シーン27 面接 パート1
やばやばやばっ! 電車の中でよだれ垂らして寝くたれてもた。二駅乗り越しで済んでよかったわ。終点まで行ってもーたら、しゃれにならへん。昨日の夜がパンだけやったから、きちんと昼ご飯食べたかったけど、もう時間がぎりっぎりや。キオスクでパン買うて済まそ。
わたしは喉詰まりしながらパンを歩き食いして、途中のコンビニのトイレでささっと化粧を直して、中村さんの事務所に出向いた。お。入り口んとこの姉ちゃんがこの前と違う。前の人はクビにした言うとったもんなあ。
「あのぅ。面接を受けに来た穂村と言います」
にこっと笑ったお姉さんが丁寧に頭を下げる。
「お疲れ様です。応接室で中村が待っておりますので、どうぞこちらにいらしてください」
うわあ、この前と全然応対がちゃうやん。なんか緊張するわあ。面接言うたかて、これまで面接してくれたとこなんかほっとんどあらへんもん。面接してくれてん、みぃんな不採用匂わしよるし。腹立つ!
わたしは、きょろきょろしながらお姉さんの後を付いていった。
「こちらへどうぞ」
普通ならわたしがノックして面接官の返事を待つんやろうけど、お姉さんがドア開けてくれはったんで、そのまま会釈して部屋に入った。
「失礼します」
野崎センセに、きちんとしたところ受けるんなら面接で話す時に語尾伸ばすな言われてる。だらしなーく感じるから、きびきび話せって。
あ、もう少し若い人かと思ってたんやけど、結構年配の人やなあ。話し方にそっくりな、マジメそうなおじさんや。
「穂村理乃です。今日はお忙しい中、面接をしていただきありがとうございます」
これも野崎センセに言われたこと。最初にちゃんと面接してくれたお礼をしぃやって。もしそこが不採用でん、向こうはおまえにいい印象を持ちよるやろ。それがどこで縁を持ってきてくれるか分からへんで。うん。そやね。
「いえいえ。過日はわざわざお越し下さったのに、こちらの不手際で不愉快な思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません」
中村さんは、土下座でもするんちゃうかってくらい、すっごく長い間頭を下げてた。
「あの……それはもう結構です。杉谷さんを通して丁寧に謝罪していただきましたし」
「ありがとうございます。本当に申し訳ありませんでした」
ほんまに信用言うんを大事にしてるんやなあ。そう思う。
頭を上げた中村さんに、席をすすめられる。
「どうぞおかけ下さい」
「ありがとうございます。失礼します」
応接テーブルを挟んで向かい合って座る。
「最初に」
中村さんが切り出した。
「当所の業務内容と、求人している職の業務内容を説明させていただきます。それから、そちらの質問をお受けしたいと思います」
「はい。よろしくお願いいたします」
中村さんは、手元の大判封筒からきれいなパンフレットを出して、わたしに手渡した。
「それが、当所のパンフレットです。お読みいただければだいたいの業務内容は分かると思いますが、私のところは大手の設計事務所ではないので、中小型の商業施設、一般の戸建注文建築、マンションやプロムナードのモニュメントやエントランス部分の設計などを受注しております」
なるほど。
「小口ばかりですから、当所に全部任される案件というのは限られています。お客さまのところに出向き、またお客さまにもお越しいただいて、設計の中身を修正しながら施工まで持っていくという流れになっています」
「はい」
「今回当所で募集しているのは事務員ですが、そういうお客さまとこまめにやり取りする上で、大事な仲介役を担っていただくことになります」
「単なる取り次ぎではいけないってことですね」
「そうです」
中村さんがうなずいた。
「先日解雇した職員は、残念ですがそこの意識が低くてですね」
がっくし……って感じ。
「あのぉ、どうしてそういう人を採用なさったんですか?」
ちょっと厳しい突っ込みかなあ?
「ははは。私どもも業界の中でいろいろしがらみがありまして、ちょっと断れないスジだったんですよ」
うわあ。コネでねじこまれたんかしらん。
「まあ、今回ちょっと当所の看板に泥を塗るようなことをしでかしたので、晴れてクビを切れましたけどね」
ぱちん。中村さんがウインクした。ひええ。
「それでは、穂村さんの質問をお受けします。その後で、こちらからも伺いたいことがあるので、それに回答をお願いしますね」
「はい」
いよいよだ。これまでの面接とはちゃうな。すっごい真剣。空気がぴりぴりする。どないしょ。しょうむないことはなんぼでも聞ける。でも、わたしはそれを言っちゃいけないような気がしてきた。わたしは確かに職が欲しい。せやけど自分隠して折り曲げて、それぇ我慢しきれんようになってどかんと爆発してしまったら、わたしはあのいけずな姉ちゃんと同じやもん。正直に話しよ。
「済みません。いきなりぶっちゃけた話をさせてください。わたしは、本当は事務はやりたないんです」
中村さんの表情は変わらない。
「わたしは造形科にいるので、何かしらんものを作るってことに憧れてます。でも、大学なんかでしっかりやるのと違って専門学校出じゃ、なかなかそれを試す口がありません」
「なるほど」
「だから、クウキだけでもそういうのを感じられる場所で働ければなあと思って、応募しました」
「ふむ」
「でも、この前杉谷さんに来ていただいた時に、事務職に就いたらそういうのは出来ないよって言われました」
中村さんが苦笑する。
「正直に言うと、迷ってます。世の中、そんなに甘くない。夢ばっか追っかけても食ってけへん。その通りやと思います」
「うん」
「せやかて、自分が納得し切れへんまま中途半端に仕事するのは、きっと周りに迷惑をかけてしまいます」
「うん」
「どないしたもんかなあ……と」
「そうだね」
中村さんが腕組みをして、天井を見上げる。
「あなたも正直な人やね。どうしても職が欲しいって来る子とは違うし、最初からどうせあかんやろっていう投げやりでもない」
あれ? 中村さんの丁寧口調が崩れた。
「せやな。私から先にいくつか質問させて」
「あ、はい」
「穂村さんは、今何かアルバイトされてます?」
「はい。ロックローズというレストランのパートをもう四年近くやってます」
「四年!」
「はい。高校の時からですから、もうベテランですわ」
「わははは。なるほど。道理で受け答えがどっしりしてるわけや。お客さんとずーっとやり取りしてるんやもんな」
「はい」
「うち以外にどっか求職かけてるとこはある?」
どうしようかと思ったけど、隠してる場合ちゃうし。
「棚倉プランニングというところに面接に行ってきました」
「ほう」
「食玩などの企画を売り込むという会社で、社長さん入れて五人しかいない小さいとこです」
「ふうん。感触は?」
「いつでも来い、言われてます」
「へえ。じゃあ、そっちが本命?」
「うーん……」
わたしの迷いはもう一つある。
「迷ってます。棚倉さんのデザインセンスは抜群で、そのレベルをみんなに要求します。ここらでええやろって妥協は絶対に入り込みません。毎日、毎回、社内でコンペ。すっごい厳しいです」
「うわ、ハードやね」
「はい。それはごっつ刺激的なんですけど、わたし付いてけるかなあ思って。デザインだけやない。売り込みから、会計処理から、事務所の掃除までぜぇんぶこなさないとならへんので。給料は完全な成功報酬やし」
「はっはっは」
中村さんが体を揺らして笑った。
「なるほどー。それはまたすごいとこやね」
「はい」
「中間がない、言うことやね」
「今のところは」
「そっか」
中村さんは、目をつぶってしばらくずーっとなんか考えてる感じやった。
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