みんなで紡ぐ物語 02

 コンビニに到着すると、自転車を止めるスペースの傍に立つツキコの姿が目に入る。


「お待たせ」


「やっほー」


 俺に気づいたツキコは小さく手を振ってきた。飼い主を見つけた子犬の尻尾のように小刻みに揺れる両手を見て、俺はいつも通りのツキコがそこに居る事を実感する。


「ちょっと飲み物買ってくるから待ってろな。お前は何がいい?」


「シュワシュワしたのがいいなー」


「サイダーでいいか?」


「うんー」


 店内でペットボトル入りのサイダーを二本購入した俺は、そのうち一本をツキコに手渡した。


「ありがとー。秘密基地まで、歩いて行こっかー」


「おいおい、今から体力使っても大丈夫なのか?」


「私ってば魔法少女になってから、歩くくらいなら全然疲れなくなったんだよー」


「俺は殆ど常人のままなんだけどな……。まぁ、いいや」


 俺達は互いに同じサイダーを持ち、秘密基地へ向かって歩き出す。


「ねぇねぇ隊長隊長」


「なんだ?」


「最近、よく私達のステータス画面見てるでしょ?」


「あー……画面開くたびに分かるんだっけ?」


「うんー。隊長と目を合わせているみたいー」


 俺は管理者としての責務を務めるために幼馴染達のデータを頻繁に確認しているだけであり、別にいやらしい気持ちなんてほんの少ししか無いのだが、女子的に考えるとあまり気分のいいものでは無いのかもしれない。


「うぅむ……その……嫌か?」


「ううん。ずっと見てくれてるって感じがするから、私は好きだよー」


「そ、そうか……」


 とりあえずツキコには嫌がられていないようだ。内心俺はホッとする。


「ねぇねぇ、私達ってばちゃんと成長してるー?」


「おう。みんな最初の頃より、二割ちょっとくらい基礎能力値が上がってるぜ。必殺技や連携も覚えてきたから、確実に強くなっているはずだ」


「へー。それじゃあ、今回戦う敵さんには勝てそうー?」


「うぅむ、俺達だけだとまず無理だろうけど、今回はサスライが居るからな」


「あー。ヤヨイちゃん、とっても強いからねー」


「ああ。俺達がヘマしなければ倒せるはずだ。今度こそはちゃんとしねぇとな……」


「うん。そうだね……」


 返事をした後で、ツキコは少し考えるような素振りを見せた。ツキコはネプリフォーリオとの戦闘で自分が最初に戦闘不能になった事に、そしてそれによってクウの命が危険に晒された事に随分と自責の念を持っている。


 これはツキコに限った話ではない。ヒナタも、クウも、そして管理者である俺も、全員があの時感じた無力感に抗おうと、ここ数日間必死だったのだ。


 俺達は無言のまま、人気のない山道へと進入する。


「ねぇねぇ隊長ー」


「なんだ?」


「覚えている? 私と隊長が初めて仲良くなった時の事ー」


「……ああ。お前が転んで怪我してた時な」



 小学校二年生の帰り道、俺は足が痛くて歩けなくなっているツキコを道端で発見した。その時のツキコは泣いてばかりでずっと立ち上がろうとしなかったので、しょうがなく俺はツキコを負ぶって家まで送り届ける事にしたのだ。



「よく覚えているぜ。なんせ送った先が凄ぇ豪邸だったからな」


「あの時ね、うちのお母さんってば、ツキコに王子様が現れたって凄く喜んでたんだよー」


「うへ……。随分と庶民的な王子様だな……」


 俺はその表現に照れくささを感じて視線を外した。ツキコは反対に、嬉しそうに俺の顔を覗き込みながら話を続ける。


「だからね、その時からずーっと、隊長ってば私にとっては王子様なんだよー」


「やめてくれよ恥ずかしい」


「えへー。だから今度は、お姫様抱っこしてねっ」


 揶揄からかうツキコの言葉に思い当たる事があって、俺はハッとする。


「……あっ! てかお前、いまだにおんぶとか抱っことか言ってるのはそういう事なのか?」


「えへへー。ばれちゃったー?」テヘー


「……まったく……」


 俺達は宇宙人に誘拐された場所を通り過ぎ、秘密基地の傍まで辿りついた。


「どうする? 暗いけど秘密基地の中まで入るか?」


 俺がそう尋ねるとツキコは。


「ねぇねぇ、今日はあっちの方行こっかー」


 と言って高台の方を指差した。秘密基地のある山の高台からはこの街が一望出来る。外はすっかり暗くなってしまったので、夜景を見るには丁度良い頃だろう。


「おう、分かった」


 高台まで移動すると、二人は見渡しの良い場所に並んで座る。


 輝く街灯や、行き交う車のヘッドライト。俺達の眼下では小さな光の粒が忙しなく明滅を繰り返している。これが俺達の生まれ育った街。そして、これから俺達が守ろうとしている街、姫結衣市である。


「綺麗だねー。こんな時間に街を見下ろすの久しぶりかもー」


「そうだな。花火大会の時も結局この辺まで辿り着けなかったしな」


「なんだかさ、このまま宇宙生物退治もサボっちゃいたいねー」


「サボっちゃいけませんよ」


 随分とリラックスしているように見えるツキコに、俺は注意を促す。


「えへへー。ねぇねぇ隊長、私達がこのままサボっちゃったらさ、本当にこの街が駄目になっちゃうのかなー?」


「どうなんだろうな? 一回くらい宇宙生物を逃しても、それだけで街が壊滅するって訳じゃないと思うぜ。まぁ多分、死人が出ちゃうと思うけど」


「ふーん」


「それに例え俺達がサボっても、サスライなら一人で何とかしちゃうかも知れないけどな」


 俺がそう言うと、途端にツキコは表情を厳しくした。


「あーっ! 駄目駄目っ! やっぱりサボっちゃ駄目だよっ!」


「何なんだよ急にっ。情緒不安定か?」


「だってヤヨイちゃん、もし私達が行かなくても絶対一人で無理しちゃうからー」


 確かに。

 サスライとは出会って間もないが、その様子が容易に想像出来る。


「やっぱ無理してんのかな? あの子」


「うん。ヤヨイちゃんってば昔のクウちゃんみたいだもん。きっと一人で悩んで、一人で抱え込んじゃうタイプだよー」


「あー。昔のクウなぁ……」


 俺達は昔のクウの事を思い出していた。

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