(2)
「あの」
「はい?」
園長さんが、聞いてもいいものかという感じで質問。
「中村さんは、なぜそう考えたんですか?」
「跡継ぎにこだわっている資産家ならともかく、自宅に妾を囲うようなやつは子供なんか絶対に作らせませんよ。子供はあらゆる面で足かせになるから。もし妾が妊娠しても必ず堕ろさせるでしょう。でも、田中は逆。妙に子供にこだわってる。それは、おかしくありません?」
「あ!」
「つまり、田中の個人的嗜好だけでやらかしてるとはとても思えないんです。そしてね、田中の行動には、計画性を臭わせる不自然さがいっぱいある」
ぐるっと三人を見回す。
「そもそも、なんで佐伯さんを雇用したの? そこからすでにおかしいんですよ」
反応は三人三様。でも、まだ誰も背景が見えていない。驚くなよ。
「田中のところに家政婦を入れる事情が本当にあったとしても、それが佐伯さんになるってことは、本来絶対にありえないんです」
身を乗り出して、園長さんと勝山さんを交互に見る。
「ねえ、お二方がもしご自宅に家政婦を入れるなら、未成年で就労経験のない孤児を雇用されますか?」
「あああっ!」
弾かれたように、二人が立ち上がった。
「あ、ああ、そ、そうか……」
「そうよね」
「でしょう? 佐伯さんは、孤児ゆえに親という身元保証人を得られない。未成年で就労経験もない佐伯さんには、社会的信用が全くないんです。どのような人物か全く分からないのに家の中に住まわせる……資産のある金持ちほど、絶対にしないことでしょう?」
「ええ」
「じゃあ、その起こり得ないことがなぜ起きたか」
勝山さんと園長さんが、心配そうに佐伯さんを見つめる。佐伯さんは、完全に萎れていた。
「私は、まだ佐伯さんに詳しく身上を伺っておりませんが、肉親が亡くなった後で後見人を名乗り出た親族を称するやつがいて、そいつが田中の家で家政婦をしたらどうかと持ち出し、雇用時に身元保証人になったんじゃないかなーと。どうです?」
佐伯さんが、力なく答えた。
「はい……。ママの叔母さんという人がお葬式に来て」
「佐伯さんは、亡くなったお母様からそんな話を聞いてました?」
「いいえ。ママは自分のことしか話をしなかったので」
「その叔母さんという人には、今でも連絡が取れますか?」
「いいえ」
「やっぱりね」
ふうっ……。
「佐伯さんのお母様は、水商売をされていたんじゃないですか?」
「……はい」
「その頃から、もう目を付けられてたってことですね。お母様もあなたも、まんまと連中に嵌められたということです」
「えええっ?」
園長さんと勝山さんが顔を見合わせた。
「お母様にも身寄りがないんでしょう。当然、佐伯さんもその立場を引き継いでしまう。孤児の子女は、その親以上に孤立するんです。親が亡くなってしまうと、まさに天涯孤独。社会的な立場が弱くなるっていうだけじゃない。精神的にも追い詰められ、冷静な判断ができなくなる」
「う……はい」
「そういう追い詰められた状況下で、誰かが佐伯さんを後見しますよと言えば、必ず『後はよろしく』になってしまうんです。そして、事実そうなってしまった。しかも、どこにも拠り所のないあなたは、それに嫌だと言えない」
「じゃあ……」
「そこまで佐伯さん親子の事情を探り出した上で、事を動かしてるやつがいる。計画的な、しかも個人ではなくもっと大きな組織がやってる犯行ってことです」
いきなりヤバさ爆裂になった話に、三人揃って引きつってる。
そう。田中を手先に使ってる組織は、現地エージェントの養成が目的だったはず。対象がピンポイントに佐伯さんということではなく、同じように身寄りのない境遇の人たちをサーチし、常にエージェント候補者としてリストアップしているということなんだろう。
ただ、取り込んだ候補者をエージェントに仕立てるには、いろいろなハードルがある。エージェントとしての適性がなければ、最悪の場合『消去』しなければならない。取り込んだ候補者に子供を産ませることも、その子供込みでリリースすることも、本来の筋からはひどく外れるんだ。そこに整合性がない。
つまり、孤児の佐伯さんを田中の家に引きずり込んで表から消したところまでは、組織の論理で動いてる。だが、子供を産ませて云々の部分はどう見ても田中のスタンドプレイなんだ。エージェントの手先としては、田中があまりに思慮の浅い小物だということが分かる。
一息ついて三人を見回し、説明を続ける。
「でもね、組織の手先で動いてる田中って男は、頭がよくない。やつの策は浅いんです。佐伯さんを家に連れ込んで飼い始めるまでは計画的だったんですが、佐伯さんを追い出すアクションから先がものすごく場当たりで、行動に一貫性がない。田中は、その矛盾をクリア出来てない」
「は……あ」
園長さんが目を白黒させてる。まあ、一般人には理解不能だろうな。
「組織が指示している部分と、田中の独断でやらかしている部分が混じっちゃってる。だから、田中の行動がものすごく不自然になったんです」
かちこちに固まってしまった佐伯さんに、いくつか質問を重ねる。
「田中もしくは、その妻だと言ってる女は、あなたを家から追い出す時に手切れ金をくれましたか?」
「……少しだけ」
「でしょうね。家政婦としての給料も、払われてなかったんじゃないですか?」
「……はい」
「ちょっと!」
園長さんが、目を吊り上げて怒りを剥き出しにした。
「そんな、バカな!」
「でしょう? でも、そうする必要があったんです」
「なぜっ?」
「田中は、佐伯さんを困窮させて、行動の自由を『物理的に』奪う必要があったんです。田中の家にいる時も、そこから出た後もね」
「く……」
「でね、私から見て、佐伯さんはそんなひどい扱いに黙って従うようなタイプじゃないです。それなのに、なぜ理不尽な環境の中にずっと居たのか。園長さん、分かります?」
「ううーん」
納得行かないんだろう。何度も激しく首を振っている。
「そりゃあ、決まってますよ。家人がほとんど不在なら、逃げ出すチャンスなんかいくらもあるはずです。それでも脱出出来なかったのは、田中以外に佐伯さんを常時監視しているやつがいたから。つまり、監視付きの監禁だったからです」
自分が狙われた事件のことを思い出したのか、勝山さんがぶるぶる震え始めた。
「当然、家を追い出された佐伯さんにずっとつきまとっていたやつも、その時の監視者たちでしょう。佐伯さんが知ってるやつじゃないと、佐伯さんは監視に気付けません。プレッシャーをかけられないからね。佐伯さん、そうでしょ?」
「うん……」
諦めたように、佐伯さんが弱々しく頷いた。やっぱりね。
「身寄りのない弱者を常時監視下に置いて、生命の危機を常に意識させ、自由意思の発露を一切認めない。それは自我をぎりぎりまで削り取って奴隷を作ろうとする連中の、常套手段なんです。でもね」
佐伯さんをぴっと指差す。
「連中が徹底してそうしようとするなら、奴隷化が完了するまでは佐伯さんを絶対に外に出しませんよ」
「そうですよね」
「そこが、最初からどうにもこうにも変なんです。佐伯さんの強い意志は、一年の監禁の間も妊娠出産を経てもまだ折れてません。チャンスさえあれば、どうにかして田中の家を脱出しようとずっと思っていた。そうでしょう?」
佐伯さんが、ぐんと頷いた。
「連中は、結局佐伯さんを屈服させることが出来なかったんです。目的未達なのに、なぜ佐伯さんをリリースするんですか?」
「あ……」
そう。田中の家を出てからの佐伯さんの行動や言動だけを見ていると、その不自然さになかなか気付けないんだ。
「それは。田中の側に、佐伯さんをどうしても放出しなければならない事情が生じたということ。計画外の事態だったので、佐伯さんが家を出てからの連中の行動が場当たりになる。そりゃそうですよ。連中には、佐伯さんの行動が一切読めなくなりますから」
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