第9話

 もうほどんど他人の声は聞こえなくなってたと思った俺だけど、この声で止められた。声が突き刺さったのだ。チャラい邪先輩の声だった。


 試合をものすごい静かに見てるな、と思ったらこんなとこで出しゃばってきた。


「マジで。それダセエって。陰キャラみたいでキモイって」


 転がっているラケットをダルそうに拾ってから、ダルそうに渡しに来てくれる。


「なんだ? やっぱ、ずっと強かったヤツはそういうとこ未熟なのか? いや、事実じゃなくても、そう思っちゃうぞ? 思っていいのか?」


 邪先輩は俺のとこまで来て、俺の顔を跨いで立っている。屈辱だ。


「ホラ、立てよ。先輩がきてんだぞ」


 言われて、立って、こっそり呼吸を落ち着かせようとする。

 ちょっと落ち着いてきた。


 ああ、わかった。俺、この人のことが、まだ少しだけ苦手なんだ。

 で、この人が目の前にいると少し虚栄を張ろうとしてる。自分でわかる。泣く子も黙る~の高校生バージョンだ。


「ウィす。すいやせん」


 目を合わせられず、適当な返事をした。


「てか、なんでそんなにキレてんだ? 感情的になんなよ。よく言うだろ? バカっぽいヤツの特徴らしいじゃん。

 バカっぽく見えるぞ? それに、いくら蛭女ちゃんが危なかったからって、相手の愛仁を恨むのはお門違いだろ? あ。いや、でも自分の腕を叩いてたってことは」

「あ! それは自分で……」


 言いたいことがあって、思わず顔を上げた。そうしたら、どうやら真っ直ぐ俺を見ていた邪先輩と思いっきり目が合ってしまった。

「……自分で、言います。ボクが弱いから蛭女が危なかったんです」

「そうか。自分でわかってるか。じゃあ、ちょっと自暴自棄になっただけなんだな」


 安心して、少し俺を見直したように邪先輩は吐き出す。


 本当は自暴自棄になったのは最後だけで、ラケット投げてる段階では完全に愛仁へ殺意を向けていた。

 頭打って冷静になって自暴自棄へと進化しただけだ。それがなかったら逆恨みで愛仁に殴りかかっていたかもしれない。


 まあ、でも、邪先輩の認識はそのままにしておこう。最初っから自暴自棄だったという認識のままに。その方が俺への評価も保たれるに違いない。慌てて自分で言った甲斐があった。


「確かに? 自分の弱さの所為で大事な幼馴染が傷つくとあっちゃあ、暴れたくもなるのだろう。でもな、簡単な解決方法があるじゃねえか。強くなるっていう単純な方法がよ」


 うんうん、と頷きながら話す邪先輩は、まさに自分に酔っている人間のそれだ。

 自虐的な俺に邪先輩は大変な共感を得たらしい。というより少し見下した感じか。とにかく、ノリノリだ。挙句の果てには、


「まあ、まだ俺のが上手いから言うぜ? ……頑張りぃやぁ」


 そう言い残してコートの外野へ消えていった。



 我に還る。

 いや、恥ずいな。


 幾人もの野次馬が見守る神聖なコートの中、

 グダグダなプレイしか披露していない俺が、

 進行を止めてまで行う寒い掛け合い。


 聞いている人は、さぞや腹が立ったことだろう。俺に集まる視線も、それを攻めているような気がしてならない。


「大丈夫?」


 愛仁。


「今のは危なかったね。反省するよ。でもワザとじゃないんだ。信じてくれるかい?」


 俺を心配するような声で話す愛仁。でも、どこまで本気なのやら。


「いやいや、悪いのは俺だよ。優しいねえ。僻むぜ、まったく」


 嫌味ったらしく返す。俺なんかを心配すると愛仁の株が急上昇なので、せめて愛仁だけでも不快にさせたかった。


「うわっ、何あの態度」

「サイテ~」


 結局、株を下げたのは俺らしい。

 しかし、弱いというのはこうも辛いのか。

 さっきの、俺が暴れて邪先輩がなだめる、という一連の流れ。

 アレも俺が弱くてグダグダしてるから、より寒くて腹の立つ掛け合いになったに違いない。


 もし似たような掛け合いを、圧倒的強者でカリスマ性の高い人物が行ったら、多少は絵になるのだろう。

 クッソォ。やっぱり弱者なんてのはなるもんじゃねえな。勝てないうえに、感情を曝け出すことすら許されない。


 見ず知らずの人間から痛い奴と認定される。弱くて勝てないからこそ感情を曝け出したくなるものなのに。


 というか蛭女の声すら聞こえなかった。寒い俺に引いてるのだろうか。

 それとも寒い俺のことを見ていられなくなったのだろうか。居た堪れなくなったのだろうか。


「もうやりたくない」


 と、思わず本心を口にしてしまう。イヤ、でも違うのか。ここで俺が棄権なんてしたら、それこそ周囲から「はぁ?」という空気が発生してしまうのか。

 じゃあ続けざるを得ない。

 さて、どうするか?

 決まってる。勝つための方法を考えろ。

 現状、自分のテニスすらできていない。

 相手の術中に嵌っているからだ。

 対策を考えろ。

 対策を考えるには、まず理解しなければならない。


 と、俺は自分の中で会議をする。これにハマり過ぎると思考がパンクな方向へ飛んでいってしまうので本当は控えたい。

 しかし、外側からのアドバイスが許されないテニスというスポーツの性質上、どんどん自分内会議が開かねばならないし、癖にもなってしまった。


 で、さっきの打球、何が起こった?

 実は概ね理解している。だが、一旦整理しよう。

 これは自分がザコだから起こった現象だ。思っていたより数十倍ザコだったから起こった現象。


 この現象の名は『ファントム』だ。名は知っているが見るのは初めてだ。発動に必要な条件は実力差。

 でも、『ゾーン』の発生する関係性より、さらに大きな広がりが必要。


 一度曲がって、減速して威力も落ちた球に対して、それでも『壁』等で押し返すことしか出来ない実力差の時に起こる。

 しかし、当然、一度曲がった球であり、ベクトルの向きも変わっている。

 それを真っ直ぐ押し返したところで、ベクトルを逆に向けたところで、そこは相手のポジションであるはずもなく、そもそもコートですらない。

 相手へと返したつもりが、相手など居ない、突拍子もないとことへ飛んでいく。

 まるで相手の『幻影』を追うようにして。

 そう、だから『ファントム』だ。

 その結果、蛭女の方へ飛んでいってしまった。


「『ゾーン』に『ファントム』だぁ!?」


 コートの外で次二郎が怒気にも似た感情を込めて叫んでいる。

 大方、同じタイミングで天さんからの解説が入ったのだろう。


「ま、まるでマンガみたいな話じゃねえか~! そんなの現実でありえるのかよ! 信じらんねえよ~」


 今度は震える声で喚く。髪をボリボリとかき、涙目でうなだれる。怒気というより恐怖か。

 でも、戦ってるの俺なんだから、そんなに絶望しなくていいんだぞ?


 それにな、次二郎……、


「お前はバカか。奴は全国クラスの人間だ。全国クラスを相手にするってのは、つまりマンガみたいな技をポンポン出すやつを相手にするってことなんだぞ! それほどまでに険しい道で、しかも凄嵯乃はそれを知っていながら目指しているんだ。

そういう覚悟をお前は知らなかったということか?」


 天さんだ。その通り。と、俺はいつもよりデカイ天さんの声に相槌を打つ。

 そう、テニスで全国を相手取るということは、つまりマンガみたいな技にも立ち向かうってことだ。

 この『ゾーン』と『ファントム』もその内の、ほんの一部にすぎない。ましてこの二つは技というより現象。

 本当に点を取りに来た『技』よりずっと生優しい。

 しっかり見とけよ、次二郎。お前は、俺との闘いで「スポーツは見せ物だ」と言った。

「見せ物である以上、派手なパフォーマンスをすべきだ」とも言った。

 お前は正しい。俺が言うのもなんだが、結構納得だ。そういう人間は強くなって欲しいし、強くなるのだろう。

 だったらこの状況を目の当たりにして、お前はもっと喜ぶべきなのだ。

 勉強のチャンスなのだ。全国区を目の前にして怖気づいたのか? そんな情けないことは言わせないぞ。


 そう思っていても、天さんに言われても、まだ少し次二郎は心の整理ができていないようで、


「次二郎! 目を背けるな!」


 と俺は熱くぶつける。チームメイトに強くなって欲しい。俺のグダグダ試合を見ることによって、何かが変わるなら、是非変わって欲しい。

 例え俺のプライドが傷ついても。そう考えて、ああ、俺はやっぱり部活が好きなのか、と自己認識した。


 サーブを打つ。

 目の前の、圧倒的現象に挑む為に。

 案の定、強烈に返されて、俺はベクトルを全く逆にするだけの、真っ直ぐ押し返す『壁』しか出来ない。


 でもって、段々とバウンドの高いラリーに持ってかれていき、俺の打球のバウンドも随分高くなってきたところで、叩き下ろすようなカットを愛仁に打たれる。


 愛仁の打球はバウンドと同時に軌道が折れ曲がり、俺は真っ直ぐその折れ曲がった軌道に対して押し返してしまう。


「アウトオオオオ!」


 と執事。


「どうだ! これが全国や!」


 と、次二郎に向かって叫ぶしかない俺。

 悔しさはない。

 あるのは恥ずかしさと、蛭女の方へは飛んでいっていないらしくてよかった、という安心感だけだ。

 で、俺がどう感じたか、なんてどうでもいい。

 俺は小走りでボールを拾い、サーブの構えをとる。

 テンポを上げろ。

 ……認めよう。今の一球で確信した。

 俺は『ファントム』に対抗する名案はない。というより『ゾーン』から無理だ。


 俺と愛仁のステータスが、『ゾーン』と『ファントム』の発動条件に合致しすぎている。

 発動条件に合致しすぎているといことは、常に発動しているということであり、破ることも不可能ということだ。

 これは、ポンコツの左腕で闘うしかない俺にとって、避けられない問題だ。


 という風にいったん考えてしまうと、


「クソ……」


 と、小声でつぶやいてしまうぐらいには、内心では、悔しい。本当は。

 でも、悔しがるってことは、それについて一生懸命悩む、ってことと同じだし、それはとても辛いことだから、俺は悔しがらないように努める。


 だから、俺は諦める!

 元々無理なのだ。勝てるハズないのだ。闘えるハズもないのだ。

 しかも『ゾーン』と『ファントム』なんてのは、実力差が引き起こした現象だ。技術による攻略の糸口なんて存在しないのだ。


 それとも、今から筋トレでもするか? 強くなればなんとかなるし。はあ、アホらしい。

 今鍛えても、先に試合が終わることぐらい俺でもわかる。


 当然、俺に内在する秘められし力が覚醒することもないだろうし、死んだと思っていた仲間たちが颯爽と現れることもないだろう。

 何故なら、俺は別に選ばれた血族でもないし、テニスに助太刀はルール違反だからだ。

 だから諦めよ。

 とっとと終わらしてしまおう。足も疲れたし。

 そうだよ、俺、余計に走ってるからスゲー足疲れてんだよ。全然点取れてねえんだけど。

 さっさと終わらして、練習しよう。

 次に愛仁と会えるのは何時かは知らないけど、それまでには強くなるから。

 おお、いいじゃん。前向きじゃん。

 完全に腐ってたけど、言い訳出来る程度の真っ当な理由は見つかったじゃん。

 「早く愛仁に追いつきたくて、練習時間を確保する為に最後はアッサリ負けました。さあ! 練習しましょう! 練習! 全国目指して!」って言えば天さんも俺を褒めてくれるだろう。


 てことで、俺はとっとこサーブを打ち、とっとこ点を取られる。

 一応、次二郎には全国を見せてやるという、それっぽいことを宣ってしまったので『ゾーン』に対してラリーをする。

 勝つつもりはない。ポーズだけ。あくまで次二郎の為にも頑張ってます、というポーズをとるため。


「あー」


 とか、


「うーん」


 とか言う声もどこかから聞こえるが、勝つために必死になって砂まみれになっている時のそれに比べれば、いくらか楽な気分だ。


 俺はこのゲームも取られた。

 第5ゲームが終了し、コートチェンジだ。

 一分程のミーティングや水分補給が許される。

 が、俺は皆の方が見れない。どうやら腐って諦めたことに関する後ろめたさがあるらしい。蛭女は「必死なクセに負けた」と思われたくもないが、「腐って諦めやがった」と思われたくもない。だから蛭女の方を見ない。見られない。




 俺は目をつむって全力で水分補給をした。




続く

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