金木犀の街 15


「香奈枝! そいつ危ない、離れろ!」

 安藤は香奈枝の足下に転がっている砕焔を指差している。

 そうだ。砕焔を消さなければ、恵子たちが危ない。

「そいつを殺せ!」

 安藤がそう叫んだのとほぼ同時に、香奈枝はありったけの鍾馗符を砕焔の胸に貼り付けた。

 鍾馗符からまばゆい光が放射線状に広がる。ドクンッと砕焔の身体が飛び上がる。直後、光が消えた。

「死んだのか?」安藤が近づく。

 香奈枝はそっと砕焔の身体を触った。

「ええ。死んだわ。これで全て終わった」

 後は恵子たちが上手くやってくれるのを望む。大丈夫。彼女たちならきっと上手くいく。それに三笠じいと兎我野先生もついている。

「香奈枝……ごめんな」安藤が突然、謝ってきた。

「えっ」

「今言わないと、もう言えない気がして」

 安藤の身体が変化しているのが分かった。猫背気味になり、お腹が膨らんできている。

「俺は香奈枝の未来を奪ってしまった」

「私こそ……私こそ、あの時逃げ出さなければ、宗太が事故に遭うこともなかったの」

 香奈枝のお腹も膨れてきた。鍾馗の力が宿った護符がなくなったからだろう。

 安藤が香奈枝に近づく。

「会いたかった」

 チョコレートが溶けるように学生服が溶け出す。髪もはらはらと抜け始めた。

「私も……。私もずっと会いたかった」

 安藤がぎゅっと香奈枝を抱きしめた。体温が冷たかった。骨に皮が貼り付いたような腕で抱きしめられる。この世界の餓鬼に変化している。

 香奈枝の瞳に映る彼は、あの頃とは似ても似つかない姿になっていた。

 涙がこぼれた。

 香奈枝の髪も抜け落ち、衣服が溶けていた。もうほとんど餓鬼と変わらない。

 二人は短いキスをした。そして短い時間、見つめ合う。

「香奈枝、愛シて……イル」

「ワタ、しもアイ……シている」

 強く抱き合う。

「ウマレ……ガワ、テも、絶ッだい……見つ、ケルカラ」

「見ツ……ウ……ウオォォォォォ」

 抱きしめ合った二人はそのまま砕焔の上に倒れ込んだ。もはや安藤でも香奈枝でも、人間でもなくなってしまった。

 ゴオォォォとかウオォォォォと言った、風の音なのか人の呻き声なのか分からない音が、この世界に二つ加わった。

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