




 ……ギクぅ!?


「っていうか、いつもと変わらない寝顔のような気がするんですけど……」

「そんなわけないだろう。ならもっと近くで兄の死に顔を見るといい。さあ」

「ちょ、ちょっと先生、押さないでくださいよ。あーもう、新調したばかりの靴がタワシの血で汚れちゃったじゃないですか。はぁ、最悪……」


 大変信じがたいことに、熾兎は心底嫌がっているようだった(遺憾)。


「あの、あまり近づかない方が……。現場保全に支障が出るかもしれませんし……」

「え? どうして殺した先輩がそんなこと言うんですか?」

「! い、いえ。気にしないでください……」


 墓穴を掘るとはまさにこのこと。

 トピアはトピアでお手上げ状態のようだった。


「どれどれ……。……んー、やっぱり寝顔のまんまですね。シュレディンガーの空箱がそう見せてるとも思えませんし……」

「!? !?」


 ち、ちちちちちちち近い!? 

 近すぎて熾兎の息が俺の顔に当たってる!?


「あれ? タワシの額に汗が滲んできてるような……?」

「そんなわけないだろう。なら試しに触ってみたらどうだ?」

「はあ!? い、イヤに決まってるじゃないですか!……汚らわしい!」


 ツッコんでる場合じゃないけどこの妹ヤバすぎだろう!? 

 それが亡くなった兄に向ける言葉か!?


「あれ? 今度はタワシの頬がピクついたような……?」

「そんなわけないだろう。なら試しに平手打ちしてみたらどうだ?」

「あ、それ採用で」


 バチィィィィィィィ―――ン!!


 という誇大な擬音が聴こえてきそうなほどの苛烈なビンタだった。

 思わず俺は痛みを堪えるように眉間に皺を寄せかけ……しかしどうにかそれを防いだ。癒美と奇姫から食らっていたおかげで多少慣れたのかもしれない。


「……あれ。起きませんね」

「当たり前だ。死んでいるのだぞ」

「でも、そーは見えないんですよねぇ。さっきよりずっと起きそうな気配がするんですよ」

「そんなわけないだろう。?」

「分かりました。それでいきましょう。


 へ? 一発で起きるってことは……あ、アレですか!? 

 まさかアレをする気なんですかマイリトルシスター!? 

 待って、あれはガチで犯罪級なんだって! 

 やめ、やめやめやめやめ――――――ッ!?




「さっさと起きろタワシ!」

「ぐぶふぅー!?」




 ……はい!

 腹フェチ妹による見事な両膝ダイブでした――ッ!!


「つ、憑々谷君……」

「悪いトピア、こればっかりは敵わない……はは、ははは……」


 重傷の脇腹に両手を添えつつ、俺はトピアに微笑んでみせた。

 ぎこちないのは言うまでもない。


 ちっ! という露骨な舌打ちが聴こえてくる。


「なぁんだ、やっぱタワシ生きてたじゃん。つまんな」


 忌々しげな眼差しを向けてくる熾兎。

 ちなみに彼女は今イチゴ柄のパジャマを着ていた。これが凄く似合っているのだが、いかんせん彼女を褒め湛える気力がすっかり尽きてしまった。


 俺やトピアが無反応のままでいると、熾兎は心底呆れた様子で、


「先生、いくら何でもこのドッキリは酷すぎじゃないですか? だってターゲットはドッキリと分かったら普通、安心したり喜ぶじゃないですか。あたしその逆なんですけど?」

「…………そう、だな。すまない、ちゃんと次に活かすから今回は許してくれ。なっ?」

「次があるんですね……。別にいいですけど」


 そう言うと熾兎は眠たそうに欠伸をしながら資材倉庫の出入口へと踵を返す。

 もはや彼女の歩みを止める者はいなかった。


 だが。彼女の歩みを誰も止められなかったのではない。止めなかったのだ。

 彼女が部外者だから。邪魔だから。

 



「―――となるとだ。やはりお前を殺すしかないようだな、憑々谷?」

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