金木犀の街 10

「なにっ?」

「本堂の方からだ!」

 墓地の小道を小走りに進みながら本堂の横に出る。

 そこには成陵御霊神社と比べると三分の一程度の小規模な本堂が佇んでいた。

「どこから音がしたんだ?」安藤が本堂の中を覗き込む。

「ここからじゃなさそうだぞ」

 本堂の隣には事務所兼住職の住居であろう木造平屋が建っていた。

「もしかして、あそこ?」

庫裏くりか。怪しいな。行ってみよう」安藤が再び先導する。

「栗?」

「庫裏。事務所のこと」いずみが説明してくれた。

 庫裏に近づこうとしたところ、突然大きな音を立て、爆発したように目の前の木造の壁面が崩れ落ちた。

「きゃ」思わず声が出る。

 粉塵が顔に当たる。庫裏の壁がぽっかりと穴を開けている。粉塵が巻き上がっていて中の様子が分からない。

「なに? なんなの?」

 パラパラパラと瓦礫が崩れている。瓦礫の中から微かな人の声が漏れた。

「中に誰かいる!」

 近寄ってみると瓦礫に混ざるように兎我野が埋まっていた。

「兎我野先生!」

 兎我野は瓦礫を被り、顔がすっかりと汚れてしまっている。

「古道さん、どうしてここに?」

「先生と奈津美を追ってきた! 大丈夫?」

 恵子が手を差し伸べた。

「あぁ。なんとか」

 兎我野は恵子の手を掴んだが、恵子ひとりではどうにも動かせないぐらい瓦礫に埋まっていた。

「どうしてこんな――」

「兎我野、小子走狗」

 頭の上の方から声が聞こえた。振り返るとそこには通常の人間より一廻りほど大きな男が見下ろしていた。

「誰だ、あんた!」

 横で安藤が叫ぶ。大男が安藤を一瞥した。

「亡魂ニ志趣無シ」

 大男は日本語と中国語を混ぜたような発音で何かを話した後、腕を一振りして、安藤を飛ばした。

 遠くで安藤の叫び声と食器類が割れるような音が響いた。

「安藤くんっ!」

 返事がない。

「あなた、砕焔ね!」

 九頭身のモデル体型、整った顔、胸元から伸びる大きな襟を立てた黒いトレンチコート。目の前の大男は、事前に兎我野や三笠宮司から聞いていた砕焔の姿そのままだった。

「牝走狗。小子精気、後ニ餐」

 砕焔は、恵子をひょいと掴み上げた。

「いや、やめて!」足をばたつかせるが、虚しく空を切るだけだった。

「恵子!」いずみが叫ぶ。

 恵子はそのまま宙を舞い、和室の床の間に投げ落とされた。

「痛っ!」

「小子同様。牝走狗」

 そばにいたいずみも掴み上げられると、恵子と同じ場所に投げ入れられた。

「兎我野、輪廻環、束縛解放スル」

 砕焔は兎我野の首を掴んだ。瓦礫が大きな音を立て、兎我野が掴み上げられた。

「クッ……」

「死」


 バシュンッ!


 掴んでいた手から兎我野が落とされた。

 砕焔の右腕には弓矢が刺さっていた。

「――死ぬのはお前だ」

 奥の和室からいずみが長弓を構え、鋭い目で砕焔を睨んでいた。

「小子――」

 砕焔は頭、肩、そして胴体の順にゆっくりとこちら側に振り返る。

 ぐさりと奥まで刺さった矢から、帯状の紙が蛇のように沸き出てきた。

「ヌンッ」砕焔が腕を押えた。

 香奈枝からもらった鍾馗符だ。いずみは矢の先端に護符を結んで放っていた。鍾馗符はみるみるうちに長細くなり、砕焔の腕に絡みつき、そのままきつく縛り上げた。

「ヌグググッ」

 生きた蛙を踏みつぶしたかのようなグシャッっとした音が鳴り響き、砕焔の右腕が切り離され床に落ちた。

「古道さんっ! 今です! 鍾馗眼を! この世界なら月がなくても大丈夫です!」

 兎我野が首を押えながら叫んだ。

「はいっ!」

 恵子は持っていた鍾馗眼を構え、砕焔に標準を合わせ、シャッターを切った。

 途端、レンズから出てきた緑の塵が形を成し、砕焔よりもさらに一廻り大きな鍾馗神が現れた。その姿は、いつもより大きくはっきり見えた。

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