ひろとの出会い編 第三話 チームM

(1)

 リトルバーズを出た後、俺はすぐにJDAに向かった。受け付けで名刺を渡し、案内を待つ。IDカードを胸に付けた若い女性社員が、さっと出てきた。


「お待ちしてました。所長室にご案内いたします」

「よろしくお願いします」


 フレディの部屋は知ってるが、あえて社員の誘導に従う。


 最上階の一番奥の部屋。所長というステータスがあるからそこにいるんじゃない。誰が来るのか、歩き方や話し声で気配が確実に分かる。万一フレディをターゲットにした襲撃があった場合、そいつが部屋に辿り着くまでの時間を稼げる。用心深いフレディらしい。


「こちらです」

「ありがとう」


 一礼して遠ざかっていく社員さんを見遣る。フレディは、女性の調査員をあまり採用したがらない。そして、採用されているのは容姿に特徴のない地味な女性ばかりだ。調査員が目立って得することなんか、一つもないからね。だが、彼女はかなりのべっぴんさんだ。フレディの好みと言うより、就活の時の熱意がフレディを陥落させたんじゃないかと思う。フレディの女性不信も、少しはましになったんだろうか。

 まあ、いい。でも、もしかしたら彼女にも協力してもらうことになるかもしれないな。そう思いながら、所長室のドアをノックした。


 こんこん。


「みさちゃんか?」

「おう」

「入ってくれ」

「失礼します」


 山のような書類に囲まれたフレディが、せわしなくキーボードを叩いていた。


「ごぶさたー」

「久しぶりだな。で、いきなり依頼だと?」

「そう。今回の案件で、俺は探偵を辞めるかもしれないからな。最後にヘマをしでかしたくないんだ」

「な、なんだとっ?」


 ものすごい形相で、フレディが立ち上がった。


「どういうことだっ!」

「まあまあ。いや、そんな大したこっちゃない。そろそろ……資金がショートしそうなんだよ」

「はあ?」


 フレディは、俺が究極の貧乏暮らしをしてるってことをよーく知ってる。その俺の資金がショートするなんて事態は、考えられないんだろう。


「みさちゃんの仕事に資金なんか要るのか?」

「わはは! まあ、そうなんだけどさ」


 ふう……。


「俺の生活設計は、月五万のミニマムインカムをベースに組み立ててる。それ以上の稼ぎは、将来的に事務所を自前で持つための準備資金さ」

「ああ」

「その月五万の支出が……倍以上になりそうなんだよ」


 フレディが、すぐに正解を出した。


「立ち退き、か」

「そう。古かったからね。一年以内。他に安いところを探して転居することは可能さ。でも、俺のような生活スタイルだと、どうしても生活音の問題が出る。周囲との軋轢が避けられない」

「ああ」

「もっとも安いアパートのレベルでそれだからね。それ以上なら、資金的に俺が干上がっちまう」

「俺のところにくればいいのに」

「うん。フレディの誘いは嬉しいんだけど。俺には俺のポリシーがある。それが合致しなくて沖竹を出たんだ。その時と同じ轍は踏みたくない」

「うーん……そうか」

「まだ廃業すると決めたわけじゃないさ。でも、このままならジリ貧だ。どこかで方針を固めないと、先がない」

「みさちゃんも、頑固だからなあ」

「わはは! まあ、しゃあない。これが性分なんだよ」

「で。依頼ってのは?」


 フレディが、さっと本題に戻した。


「手伝って欲しい。今回のヤマは俺には大き過ぎる」

「……珍しいな」

「まあね。いつもなら断る案件だ。そして断ろうと思った。でも……」

「でも?」

「本当にヤマがでかいんだよ。依頼人のことだけで済みそうにないんだ」

「!! 警察には?」

「最終的には、そっちになる。でも、まだファクトが何もない。それを揃えてからじゃないと警察は動けない」

「一人?」

「いや、組織されてる」

「やくざは?」

「おそらく絡んでいない。だが」

「うん」

「最後は、フレディの筋に頼らざるを得ないかもしれない」

「……軍か?」

「いや。外国人」


 フレディは、それでだいたいの流れが見えたんだろう。


「なるほど」

「午後に、俺の依頼人とそのサポーターが来る。当事者を交えて、事情説明とこれからの行動計画を練りたい」

「分かった」

「今回のは、俺からフレディへの正式依頼ということになる。打ち合わせが終わったら、契約書と関係書類を作って欲しい」

「了解」


◇ ◇ ◇


 一度JDAを出て、今度は江畑さんを訪ねた。昼時にかかっちゃったな。居るかな? 俺が署の入り口でうろちょろしていたところを、出てきた江畑さんにキャッチされた。


「おう。みさちゃん。景気はどうだ?」


 ちょうど飯を食いに行くところだったんだろう。首尾よく出くわした。ラッキー!


「江畑さん、ご無沙汰してます。今、忙しいですか?」

「幸い、今は暇ネタばっかだ。ありがたいこった」

「じゃあ、一緒に飯を食っていいですか?」

「ほう。珍しいな。いいぞ」


 江畑さん行きつけの飯屋。俺は光岡さんの件を全く口に出さず、世間話で時間を潰し、飯が終わって勘定を払う時にメモをこそっと渡した。


『大ネタです。極秘裏に。JDAで。午後一』


 俺のメモにさっと目を通した江畑さんが、黙って頷いた。


「ごちそうさま。またー」

「おう」


◇ ◇ ◇


 JDA小会議室。集まったメンバーは誰もが目を伏せ、口を開かない。室内の空気が、耐え難いほどの緊張でぎしぎし軋んでいた。午後一時を十分ほど回ったところで、重苦しい雰囲気の隙間に体をねじ込むようにして江畑さんが入って来た。

 俺、フレディ、江畑さん、左馬さん、そして被害者の光岡さん。俺が想定していたチームMメンバーが全員顔を揃えた。これで最初の難関は突破だ。よしっ!


 江畑さんが着席するのを待って、俺は椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「みなさん、お忙しいところお集まりいただきありがとうございます。本来ならまず自己紹介からなんですが、時間がありません。私が代わりに紹介いたします。ご了承ください。まず、本件の依頼人である光岡知恵利さん。光岡さんがお勤めされてる株式会社リトルバーズの営業チーフ、左馬広夢さん」


 振り返って、フレディと江畑さんに目を移す。


「JDA所長のフレデリック・ジョンソンさん、木岡署刑事部の江畑弘明刑事。そして私、中村操です」


 メンバーをぐるっと見回し、単刀直入に話を切り出す。


「最初に宣言しておきます。非常に事態が切迫しています。ここに来ていただいた依頼人の光岡さんだけでなく、複数の女性が深刻な被害を受けている可能性があります」

「被害?」


 江畑さんが直に突っ込んできた。


「どういう被害だ?」

「売春の強制、そして最終的には人身売買ですよ」


 フレディ、江畑さん、左馬さんが、そろって血相を変えて立ち上がった。


「じ、人身売買っ?」

「ちょ! うそお!」

「なんだとっ?」

「たぶん……間違いないと思います。ざっと流れを説明しますね」

「ああ、頼む」


 江畑さんが、ジャケットのポケットから大判の手帳を引っ張りだして構えた。フレデイもノートパソコンのキーボードを叩ける態勢を取った。


「詳しい説明は、この件にオチがついてからします。今は、何が行われているか、それをどう防ぐか、そこだけに集中してください」

「ああ」



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