(3)



 次に目覚めたとき、「やっぱり私は死なないんだな」とシエラは思った。

 あれはどうなったんだろう?

 起き抜けのハッキリしない頭で、ケルンだったものがいた場所を見たなら、薄桃色の大量の粉が積もっているのが見えた。粉になって消え去ったのだと理解した。

 一体、ケルンの人生は何だったのかと思った。人を妬んで、羨ましがって、憎んで、貶して、蹴落として、騙して、そして手に入れたものは何もない。

 思ってから、自分も一歩間違えばそんな人生を歩んでいたかもしれないと思ったならゾッとした。

 そして、もしもアズウのような人間と出会っていたら、ケルンも少しはましな人生を歩めたかもしれないのに。とだけ思った。

 

 慣れない血の臭いが立ち込めたその場所に、生きているのはシエラだけだった。いつものことだった。誰もいなくなってしまった。

 これからどうしようかと思ったとき、頭の中一杯にアズウの顔が広がった。

 涙が溢れた。アズウに逢いたかった。だが、もしもここにアズウが現れたとしても、もう一緒にはいられないと思った。

 何故なら、自分に流れる血の恐ろしさを知ったからだ。

 自分の血を元にあんな化け物が作られたのだと誰かに知られたら、それこそ、今度こそ完全に自分は化け物扱いされるだろう。百歩譲ってアズウが許したとしても、それでアズウまで悪く言われるのは耐えられなかった。まだ悪く言われるだけならいい。もしも逆恨みでアズウが死ぬようなことになれば、それこそシエラは生きていけないと思った。

 それ以前に、アズウはもういないのだ。逢えないのだ。

 だからこそ、逢いたかった。


「逢いたいよ………アズウ」

 呼んでも返事がないことは分かっている。だが、呼ばずにはいられなかった。だからこそ、

「僕もだよ、シエラ!」

 それに返事が返って来たとき、シエラは自分の見聞きしているものが信じられなかった。


 累々と散らばっている錬金術師の成れの果て。その先の扉の前に、泣き出しそうな顔のアズウがいた。

「な、なんで?」

 感動よりも何よりも、疑問が口を吐いて出た。だが、アズウが幻などではない証拠に、シエラはアズウに力いっぱい抱き締められた。

「よかった。よかったよ、シエラ。もう二度と逢えないのかと思った」

 アズウの懐かしい声が震えていた。

「僕もあのときはもう駄目かと思ったんだ。でも、君が血を分けてくれたお陰で、僕は死なずに済んだみたいなんだ。通りかかった人が助けてくれて、意識を取り戻してすぐに君を捜したんだよ? 十六夜いざよいさんにまた手紙を書いて……あ、十六夜さんって言うのは自称魔術師の雑貨屋さんのことね。その返事で君がケルンの家の地下にいるって言うことが分って、そして僕は捜しに来たんだ。

 そしたら村の外でヒューズさんに会って、強引にヒューズさんの家に連れ込まれたりもしたけど、ヒューズさんの奥さんが代表して謝ってくれて。皆自分のしたことを反省してるからまた戻って来て欲しいとか言ってくれて……。

 ああ、どうしよう。沢山沢山君に話したいことがあるんだ。本当に沢山あるんだよ?

 でも、何よりももう一度逢えて、とっても嬉しいよ、シエラ!」

 まるで迷子の子供が母親と再会出来たのを喜ぶように言葉を紡ぐアズウに、シエラは安堵した。


 ああ、アズウだ。アズウだ。アズウが目の前にいる。夢でも幻でも何でもいい。もう一度アズウが会いに来てくれた!

 それだけでシエラは満足だった。満たされた。声を上げて泣いていた。また消えてしまうのが怖くて、力いっぱい抱きついた。だがそこに、第三者の呆れた声が聞こえたなら、シエラは現実に引き戻された。声は言っていた。

「アズウさん。感動の再会はいいが、場所を変えたらどうだい?」

 それはヒューズだった。

「確かに、こんな凄惨な場所は精神上良くないね。じゃ、行こうシエラ」

 アズウは当然のように促した。シエラは当然のように頷きかけて、首を振った。

「私は行けない」

 アズウは一瞬首を傾げた。言われた意味が理解できなかったのだろう。だが、理解したなら焦りの表情を隠しもせずに問い掛けた。

「何故?! 歩けないならおんぶしてあげるよ?」

 その相変わらず的外れな言葉に、シエラは小さな苦笑を浮かべて、「そうじゃないの」と否定した。

「だったらなんで?」

 と、言われたなら、シエラは地下室であったことを包み隠さずアズウに話した。

 当然のことながらヒューズも聞いていた。ヒューズは信じられないと言う顔をした。それが当然の反応だ。だが、

「だから、私は一緒にはいけない。一緒にいたらあなたに迷惑がかかるもの」

「そんな。そんなこと僕は迷惑だなんて思っていないよ」

「ごめんなさい。自分がね、もう、嫌なの。自分の血からあんなおぞましいものが生み出されて、そんな物に体を貫かれても死なない自分に嫌気が刺したの。私が普通の人間だったなら、迷わずあなたに付いて行くわ。でも、私は人間じゃないの。いつか後悔される。どうせ後悔されるなら早い方がいい。だからお別れ。私は一緒に行けない」

 そう言うと、アズウは怒りの表情を浮かべて言った。

「そんなの全然関係ない! 僕はシエラといたいんだ。シエラと一緒に生きて行くと決めたんだ! 君は前に言ったよね。どうしても死にたいなら自分を殺してからにして欲しいって。だったら君にその言葉を返すよ。君が僕と一緒に行かないなら、僕を殺してからにして。もしも僕を殺せないなら、今すぐここで僕が死ぬ!」

「そうしたら私が死ぬまで自分を殺すって言ったじゃない」

 あっさり返されて、一瞬言葉に詰まるアズウ。だが、すぐに説得を試みた。


「だって君は僕の命を貰ったじゃないか。僕は君の命を貰った。僕は君に命を返したつもりもないし、君から僕の命を返されても受け取らない! 大体、普通の人間って何さ!

 君は立派に普通の人間じゃないか。死なないことが何だって言うんだ。死なないだけだろ? 死ねない苦しみがあるだけで、何の得もないじゃないか! そんなに死にたいなら僕が死ぬ方法を探してあげる!」

「え?」

「僕たちが一緒に年を取って死ねる方法を探してあげるから、だから一緒に行こう。その答えが見つかるまで一緒に生きよう? 僕の命は君の物。君の命は僕の物。そう、約束したじゃないか。だから、ね? 一緒に行こう。また僕にご飯作ってよ」

 その一生懸命な言葉に、「この人は………」と、シエラは思った。

 どうしてこんなにも凄まじくも呆れた口説き文句を言えるのかと。

 そんなに必死に口説かれたなら、断れるわけがないじゃないかと思った。

 どうしてそこまで自分なんかを好きになってくれるのか分らなかった。

 そして、だからこそ自分はアズウを好きになったのだと痛感させられた。

 口では一緒にいられないと言っても、やっぱりシエラもアズウといたかった。だからシエラはアズウの手を取った。

「約束よ、アズウ。必ず見つけてね」

「うん。約束する。なるべく長い時間を掛けて見つけるよ」

「どうでもいいから早くここから出ましょう。お二人さん」

 互いに笑い合っている二人に向かって、困った口調のヒューズが声を掛けたなら、ようやく二人はその場を後にした。

 

 

 互いの命は互いの物。けして自分だけのものではないと確かめ合った二人は、共に生きることをヒューズに誓い、もしも子供が生まれて女の子だったなら『ミューズ』と付けることを約束して村を後にしたのは、二人が再会してから一週間ほどしてからのこと。

「いつでも帰って来いよ」と別れを惜しまれつつ旅立った二人は、自分達にも帰る場所が出来たことを嬉しくも恥ずかしく思いながら、心の中で必ず戻って来られたらいいな。と思うのだった。


『終わり』

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呪われた占い師と心優しき錬金術師 橘紫綺 @tatibana

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