第12話『終章』

(1)


 それから更に二日経った夜のことだった。

「女! すぐにこの場を出て行くぞ!」

 毎度のことながらいきなりケルンがやって来たかと思うと、地下室の扉を開け放ち様に言い放った。今度は一体何があったのかと思っていると、ケルンは小脇に小さな箱を抱えながら、シエラの足についている鎖を外した。

「さ、行くぞ」

 と、手を掴まれたなら、シエラは反射的に引き抜いて、「どこに?!」と尋ねた。ケルンは苛立たしそうに舌打ちを一つして、

「どこでもいい。あの馬鹿どものいないところだ!」

 お陰でシエラは全てを理解した。

 占いで出ていたように、ケルンは錬金術師たちのところへ行って、完成した賢者の石を盗んで来たのだろう。

 それに錬金術師たちが気付く前に雲隠れしたいのだ。故に、シエラは告げた。


「逃げるなら一人で逃げればいい。お望みの賢者の石は手に入ったんでしょ? だったら私は用済みよね? 仮に私を連れまわして別の人間に石を作らせたとしても、結果は同じよ。あなたはどこまでも逃げ続ける。欲にまみれて石を作らせている限り」

 だが、興奮しているケルンにはそもそもシエラの意見を聞くつもりはさらさらなかった。

「ごちゃごちゃ言っていないでさっさと来い」

 なおもシエラの手を掴もうと、自らの手を伸ばして来たそのとき、

「どこに行くと言うのだね、ケルン」

 声は扉の方からした。

 

 見ればフードで顔を隠した男が立っていた。おそらく、賢者の石を作った錬金術師たちだろう。男たちは狭い部屋にぞろぞろと入って来た。

 完全に退路を立たれたケルンは、シエラを盾に取るようにして、その後ろに立った。

「悪いことは言わん。その石を返してはもらえないか?」

 一人が静かに促して来た。

「それが嫌なら、そのお嬢さんをこちらに渡して下さい。改めて賢者の石を作りますから」

 と、別の一人が一歩進み出て提案して来たが、

「冗談じゃない。この女は俺が見つけたんだ。俺が材料を提供したから石は出来たんだ。だったらこの石は俺の物だし、女は俺が見つけたんだから俺の物だ。お前たちに渡す理由なんてない!」

「ですが、あなたが彼女を手元に置いて置いたところで、あなたに石は作れない。作ることの出来る技術者が必要だ。だからあなたは私たちの元へ材料を提供して来た。だから私たちは作った。あなたは何かを誤解しているようだが、別に私たちはあなたに嘘を吐いていたわけではないのです。その石はおそらく未完成」

「何だと?」

「何分文献にしか載っておりませんから。本当に文献のような効力があるのかどうか実験しなければなりません。また、それによって改善する点も出て来ましょう。そのままではどういった悪影響まで出るのか想像つきませんからな。だから黙っていただけで……」

「それを信じる根拠は何だ?」

「根拠はありません。あえて言うなら、互いの信頼関係を信じてもらうしかない……ということですかね」

「ふっ」

 初めからありもしないものを信じろと言う方がどうかしているとシエラは思った。ケルンが鼻先で嗤うのも頷ける。実際そこには信頼関係などというものは存在していなかった。

 会話の裏で、石の所有権を互いに主張し合っているだけだ。


 下らなかった。本当に下らなかった。どうしてそこまで永遠の命に執着出来るのか理解出来なかった。変われるものならいくらでも変わってやりたかった。

 私はただ、アズウと一緒にいたかっただけなのに………。

 ここにはアズウはいない。いるのは下らない人間だけ。自分を人間とは見てくれない利用者たちだけだった。何をしているのだろうと、シエラは思った。自分を挟まず勝手にやっていて欲しいと思った。疲れた。


 その気持ちを汲み取ってくれたわけではあるまいが、錬金術師たちはため息一つ吐くと、

「仕方ありません。乱暴な手は使いたくはなかったのですが……」

 前置きを一つしたかと思うと、次の瞬間には口調をガラリと変え、

「死にたくなかったら、さっさと返しなさい!」

 全員が銃を取り出して忠告した。

 後ろでケルンが息を飲むのを聞いた。

 だが、シエラにはどうでもいいことだった。自分越しにケルンが死んだところで、生き返った自分は錬金術師たちの元へ連れて行かれるだけ。現状と何が変わるわけでもない。

 だから、自分の背後でケルンが大胆にも賢者の石を飲み込んだとしても、シエラは何とも思わなかった。錬金術師たちがざわめきだった。


「へ、へへへ。あはははは」

 ケルンの高笑いが響いた。

「賢者の石は不老不死の石! その石を飲み込んだ俺は銃を撃った所で死にはしない。残念だったな。あっははははは」

 錬金術師たちは悔しそうに呻いていた。が、それが収まると、責めるわけでもなく、出て行くわけでもなく、銃を下ろしてすっかり大人しくなってしまった。ある種、とても不気味な光景だった。

 最初は勝ち誇っていたケルンも、異変に気が付いて静かになった。

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