(5)
取りあえず同業者だったということが分かって、俺たちの間の奇妙な緊張関係はやっと解消した。だが俺の頭の中では、さっきジョンソンさんが言ったメイレイという言葉がずっと鳴り響いていた。ジョンソンさんが意図した乱戦という意味で、じゃない。今回の襲撃を命令したのは誰か、という意味でだ。
そして、それは間違いなくトミーという女なんだろう。共犯で捕まった男が、なぜトミーにまんまと使われることになったのか。その理不尽な命令を実行するはめになったのか。ああ、闇は深いね。襲撃犯二人が麻矢さんから切り離された時点で、被害者である麻矢さんの中ではきっと区切りが付いただろう。でも、それは一方的な区切り。もし実刑判決が出ても、出所した二人が再度麻矢さんを標的にして付け狙わないとは誰にも保証出来ない。だからその前に……。
「ふうっ」
「中村さん、お疲れさん」
沢本さんからぽんと肩を叩かれて、はっと我に返った。
「いえ、疲れてなんかいませんよ。まだ仕事が終わってませんから」
「えっ?」
ぎょっとした顔で、三人がのけぞった。
「そんなバカな!」
「いえ。昔警察で働いておられた沢本さんなら、きっとなぜか分かってくれるんじゃないかと」
口を固く結んでしばらくじっと考え込んでいた沢本さんが、ゆっくり頷いた。
「そうか。そういうことだな」
「ええ」
「麻矢さんに、当事者であるという自覚が全くない。そういうことだろ?」
「ええ。今度の犯人二人がまたぞろやらかすということでなくても、麻矢さんはこれからも同じ失敗を繰り返しますよ。それはいずれ自分の首を絞めるでしょう」
「そうだな」
俺と沢本さんの会話を聞いていたジョンソンさんは、何度か首を傾げた。
「あの、わたしにはよくりかいできないのですが」
そうだね。ちゃんとけりを付けよう。
「ジョンソンさん。今回の件は、麻矢さんから承けたものではないですよね?」
依頼人が誰かは職務上明かせないが、依頼人でないということは言えるはずだ。俺の予想通り、ジョンソンさんは素直に答えた。
「はい。いらいにんはまやさんではありません」
「ですよね。それじゃあ、なぜこんなことになったのかが誰にも分からないまま、全部うやむやになってしまうんです」
「けいさつが、しらべてくれますが」
「ははは……麻矢さんは、きっと何も話しませんよ。今回もそうでしたし、これまでずーっとそうだったんですから」
「む」
「事情聴取でも、きっと黙秘するでしょう。加害者が黙るならともかく、被害者がそれじゃ警察はお手上げですよ。どっちが犯人だか分かりゃしない」
「たしかに……」
「真相が分からなければ、サポーターは動けません。今回のどたばたがまた繰り返されます。誰かが巻き込まれて私たちのようにとばっちりを食うと、麻矢さんだけのことじゃ済まなくなるでしょう?」
「ああ、そうか。そうですね」
ジョンソンさんにも、俺が危惧していることが何かは分かったんだろう。俺は、力一杯嫌味をぶちかました。
「守られた本人が、誰からどんな風に守ってもらっていたかを最後まで知らないなんてのは問題外です! 私は、そんなお粗末なオチには絶対にしたくない! 冗談じゃない!」
苦笑した沢本さんが、俺の尻をぱんと叩いた。
「さすがはブンさん最後の弟子だね。気性もそっくりだよ」
「こんなのは受け継ぎたくなかったんですけどねー。すっかり説教臭くなっちゃって」
「だはははははっ!」
沢本さんが、豪快に笑った。俺は、きょとんとしていたジョンソンさんに提案した。
「ジョンソンさん。麻矢さんを呼んで、今回の件についての諸事情を私たちの方からしっかり説明しましょう。それを彼女にちゃんとこなしてもらわないと、私たちが体を張った意味がなくなります」
ジョンソンさんにはぴんと来なかったみたいだけど、俺と違ってJDAでは加害者と麻矢さんとの関係がまだ分かっていないんじゃないかと思う。依頼人にきちんとした報告書を渡すなら、因果関係の部分が空白のままではまずいだろう。当事者の麻矢さんとやり取りする機会があれば、事実関係を詰めるチャンスが出来る……そう考えるはずだ。俺の予想通り、ジョンソンさんは素直に俺の申し出を飲んだ。
「なかむらさん。それはとてもたすかります。しゃのかいぎしつをつかってください」
「ありがとうございます。急ぎましょう。明日の午後一時から、出来ますか?」
「すけじゅーるをうごかします。なかむらさんからまやさんに、れんらくしてもらえますか?」
「了解しました。私と沢本さんの他に、麻矢さんとその関係者を数人招集します。もちろん、ジョンソンさんと高科さんも同席をお願いしますね」
「はい、わかりました」
【第十話 メイレイ 了】
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