第9話『約束』

(1)


 悔しかった。

 アズウは悔しくて悔しくてしょうがなかった。

 ミューズが死んだのも、他の人たちが死んだのも、原因を作ったのはケルンだった。

 その理由が極々私的なものだと知って、人として許せなかった。

 だが、一番許せなかったのは他の誰でもない自分だった。もしも自分があの村に居なかったなら、例え気に入らないとしても村人たちはケルンの許へ診察を受けに行っただろう。そうすれば、ケルンは村人たちの思いをよそに、満足して日々を過ごしていただろう。

 だが、あの村には自分が居た。自分が居て、錬金術師でありながら薬師の真似事をして、結果的に病を治す医師の真似事をした。

 村人たちは医師であるケルンより、錬金術師である自分を選んだ。結果がこれだ。

 ケルンは村人たちを逆恨みして、アズウを苦しめるためだけに、危険な病を流行らせ、ミューズを初めとする多くの村人たちの命を奪った。それより多くの村人たちの心に傷をつけた。憎しみと悲しみを植えつけた。

 そんな非道を行ったのはケルンだ。だが、その原因を作ったのはアズウ自身だった。


 自分がミューズたちを殺した!

 自分が出過ぎた真似をしなければ!

 自分があの村に居なければ!

 今頃ミューズも村の皆もいつもと変わらぬ生活を営めていたかもしれない。

 自分が村に居たために、無関係なミューズたちを死なせてしまった。


 その償い切れない罪悪感に、アズウは胸が締め付けられる思いだった。

 ケルンが憎くて憎くて堪らなかった。

 だが、ケルンだってアズウという存在が居なければ、性格や考え方に難があったとしても、ここまでの凶行に至りはしなかっただろう。そう思えば、自分の浅はかさが呪わしくて、もどかしくて、苦しくて、どうやって償えばいいのか分からなくて、涙が溢れた。視界が歪み、足が止まった。

 森の中だった。ケルンを撒くために、適当に森の中を走っていた。


「どうしたの? アズウ?」

 シエラが心配そうに声を掛けて来る。その瞬間、悔しさを堪え切れず、アズウは思わず胸の裡を明かした。

「どうしたらいい? シエラ? 僕はどうしたら皆に償える?」

 自分が泣いていたからだろう。シエラが驚きの表情を浮かべ、次につられるように悲しそうな表情になった。その瞬間、アズウはシエラを抱き締めていた。縋るものが欲しかった。

「皆を殺したのは僕だ! 僕があの村に居なければこんなことにはならなかったんだ!

 僕があの村に居なければ、ミューズは今も元気に笑っていた。ヒューズさんたちも幸せに暮らしていた。でも、僕が居て、僕が薬師の真似事をしたから、皆は巻き添えを喰って殺されてしまった。それなのに、元凶の僕が生きている。償いの一つもせずに生きている。皆の人生を奪ったのに生きているんだ。僕はどうしたらいい? 生きていてもいいの?

 ごめん。シエラ。君を守ると言ったけど、僕は死んでしまいたい。殺してしまいたいほど自分が憎い」


 そう言って、アズウは膝を付いた。シエラも一緒に膝を付いた。

 シエラがどんな顔をしているのか、アズウには分からない。何故そんな告白を、シエラを抱き締めながらしているのかも分からない。それでも、聞いて欲しかった。村の人たちの人生を奪ってしまったことに対する責任の大きさに、心が潰れてしまいそうだった。

 いっそのこと、ケルン自身が自分を殺しに来れば良かったのに!

 声に出さず、アズウは痛烈に思った。ケルンが自分を殺してしまえば、ケルンの思惑を怯えさせる存在は居なくなるのだ。そうすれば、ミューズたちは死なずにすんだのだ。

 何故殺してくれなかったのか!

 おかしな逆恨みがアズウに芽生えた。自分ひとりが死んで周りが平和なら、後でこんな思いをせずに済んだというのなら、アズウは一思いに殺してもらいたかった。

 村の人たちもアズウを疑った。中には信じてくれた人も居たが、それでも、聞く耳を持たない村人たちの態度には、正直ショックがなかったと言えば嘘になる。何もかもを悟った顔をして、自分のために怒ってくれているシエラを宥めもしたが、自分はそれほど人間が出来ているわけではない。今まで培(つちか)って来たものは何だったのかと虚しくもなった。

 全てが虚しくなった。全てが悲しくて、もどかしくて、やるせなくて。償い切れない過ちを背負って、その重圧に耐え切れなくて、アズウは死んでしまいたいと思った。

 それが単なる逃げだということは分かっている。だが、逃げ出してしまいたかった。


「シエラも、こんな心境だったんだよね。楽になりたかったんだよね」

 初めてシエラに逢ったとき、アズウはシエラが死のうとしていたのを邪魔した。邪魔をして、自分と一緒に生きようと簡単に言ってのけた。

「僕には計り知れない長い間生きて来て、沢山今回のようなことを体験して、絶望して、死にたいと思ったのに死ねずにいる君の辛さや苦しさを何も分からずに勝手なことを言っていたんだよね。ごめんね、シエラ。本当にごめんなさい。僕が馬鹿だった。

 それなのに、僕について来てくれて、僕のために怒ってくれてありがとう。でも、結局また嫌な思いをさせてしまった。僕にはどうやって償えばいいのか分からないんだ。ごめんね。ごめん」

 アズウは何度も何度も謝った。謝る言葉以外アズウの頭の中に言葉がなかった。自分がこんな告白をしていることすら、シエラにとっては負担だと、頭の片隅では思ってはいる。

 自分がシエラに告白することで気が楽になるわけではないことぐらいは分かっている。

 だが、言わずにはいられなかった。一言目を発したその瞬間から、言葉は頭の中ではなく、口の先から迸るように、とめどなく流れた。

 自分がシエラに何を望んでいるのかもよく理解出来ていなかった。慰めて欲しいのか、罵って欲しいのか、受け入れて欲しいのか、拒絶されてしまいたかったのか。

 ただ、一人で抱えているのに耐えられるだけ強くなかったのだと実感するだけだった。

 そのとき、アズウは自分が強く抱き締められていることに気が付いた。


「あなたは誰も殺してなんかいない」

 静かだが、力強い断定の言葉がアズウの耳を打った。

 アズウはハッとした。刹那、顔を両手で捕まえられる。

 両手でアズウの顔を掴んだシエラは、辛そうな表情を浮かべていた。だが、真っ直ぐにアズウの眼を見て、ゆっくりと、言い含めるように言葉を紡いで言った。

「いい? あなたは誰も殺してはいない。あなたは皆を助けたの。あなたは当然の行為をしただけ。あなたは何も悪くない。悪いのはケルンよ。あいつの性格や考え方がねじくれていただけ。アズウじゃなくても、他の人が薬師として住んだとしてもあいつは同じことをしたわ。そして、アズウを信じ切れなかった村人たちも悪い」

「違う。それは違うよ、シエラ。だって……」

「違わない!」

 一際大きな声での否定の言葉は、アズウが口を噤むのに十分だった。シエラの眼が反論を許さないと言っていた。

「アズウは村人たちのために頑張って来たわ。そして皆に受け入れられた。でも、人は人を簡単に信じきれるわけじゃない。肉親を失って悲しい思いをして、冷静に判断が出来なくなるのもわかる。

 でも、皆はアズウを信じなければならなかった。冷静にならなければならなかった。本当にアズウがそんなことをする人間なのか。今更そんなことをする意味があるのか考えなければならなかった。誰かが止めなければならなかった。でも、しなかった。それは村人たちの責任。信じていたのに裏切った。それは信じていなかった者が使う言葉……本当の意味で信じていなかった人が使う言葉よ。都合のいいときだけ信じて、悪くなれば裏切り者扱いするのは卑怯者が使う言葉」

「シエラ、それは……」

「わかるの! 私がそうだったから!」

「!」

「私も今までそうだった。自分の都合のいいときだけ相手を信じて、都合が悪くなったら言い訳して信じることを止めて、心の中であいつらが裏切ったと逆恨みして逃げ続けて来ていた。結局どいつもこいつも私の力を当てにしてただけじゃない。そう思って来た。そう思っても、多勢に無勢で、こっちが不利だから逃げて来た。何度死のうとしたか分からない。でも自分が死ねないと分かったとき、死にたくないと思った。死ぬ度に死ぬほどの痛みと、恐怖を味合わなければならないんだから。だから死にたくなかった。でも、死ねるものなら死にたかった。だからあのとき、死のうと思った。覚悟を決めて、絶対に死んでやると思って、川にいた。

 そこへあなたが来た。初めは何を言ってるんだと思ったわ。でも、今まで一緒にいて、私はあなたと出逢えて心の底から良かったと思った。私が普通の人間と違うと言われても、だからどうしたと言い切って、私を私としてみてくれた。占いなんてしなくてもいいと言ってくれた。私はそれが嬉しかった。楽しかった。「死にたくない」じゃなくて、「あなたと一緒に生きていたい」と思えるようになった。あなたは間違いなく私を助けた。また逃げることにはなったけど、今度は一人じゃない。あなたが一緒にいる。だから私は迷惑だとは思っていない。私は嬉しいの。アズウという人間が私と出逢ってくれたことが。だから謝らないで。自分を責めないで。それでも、どうしても死にたいというのなら。私を殺して」

「それは!」

「出来ないのなら一人で死ねばいい。でも、冷たくなったあなたの傍で、私は何度でも死ぬまで自分を殺すわ。不老不死とは言うけれど、本当に死なないとは限らないもの。もしかしたら生き返られる回数に限度があるかもしれない。だとしたら、生き返らなくなるまで何度でも死ぬわ。それでもいいの?!」

「いい訳ないだろ!」


 アズウは、シエラの両手を掴んで下ろすと、思わず怒鳴った。

 冷たくなった自分の傍で、何度も何度も自分を刺すシエラを想像しただけで、全身から血の気が引いた。冗談じゃないと思った。

「そんなことされたら、僕は死んでも死に切れない!」

「だから生きなきゃならないのよ」

「!」

 少し悲しそうな笑顔で、シエラは言った。

「あなたは私が死のうとしていたとき言ったのよ?

『僕はこの月夜に誓うよ。君を絶対に独りにさせない。この命を賭けても。だから、僕を助けて欲しいんだ』ってね。

 あなたが死んでしまったら私は独りになるわ。それだと契約違反よ。あなたが一緒にいると言ったから、私は今こうして幸せに生きている。でも、あなたがその契約を破棄したなら、私も現状を維持する必要はなくなるの。だから、私に生きていて欲しいなら、あなたが生きていなくちゃ。いい? あなたが死んだら、私も死ぬわよ?」


 この人は……と、アズウは思った。泣き出しそうな笑顔で、真正面から自分の命を賭けて脅して来るとは想像すらしていなかった。何だか、泣き出しそうな笑顔の裏に、どこか勝ち誇っている様が見え隠れしたなら、ふと、笑いが込み上げて来た。

 起こったことは簡単に笑い飛ばせられるようなものではない。だが、シエラを見ていると、少しずつ心が軽くなって行くような気がして来た。

「あなたは私に、僕を助けて欲しいと言った。だから私はあなたを助けたいの。慰めて欲しいなら慰める。諌めて欲しいなら諌めてあげる。怒られたいならいくらでも怒ってあげる。他の誰もが否定しても、私だけは認めてあげる。他の誰もが裏切っても、私だけは信じ続けてあげる。世界中を敵に回しても、私は断言してあげるわ。

 あなたは誰も殺してなんかいない! あなたが責任を感じる必要はない!

 弱音を吐きたいならいくらでも吐けばいい。でも、死なない私を残して勝手に死ぬのだけは許さない。生きる理由が欲しいなら私があげるわ。私を死なせたくないなら生きていないさい。その命が天寿を全うするまで、私と一緒に生きていなさい。

 ――どうせいらない命なら、私に頂戴。いいでしょ?」


 などと言われたなら、アズウにはもう、笑うしかなかった。

 先ほどとは違う、嬉し涙が溢れて流れた。


 ――どうせいらない命なら、僕に頂戴。


 改めて言われると、何とも自分勝手で常識のない変な誘い文句だと思った。

 これは許しなのか? と思った。

 もしかしたら違うのかもしれないが、それならそれで構わないと思った。他の誰もが否定しても、今間違いなくシエラによって自分は許されたのだと思うことにした。

 だからアズウは涙を拭った。

「そうだね、シエラ。二人で生きよう」

「うん」

 その笑顔と共に返って来た一言が、アズウはとても嬉しかった。

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