第3話前編 紅の女王、あるいは渚のドリルお嬢様
耳障りな金属音、最後に墜落の衝撃よりも激しい揺れ。そして火花。
しかもこの自由落下の感覚、おそらくだが脱出ポッドが再び宙に舞っている。
「――ッ!」
痛い。今の揺れでコクピットの壁に頭をぶつけた。
ともかくここは狭すぎる。
「訳は分からないが、敵だな……!」
ケイオスハウルの両腕で力任せに脱出ポッドの装甲を引き裂く。
「飛べえええええええええええええええ!」
下半身のホバークラフトから、俺の叫びに呼応して爆炎が吹き上がり、ケイオスハウルは飛行しながら脱出ポッドを離脱。
俺の眼の中にはアズライトスフィアの美しい風景が飛び込んできた。
何処までも続く蒼穹、そして蒼海。
成る程……アズライトスフィアという名前に違わず、蒼い蒼い無限の世界だ。
いやしかしそれにしても――――
「飛ぶんだ……」
「いや、君が飛ばせといったんだが?」
何言ってんだこいつ、まさか本当に飛ぶとは思う訳無いだろうが。
「それはそうとサスケ、我々を攻撃したのは恐らくあの小型エクサスだ」
「小型エクサス?」
「右下を見ろ」
チクタクマンに言われるままに右下を向く。
「あいつか」
波に揺れる真紅のエクサス。
そうか、俺達を攻撃したのはあいつか。
チクタクマンの説明によればエクサスは上半身が人型で下半身がホバークラフトなのだが、あの赤いエクサスは少し違う。
第一印象はガン○ムに出てくる○グロだ。なんで異世界に明らかにそっくりな作品が有るんだろう。俺以外にも地球出身の人間が結構居るのか?
見たところ、ホバークラフトに機銃付きの作業用アームを二本、中央には小さな頭部をつけただけの簡単な作りだ。
だが船体の左右にマウントされた巨大なドリルが、その赤い機体を異形として印象付けている。
おそらく俺達の即席脱出ポッドを破壊したのはアレだろう。
「サスケ、右腕のガトリングを使え。先ほどの戦いで便利だと学習したから装備させておいた。着水まであと三秒、二、一……」
着水、姿勢安定、ケイオスハウルの右腕を構えて真紅のエクサスに向ける。
さあ……質量、速度、物量で徹底的に叩き潰してやる!
「喰らえ――」
しかし俺が鋼鉄の嵐を投げつけた瞬間、敵の赤い機体は思わぬ機動を見せた。
「――消えた?」
なんと俺の目の前からあの赤い機体は姿を消したのだ。
「サスケ、後ろだ!」
振り返る時間がもったいない。
咄嗟に右に身を躱した。
ところが次の瞬間には何かがケイオスハウルの右腕を掠って、ガトリング砲の砲身が真ん中からねじ曲がる。
おかしい、俺から見て右側に回避をした筈なのに、何故右半身に攻撃を受けた?
かわしそこねて左半身に攻撃というならまだわかるが……。
「まさか……」
そうだ。
俺の推測が正しければ……俺達があと少し早く反応していたら、あとすこし早くケイオスハウルが動けたら、ケイオスハウル中央に有るコクピットの中に居る俺が粉微塵になっていた。
相手はケイオスハウルがもっと早く動くと予測して、しかもそれに余裕で対応出来る速度が有る相手だ。分厚い装甲を持っているが動きの重たいケイオスハウルには厳しい相手だ。
「サスケ、後ろだ」
背後を振り返る。
赤い機体がドリル付きのアームを二本振り回している。
なんだあれ。
なんだあの荒唐無稽な絵面。
もしかしてあのアームをさっきまで折りたたんでいたのか。
俺の反応速度よりも早くアレを展開して殴りかかってきていたのか!?
「どうやらこちらの出方を伺っているみたいだぞ」
「そんなことは分かっている……!」
俺が知りたいのは、なんであんな馬鹿げた存在と同じ世界に俺が居るかってこと。
そして俺はどれだけ非常識に巻き込まれなくちゃいけないのかってことだ!
とはいえこれは実にならない質問だ。後回しにしよう。
赤い機体は今もケイオスハウルの周りを囲むように高速で回転している。
油断はできない。
「ともかくこれで分かっただろうサスケ? この星の人間は基本的に強い。邪神にとって脅威になりつつある」
「よく分かった。アズライトスフィア人怖い。修羅の国だここ。でも俺は何をされたんだ? 超高速で攻撃されたこと以外何もわからなかった」
「アンビリーバボーなことに敵はドリルバンカーをケイオスハウルに掠らせたみたいだ」
「ドリルバンカー?」
「あのドリルだが、私が見たところ打突の瞬間に電磁気力で推進力を回転力を爆発的に増加させている。だからドリルでありパイルバンカーでもあるんだ」
俺は兵器に詳しくないがそれは過剰火力という奴なのでは?
……というかエクサス相手に使うべき武器じゃないよねそれ?
「でもそれを掠らせたのか? 直撃させたほうが強いだろ」
「機体をぶつけると反動が危険で、ドリルを突き刺すと抜けなくなる。だからドリルを僅かに掠らせることで我々を削ったんだ」
人間業じゃねえ。
「チクタクマン、お前だったらあの攻撃に反応はできるか?」
「ああ、私によるオートパイロットならば咄嗟に防御姿勢はとれるかもしれないが、それだけでは勝てないだろうね。何故なら君が動かさなければケイオスハウルは本来の力を発揮できない。」
「どういうことだ?」
「これは君の魂を糧に動く私の身体だ。私一人だけでは何時か涸渇する。君の反応速度のステータスくらいなら魔術で強化できるから素直に君が頑張り給え」
魂で動くとかそんな不穏なこと聞いてないぞ!
本当に大事なこと言わない神だな! 楽しんでるだろこいつ!
だが今更泣き言も言えないか……畜生。
「そうか、どれくらい強化できる?」
「そうだな……身体能力、反射能力、知性、五感、どれか一つだけなら我々邪神に匹敵するレベルの能力を貸し与えよう」
貸し与えるか。
ふふ、すごく正気度が削れそうだな。
「今は要らない。しばらく敵の警戒をやっておいてくれ」
「良いのか? それは勝利に繋がると思えないんだが」
「構わない。知恵ならばお前に借りなくても済む程度の蓄えがある」
「オーケー、だったら防戦に移ろう」
状況を再度確認する。
まずはあの赤い機体。
おそらく小型化によって被弾リスクを軽減し、さらに装甲を捨てて一撃離脱に特化した機体ということか。
続いてパイロット。
神話生物が操る宇宙船の墜落という事件に対していち早く派遣された腕利きか。
経験、実力、共に秀でたベテランと見るべきだろう。
ならば理性的に対話をすることも出来るはず。
いや、待てよ?
経験実力共に豊富なベテランがあんなリスクジャンキー御用達の魅せプレイ専用機体に乗るか?
「サスケ、いきなりだがあの機体から音声通信を要求された。受けて良いか?」
丁度良いタイミングだ。正直言えば少し怪しいが、あのパイロットの正体も気になる。
「交渉で戦闘を回避できるならそれに越したことはない。受けてくれ」
「オーケー。途中で私と会話したくなったら君の左腕の時計を口元に近づけると良い」
「何故だ?」
「君は通信相手に独り言を呟く狂人と思われたいのか?」
この台詞から推測すると、妖神ウォッチを口元に近づければ俺とチクタクマンの会話は他の人に聞かれなくなるようだ。
「了解、指示に従う」
「オーケー、それでは通信を開始しよう」
視界の右下にSOUND ONLYと書かれた小窓が表示される。
これが無線通信中を表すサインか。
「ごっめんあそばせー! そこの所属不明機、この通信が聞こえるなら返事なさい!」
「女の子!?」
今のは間違いなく(若干馬鹿っぽい)女子の声だ。
俺と同じくらいの年頃だろう。
それであの実力なのか? 強すぎるだろアズライトスフィア人!
「あらあら、人間ですのね! 素敵ですわ! 本当に素敵ですわ!」
「話が通じるなら丁度良い! 武器を収めてくれ、こっちはミ=ゴに攫われたんだ! 決して邪神や神話生物の類じゃない!」
「ミ=ゴ?」
「あの宇宙人のことだ!」
「なんですのそれ?」
「エビみたいな宇宙人を見たこと無いのか?」
「エビみたいな……ああー、あれですわね。知っておりますわ知っておりますともそんな名前は存じ上げてないのですけど」
「……どういうことだ?」
俺と彼女の間に知識の相違がある。
もしかしてこの世界の人間は邪神についての知識が少ないんじゃないか?
「ジャスタモーメント! それについては私が説明しよう」
「チクタクマン、声が大きい」
「安心しろ、私の声は彼女には聞こえない。良いかサスケ、この世界にはラブクラフトもクトゥルフ神話も無い。君が言うところの神話生物もこの星独自の名称が使用されている」
「成る程、それでこういう会話の齟齬が起きる訳か」
「これについては君に施した翻訳用の魔術の術式を変更して補おう」
俺の左腕の妖神ウォッチが緑色に輝く。
これで翻訳の精度が少し上がった訳か。
今ならミ=ゴがミ=ゴで通用するんだろうけど……。
「だがちょっと遅かったな」
「なに?」
今のミ=ゴに関わる会話だけであの少女は不信感を抱いた。
そして今までの行動から推測すればあの少女がとる行動はひどく簡単に推測できる。
親父が言っていた。
感情という初期条件を考慮に入れつつ、理性を働かせて推測すれば、人間の行動は必ず予想ができると。
つまり今俺が何が言いたいかというとだ。
「貴方の言い分は理解しましてよ。ですが怪しすぎるのでまずは殴り倒してギルドまで引きずることにしましょう」
「ギルドに連れて行かれたらどうなるんだ?」
「そりゃもう運が良くても軍の預かり、悪ければ軍のモルモットですわよ。お覚悟は宜しくて?」
「成る程、全く良くねえ」
こうなるだろうと思ったよってことだ!
「サスケ、誤解だと説明しなくて良いのか?」
チクタクマンはどうも事態が飲み込めていないらしい。
それにしても人間の心情については疎いというかなんというか。
ニャルラトホテプの中でも人間と縁遠い化身だからなのか?
「おそらく無駄だ。チクタクマンの説明が正しいならばこの星の人間は侵略者慣れしている。怪しい奴は殴ってから調べようとするんじゃないか?」
「成る程、戦闘が当たり前になる訳か」
「これは憶測だけど、まあ間違いなくお前の仲間達のせいだぜ?」
「文句は良いが、彼女に撃破されてギルドとやらまで連れて行かれると我々の立場は危ういぞ?」
「安心しろ、多少無理をすることにはなるが策なら既に用意した。コントロールを俺に回せ。あと魔術で俺の反射神経を強化しろ。ペイバックタイムだ」
やるしかないからやってやるさ。
「オーケー! ユーハブコントロール! 上手くやれよ!」
頭の中が澄み渡る。
世界の時間がゆっくりと流れている。
チクタクマンの強化魔術は的確に効いたらしい。
その間にも赤い機体は速度を増し、稲妻のようなジグザグ機動を描いて襲い掛かってくる。そうか、ジョ○ーか。今度は○ョニー・ライデンのつもりか?
「其処の素敵な湖猫さん、できれば死なないでくださいね。生け捕りじゃないと報酬が減ってしまいますもの」
紅の機体がトビウオのように海面から跳ね上がる。
今だ。
本当に勘弁して欲しいけれどもここで逃げてはいけない。
ケイオスハウルを前進させる。
「正気かサスケッ!?」
……説明は省いたけど、雰囲気で察してなんかマジカルなアレで守ってくれよチクタクマン。
信じるぞ。
「今か」
迫るドリルバンカー。
あいつは俺の機体にあの凶暴な螺旋槍を掠らせなくちゃいけない。
逆を言えば、直撃させたら相手もやばい。
だから俺はあのドリルを自らに直撃させる為にケイオスハウルを前に出した。
「うそっ!?」
少女の間抜けな声が聞こえてくる。気分が良い。
ドリルバンカーはケイオスハウルの右脇腹に直撃。
だがこれはケイオスハウル自身の装甲の分厚さによって止められる。
「なんだ、そのバカドリルは飾りか何かか? 戦士気取りの
「カッチーン! やってやりますわ! ローレンツですわ! 超電磁投射ァッ!」
台詞の馬鹿さ加減とは裏腹にドリルが急加速。
回転と速度の二つを合わせてケイオスハウルの腹部装甲を撃ちぬいた。
熱い。
自分の腹をえぐられたような痛みが一瞬だけ走ってすぐに消える。
チクタクマンが痛みを消してくれたのだろう。
「グゥウッ!」
ドリルはコクピットを抉って俺の頭の右横を通り抜けた。
続いて機体が大幅に揺れる。
衝撃でメインカメラが壊れ、視界が黒に染まる。
爆音のせいで耳が聞こえない。片耳の鼓膜が破れたかもしれない。
チクタクマンが痛みを抑えてくれているのか不思議と痛くない。
「ケイオスハウルのカメラから電子義眼に映像を切り替える」
視界が再び開く。
今度は俺の眼だ。
コクピットが壊れたお陰で俺の眼でも外の様子は分かる。
狙い通りだ。
「……捕まえた」
ケイオスハウルは自分に突き刺さったままのドリルを脇腹で抱きかかえる。
これだけの衝撃だ。
相手のパイロットは勿論、機体もしばらくはまともに動かない筈である。
今の内に敵の機体を破壊してあの女を確保してやる。
「なんですのこれ!? ちょっとなんですのこれ!?」
馬鹿な。何故元気なんだあの女。ゴリラかゴリラだなゴリラに違いない。
チクタクマンが人間とか言ってた存在はきっとゴリラなんだ。本能覚醒ゴリラゴリラゴリラさんだ。
考えてみれば邪神に人間と猿の区別がつかないなんていかにもありそうな話だ。
そうだ。ゴリラが相手だと思って戦えば落ち着ける。
俺のこれからやるべきことだって至ってシンプルだ。
「うらあああああああああああああああああああ!」
ケイオスハウルの腕力に任せてドリルのついたアームをへし折る。
やはりこの機体に比べればそこまで丈夫なアームではない。
だがまだこれで終わりではない。
次の一撃が来る。
「まだまだですわ!」
赤い機体はもう一本のドリルを突き出す。
胸部にある時計の刻印からチクタクマンがやっていたようにハウリングエッジを召喚。
左腕一本で振りぬいてもう一本のドリルが付いたアームを叩き斬る。
主兵装を奪われて既に満身創痍。
無茶な機動をした負荷でパイロットだって幾らなんでも無事ではない筈だ。
説得をするなら今か。
「聞こえるか? 赤い機体の女、お前の負けだ。諦めて投降しろ」
「うっそぉ……こんな素敵な展開があるなんて! どうにかなってしまいそうよ!」
蕩けそうな甘い声をあげる少女。
もしかして無事なんですか?
「お、おい! 少し話を……」
「……でも!」
でも?
「すっごく!」
すっごく……ああこれ駄目なやつだ。
「燃えてきましたわああああああああああああああ!」
知ってる! そういうこと言う奴なんだよね君は!
短い付き合いだけど十分理解したよ!
赤いビ○ロもどきの機銃付き作業用アームが唸りを上げる! 上げた! クソっ!
「ガルヴァアアアニエンジンッ! フルッ! ドラァァアイブッ!」
真紅のエクサスの頭部パーツに着いたモノアイが不気味な赤光を放つ。
作業用アームに備え付けられた機銃がモィイイモィイイと駆動音を上げて俺に銃口を向ける。
ケイオスハウルの機体じゃない。
コクピットの中に居る俺自身を狙っている。
「最高ですわ! 素敵ですわ! 貴方みたいな人待ってましたの!」
「じゃあ撃つなよ! 普通に死ぬぞこんなの!」
「それが良いんじゃない! 生きるか死ぬかが一番燃えましてよ! でも死なないでくださいね! 超えて下さいますわね? ワタクシを迎えに来てくださいますわねええ!!」
銃口に青いプラズマが走り、光が俺に向けて――――
「―――――ザッティズィット! そこまでにしてもらおう!」
チクタクマンがそう叫ぶと同時に、○グロもどきの表面に青い火花が走る。
「に゛ゃああああああああああ!?」
赤い機体は主の悲鳴と共に完全に動きを止めた。
どうやら俺はまたも邪神に助けられてしまったみたいだ。
俺は安堵と困惑を込めて一つ溜息を吐いた。
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