(5)
週末。俺は、姉貴とフレディを別々に自宅ディナーに誘った。二人には、メンツの話は一切していない。単に晩飯を食いに来いと行っただけ。炊事が嫌いな姉貴は二つ返事でおーけー。フレディも、久しぶりに俺のところで飯が食えると喜んで出てくるそうな。これで舞台は整った。
先にフレディが酒を下げてやってきた。妊婦のひろに飲ませるわけにはいかないから、俺が全部飲むとおちゃめなことを言って。
それから少しして、姉貴がやってきた。フレディは姉貴が来たことにびっくりしていたが、一人がしんどい姉貴にはこういう賑やかな席も必要だと思ったのか、特に訝ることもなかった。
俺は全員が着席したところで、口上を述べる。
「今日は、我が家のホームパーティーにご参集いただき、まことにありがとうございます」
「おい、みさちゃん。えらい堅い言い方だな。いつも通りざっくばらんにやろうぜ」
フレディがぶつぶつ言った。
「まあ、そう言うない。流行りの小説なら、謎解きはディナーの後でってことになるんだけどさ。ちょいと前倒しで、飯前にやりたい」
「はあ?」
フレディも姉貴も、変な顔をした。
「謎解きぃ? なにそれ?」
姉貴が首を傾げる。だが、フレディの反応は違った。真剣だ。
「分かったのか?」
「ああ。ばっちりだ。だが種明かしの前に……」
俺は、ひろにウインクする。ひろがさっと手元のリモコンを操作して、室内の全ての明かりを消した。いきなり部屋が真っ暗になって、狼狽する姉貴とフレディ。
「お、おい!」
その隙に、俺は並んで座っていた二人をロープで素早くぐるぐる巻きにした。
「ほわっつはぷん! (な、なんだ!)」
フレディが慌てる。
「はっはっは。ちょい待てって」
ひろが、部屋の明かりを点けた。カラフルなふりふり付きのフラワーロープで幾重にも巻き付けられた二人が、怒り半分困惑半分という表情で俺とかみさんを見てる。
「まあ、ちょい窮屈だろうが、そのままの姿勢で聞いてくれ」
「いい加減にしろ!」
フレディが青筋を立てて怒った。
「フレディ。俺に依頼した内容を忘れたか?」
「う……」
「俺は、フレディの依頼を受けて謎を解いた。しかもただ働きだぜ。このくらいのご利益は寄越せよ」
「むぅ」
「姉貴のもそうさ。ちゃんと解決させたんだ。そっちもただ働きだからな」
「こんな……おふざけ」
姉貴が抗議したけど、速攻言い返す。
「おふざけ? ふざけんじゃねえ! 俺はまじめだ!」
俺は席に戻って、表情を緩める。
「まず。こんなに解決まで時間がかかったのは、俺が探偵だからだよ。もしひろが俺と同じ状況を見たら、たぶん俺よりずっと早くに気がついただろう」
ひろが首を傾げた。
「え? どういうこと?」
「いや、簡単なことさ。探偵には守秘義務がある。俺は、全く同じタイミングで、フレディと姉貴から同じ内容の調査依頼を持ちかけられていたんだ」
「えええーーーっ!?」
三人が大声を挙げて驚いた。
「つまり、フレディは先々週から急に誰かの監視の視線を感じるようになったと俺に訴えた。だが、それは元軍人のフレディだから気付くごく微弱なもの。自分に敵意をぶつけるような嫌な感じではないと、そう言った」
「ああ」
「同じ日に、今度は姉貴から俺に依頼があった。つけられてる気配がある、と」
「うん」
姉貴が頷く。
「姉貴のケースは、フレディとは逆だ。鈍感な姉貴でも分かるくらい、強い視線が姉貴に向けられている」
「そう。なんかね……怖くて」
姉貴は、ふっと一つ息を吐いた。
「俺がその時に、フレディと姉貴に二人の依頼をオープンにしていれば、謎解き以前だよ。だけど、俺はそれを二人には言えなかったのさ。あくまでも別個の依頼である以上、それは他者には漏らせない。それが探偵だからな」
「ああ。確かにな」
フレディが同意する。
「そして、こんがらかったもう一つの原因は古田さ」
姉貴もフレディも、険しい表情になった。
「そもそもあいつが姉貴の周りをうろちょろしたことが、全ての元凶だったんだよ」
「うむ」
「だから、もつれた話の中身から、古田っていう因子を取り除いてやれば、話がすっきり見えてくる」
俺は、椅子に深く座り直した。
「まず。そもそもから話をする。姉貴が、古田との交渉でお世話になった三中さんとフレディに挨拶に来るまで、フレディも姉貴も、妙な気配は感じていなかった。当たり前だが、ど素人でも挨拶の時に何か化学反応が起きたって考えるだろう」
俺はゆっくり二人を指差した。
「好意っていう化学反応がね」
ぼっ! その途端に、二人が真っ赤っかに茹だった。それをひろがくすくす笑いながら見ている。
「だが、二人とも男女関係では大きな傷を抱えている。フレディは最初の奥さんとうまく行かず、一方的に見捨てられた。姉貴は自由人で束縛を嫌う。まともに男と付き合ったことがない上に今回の事態だ。恋愛プロセスふっ飛ばして、出来るものだけが出来ちまった」
俺は、姉貴の腹を指差した。
「だから、二人ともどうしても腰が引ける。ストレートなアプローチが出来ないんだよ」
フレディと姉貴が揃ってでかい溜息をついた。
「だが、俺は最初から気付いてたぜ。滅多に……っていうか、俺が知る限り、フレディが女性の容姿を褒めるのは初めてだ。俺は仰天してたんだよ。女性不信の強いフレディにしては、珍しく高評価だったんだ」
「ぐ……」
「そして、姉貴も珍しく逃げた。ぼよよんで空気を読めない鈍感姉貴が恥じらった。フレディの前では照れたんだ」
「おわ!?」
フレディがのけぞって驚く。姉貴は真っ赤っかだ。
「うう……」
「ただな。俺はその時はまだへえーと思っていただけだったのさ。二人がそれを受けて何か行動を起こすなんて何も予想していなかったから」
二人が、真剣な眼差しで俺を凝視する。
「そして、最初の出会いから三日経って、それぞれから視線を感じる、それが誰かを明かして欲しいという依頼が来た。先に動いたのは、フレディ。あんただ」
フレディがじっと俯いた。
「フレディは、姉貴が古田に付きまとわれていたことを三中さんから聞いていた。三中さんは古田の行状を知って、Xデイの前々日に古田に引導を渡してる。普通なら、それで古田が姉貴に絡むことはもうないはずさ。だが、フレディは心配性だ。前のスーパーの男みたいに、制御の効かなくなった古田が姉貴に何かしでかすんじゃないかと思って気が気でなかった」
「ああ」
フレディが白状した。
「その通りさ」
「だから、姉貴の出勤、退勤の時に警護に出向いて、姉貴の近辺に古田の気配がないかどうか、鋭い視線を飛ばしながら確かめてたんだよ」
「あ!」
姉貴が絶句する。
「そ、それで」
「そう。姉貴が感じていた威圧感は、姉貴に向けられていたんじゃなくて、姉貴に近付こうとする古田を牽制するものだったんだ」
「あ……」
「そして、姉貴はフレディにアプローチしたくても何も手がなかった。でも、姉貴の会社はJDAに近い。直接話をすることは出来なくても、顔を見るくらいなら出来るかも。そう考えた。それで、毎日佐上駅で十分だけ使ってフレディが社屋から出てくるところをこっそり見てたんだ」
「それで……か」
フレディが何度か頷いた。
「それで、視線に刺がなかったのか」
「まあね。フレディはいつでも絶対に自分の警戒心を解かない。きんきんに張り詰めてる。その状態なら、視線が好意から来るものだなんて想像すら出来ないのさ。不安感にしかならないよ」
「む……」
「今、姉貴には何も楽しみがない。生まれてくる子は自分の望んだ子じゃないし、でもその子のために自分の生活を全部矯正しないとならない。どこかに夢を見られる要素が必要だったんだ。それがフレディだったってことさ」
「だが、なんで俺なんだ?」
「さあ、そいつは後で本人から聞いてくれ。先に行く」
俺は、フレディの詰問をさっと遮った。ここで止められるのは困る。
「まあ、フレディと姉貴が視線を感じるとした時間。それを重ねあわせて見りゃあ、一発だったんだよ。朝はともかく、夕方はどんぴしゃりさ。残業をしないフレディの退勤時間はいつもほぼ同じ。姉貴も、今は妊婦だから定時退勤だ。そして、退勤の時間は姉貴の方が少し早い」
「なるほど……」
「姉貴が退勤して佐上駅について、その五分後くらいにフレディが社屋から出てくる。姉貴は、付き添ってくれてる社の人に十分だけ時間をもらってそれを見にいってたってことだ」
「うん」
「そして、今度は駅に戻った姉貴を尾行してフレディが姉貴を警護する。社の人が一緒にいる時には、かなり遠くから見ていたはず。それでも、姉貴に何かあればすぐに飛び出せる距離にはいたはずさ」
「ああ」
「そいつが分かるまでだいぶかかったんだ。決め手になったのはフレディの身辺を見張るためにもらった三日の猶予期間だ」
「それのどこが?」
フレディが不思議そうに俺を見た。
「当たり前だと思うけど、フレディは自分の感情や行動を俺には覚られたくない。つまり俺が密着している間は、姉貴の監視が出来ないのさ」
「あ……それで」
姉貴が納得した。
「その三日間は、何も気配を感じなかったのかあ」
「朝もだろ?」
「そう」
「俺がフレディに密着していたから、フレディは朝のお勤めも出来なかったってことなんだよ」
フレディが苦笑いする。
「俺が自分で墓穴を掘ったってことか」
「そりゃあ、しゃあないさ。フレディは姉貴が自分を見に毎日来てるってことを知らなかったからな。んで、姉貴は俺が三日間フリーになっていることを知らない。だから姉貴のアクションは変わらなかったんだ」
「それで視線が途切れなかったのか」
「そう」
俺は体を乗り出す。
「ここで、俺はやっとフレディと姉貴の行動パターンが読めた。それで、最後に一日使ってそれを確かめたんだ」
「どういうことだ?」
「ひろを病院に連れていくから、今日は休む。俺はフレディにそう言って休みをもらったろ?」
「ああ」
「俺がいない、そして俺がフレディや姉貴にアクセス出来ないという状況を作れば、フレディは安心してこれまでの姉貴に対する警護活動を再会出来るってことさ。俺はそれだけ確かめればいい」
「わたし……のは?」
「姉貴のなんか見え見えだもん。最後はこっそりじゃ我慢出来なくなって、三中さんをダシに使っただろ?」
「わあっはっはっは!」
フレディが顔をくしゃくしゃにして笑った。
「はっはっは! そう言うことだったのかあ」
姉貴は、また真っ赤っかになった。
「うひぃ」
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