(7)

 手帳をもう一度開いて、光岡さんに正対する。


「もう一度申し上げておきます」

「はい」

「本件、私、中村操が探偵として承けるには、あまりに条件が厳しいです。何せ、警察に相談するのに必要なファクトがまだ何もない。しかも、光岡さんの向こうにいるやつが一人でない以上、私の起こすアクションは必ず連中の誰かに感付かれます。その時点で、私にも光岡さんにも危険が及びかねない。光岡さんが、連中の手口を知っている人物ということになりますから」

「うう……」


 顔が歪んで、目を擦り始めた光岡さん。気持ちは、よーくわかる。


「ですので、もし光岡さんが大金持ちの子女で億金積んでくださっても、依頼は御免こうむります」


 弱々しく、光岡さんが頷いた。


「でもね、私が探偵という縛りを外せば、打てる手はあるんですよ」

「え? どういうこと?」

「ふっふっふ。まあ、それは……」


 ぱん! 二冊の手帳を重ねて持って、机の上を力一杯引っ叩いた。


「明日やりましょう。あまり遅くなると光岡さんのお仕事に差し障る。でね」

「はい」

「明日は早退出来ますか?」

「チーフと交渉してみます」

「出来れば、午後休を取ってくださると助かるんですが」

「……。分かりました」

「もしダメってことになったら、それが分かった時点ですぐ私に連絡をください。急を要します」

「はい」


 目を擦りながらゆっくり立ち上がった光岡さんが、バッグから財布を出して俺に聞いた。


「あの……」

「はい?」

「依頼料は?」

「先ほど言ったでしょう? この依頼は『探偵としては』承けられないと。いいですか? 光岡さん」

「はい」

「本件は、あなたの全存在を懸けた一世一代の大勝負になります。私も今、探偵稼業の瀬戸際、崖っぷちにいます。崖っぷち同士で、この窮地を脱しないとならない」


 こくっと光岡さんが頷いた。


「それをね、カネの問題に矮小化したくないんです。どうかご了承ください」

「いいんですか?」

「よかないですよ。でもね。目の前で暴漢に襲われようとしている人を放置して、さっさと行き過ぎることが出来るなら」


 ぱんっ! 手帳を机に思い切り叩きつけて。俺も椅子から降りた。


「私は、こんな稼業なんかやってません」


◇ ◇ ◇


 光岡さんをタクシーに押し込んで帰宅させてから、すぐフレディに電話をかけた。


「こんばんは、フレディ。今大丈夫?」

「おお、みさちゃん。こんな時間に電話して来るのは珍しいな」


 ジムに居るな。トレーニング機器の軋む音がする。相変わらず、ぎっちり鍛えてるんだろう。


「ははは。ちょい、相談があるんだ」

「相談?」

「そう。俺からフレディに依頼をしたい」

「な、なにぃ!? みさちゃんが、俺にか?」

「そう」

「どういうこった?」

「それは……明日」

「分かった。待ってる」


 ぴ。

 よし、と。


 チームMを短時間にがっちり組み上げることが出来るか。組めれば、俺の計画は間違いなく達成出来る。フレディは、きっと俺の依頼を承けてくれるだろう。問題は……。


「あと二人……いや、江畑さんを除いたあと一人、なんだよな」



【第十五話 奇妙な依頼 了】

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