第九話 いないこだあれ?
「はよー」
「おっはー、みゆー。何もこもこに着膨れてんのよ」
「しゃあないやん、冷えしょーなんだもん」
「そんだけ肉々着込んでんのに?」
「ごるあーっ!」
いや、冗談抜きにさぶいっす。寒い時にはギャグも切れないし。ほんとにサムくなっちゃう。お財布もサムいしー。成績もサムいしー。ぴゅるるるー。うう、ババアってる場合じゃないよね。せっかく、昨日ゴミ箱とのがちバトルを勝ち上がったんだし。テンション上げ上げで行こう!
「おはよー」
教室の中に入ると。いつもの騒々しい空気の中で、ひとりうめいてる子が。
「あれー、田丸さんがなんか変」
あずさもすぐに気ぃ付いた。
「行ってみよか」
「うん」
わたしたちは、田丸さんに声をかけた。
「田丸さん、はよー。どったの?」
「恋の悩み? べんぴ?」
げしっ! とりあえず、あずさをど突く。
「何言うとんね!」
「ほげ」
ったく。でもわたしたちのおふざけには目もくれず、田丸さんがぶつぶつこぼした。
「足らん」
「塩? あいじょー?」
あずさの冴えないぼけ。ったく、こひつわ。でも、ほんとに何がたんないの?
「なにがー?」
顔を上げた田丸さんが、困ったような顔をした。
「商売道具のカードがねえ。一枚足んないの」
あずさががっかりした顔をする。なーんだ、そんなことかって。
「あとはみゆに任したっ!」
をいをい。あずさは、自分の興味の的に当たんないとむっちゃドライになっからなー。
「昨日はカード使ったの?」
「うん、Xデー近くなってきたから、相談多くて」
そか。バレンタイン近いしぃ。
「最後に使った後で、確認したん?」
「確認したよ。大アルカナ小アルカナ、全部並べて。数も、セットも確認してる」
「むぅ。何のカードがないの?」
しばらく黙ってた田丸さんが、ぽつんと言った。
「愚か者。フール」
やーな予感がするっす。わたしは探したげるって言って、カードの特徴を聞いた。ピエロみたいな格好をしてる男が描いてあるカード。了解。って言っても探しようもないんだけどさ。
◇ ◇ ◇
三時間目は芸術選択で、移動教室になる。わたしは美術を選んでるから、美術室へ。うちのガッコの場合、芸術選択の選択肢が多い。美術、音楽、書道の他に、茶道、華道、工芸がある。これは頭の善し悪しかんけーないから、わたしもしっかり楽しめる。ただねえ……。美術室、めっちゃ寒い。トイレが近くなるんよねー。美術室の斜向いがトイレだから、せんせもトイレは割と大目に見てくれる。
今日はパステル画かあ。柔らかいほわあっとした感じが好き。描くのが楽しみぃ。美術の
「パステルは、チョークみたいなものです。油彩や水彩の絵の具と違って、混ぜて色を作るっていうのは難しいです。色の付いた点や線を並べて、その対比や配列で別の色に見せます。そういうのを意識して、描いてみてくださいね」
ふむふむ。にゃるほろ。パステルのセットと、画用紙よりはちょっとざらざらが強い紙が配られた。
「描いた絵は、そのままだと色が擦れて落ちちゃうので、最後にフィクサティーフという糊を吹き付けて、固定します」
小さな紙に描かれた花の絵に、先生がスプレーみたいのをしゅっしゅっと吹き付けた。
「分かったかなー?」
「はーい」
よゐこのお返事。
角田せんせは、去年採用になったばっかの若い女の先生で、いろんなことをやらせてくれるから、授業はとってもおもしろい。でも、せんせ自体は派手なところがぜんぜんなくって、どっちかっていうと埋没系。顔もボディもそこそこ止まりだし、もう結婚しちゃってるから、男子生徒のウワサにもなんないし。うちのガッコも、だから採用したんじゃないかなーって思う。おとなしくて、生徒とか他の先生とぶつかりようがないって感じで。
あー、いっけない、早く描かないと。わたしが使ったことのないパステルと格闘してる間に。女の子が一人席を立って、先生にトイレに行くことを告げた。隣のクラスの子。すっごい美少女。
南雲さんがトイレから戻ってきて。そして……事件は起こった。
◇ ◇ ◇
美術は選択してる子の数が多いから、授業はグループ単位で進められる。だいたい五、六人で一グループ。南雲さんは、うちのグループに入ってた。トイレから戻ってきた南雲さんは、どー見ても様子がおかしかった。目付きがきょろきょろ落ち着かない。描いてる紙の上を見ないで、あっちこっちを見回して。しばらくして、にやーっと笑った。美少女なのに、ものっすごく薄気味悪い笑い方。みんなが気にする。どうしたんだろう? そう思った、次の瞬間。南雲さんは、手にしてたパステルを鼻の穴に突っ込んだ。
ぐしっ!
げーっ!! みんなが一斉に引いた。それを見て喜ぶように。もう一方の鼻の穴にも。
ぐしっ!
そりゃあ、めっちゃおかしい、笑えることなんだけど、誰も笑えなかった。おもしろい以前に、あまりに信じられない出来事で。南雲さんは鼻からパステル二本ぶら下げて、へらへら笑ってる。
うちのグループがぼーぜんとしてる間に、他のグループの女の子がトイレに立った。その子も隣のクラス。名前は知らない。その子がトイレから戻って来ると同時に。南雲さんが正気に戻ったみたいで、慌てて鼻からパステルを抜いた。何? 何があったのって感じ。泣きそう。わたしたちも、どうなぐさめたらいいか分かんない。
そして、さっきの女の子のいたグループでも騒ぎが起きた。その子は、色の濃いパステルを自分のほっぺとか口とか髪に塗りたくった。トモダチなのかなあ、一緒のグループの女の子が慌てて止めようとしたけど、止めない。やっぱ、へらへらと奇妙な笑いを浮かべて。さっきまで、南雲さんのおかしな顔に打撃を受けてたわたしたちのグループも、そっちに意識が行く。騒ぎに気付かずに、今度は先生がトイレに立った。
「ううー、寒いとトイレが近くなるわねえ。みんなも我慢しないで、もよおしたらすぐに行ってね」
わたしはすぐに気付いた。これは……とんでもないいたずらだ! おとついの文字。昨日のゴミ箱。そして、今度は変わり身。
ヤバい。とんでもなく、ヤバあいっ! 止めなきゃ! どうやって? ううう、分かんないけどー。でも、きっかけはみんなトイレだ。きっと先生も、あのへらへらの状態で戻ってくるだろう。わたしたちはまだいいけど、先生がもしおかしなことになったら。わたしはぞっとする。
わたしたちはガクセイだもん。なんかあっても、最近のガクセイは全くぅで済んじゃう。でも、先生はそうはいかない。先生には生活がかかってる。結婚して、家庭も持ってるんだ。何か事件になっちゃったら、それまでの努力が全部ぱぁになるかもしれない。先生の幸せが壊れちゃう。
いけないっ! だめだよっ、そんなのーっ! 今度のいたずらは、シャレにならないよう! わたしは、先生がトイレから戻ると同時に教室を飛び出した。女子トイレに駆け込む。個室に入ろうとして、気が付いた。全部空いてるはずのトイレが、一つだけ閉まってる。そして、そこからくすくす笑い声がする。
わたしは。怖いよりも先に、アタマ来た! たぶん、そいつがなんかしてる。許せないっ! そのトイレの戸をけとばそうとしたら。急にじゃあっと水が流れる音がして、その個室の戸が開いた。わたしはけろうとしてた足の勢いのまま、個室にぼすっと入っちゃった。誰もいない。でも個室の床にカードが一枚落ちていた。タロットカード。ピエロの格好をした男の絵。
「あんたのせいかあっ! くそったれえええっ!」
田丸さんに教えてもらった。タロットカードには番号がついてるんだって。でも、愚か者のカードには番号がない。無番。ゼロ番。僕はいないよ。元からいないよ。だから、好きにするんだ。
ばたん! 急に戸が閉まって、はっとする。開けようとしたけど、開かない。外からカギかけられちゃったみたいに。そっか。こうやってたのか。わたしの後に誰か来れば、わたしのところを離れて、その子んとこに行くんだろう。そうやって、教室にいない子の代わりに好き放題する。
『いない子、だーれだ』
むっかつくーっ!! わたしはあったまきて、手にしたカードを引き裂こうとした。でも、思いとどまる。これは、田丸さんの大事なカード。カードはなにも悪くない。カードの力を借りて、ろくでもないことをしてるやつ。ぜーんぶ、そいつのせい! わたしはカードをにらみつける。
「いい加減にせーよ。また燃やされたいんか? ごるあ!」
きいっ。扉が開いた。わたしのあとに誰か来たのかと思って、はっとした。でも、人の気配はなかった。わたしの脅しが効いたんだろうか。手ぇ洗いたかったけど、カードを離したらどうなるか分かんないから、そのまま美術室に戻る。あれえ? 誰もいない。あ、もう三時間目終わっちゃったんだ! 大変だあっ! わたしは慌ててばたばたと教室に戻った。でも、教室で何か騒ぎが起きていた。頭イタイ……。
がらららっ! わたしはうんざり気分で扉を開ける。そこではわたしの格好をしたニセモノが、あははーあははーとあほーの用にへらへら笑いながら、ストリップしようとしてた。もう制服脱いでパンツに手ぇかけてるのを、必死にあずさといいんちょが止めようとしてる。
扉の開く音でこっちを見たクラスメート。きっと、みんな思ったことだろう。なんで、わたしが二人? ……って。あずさといいんちょのところからは、下着姿で暴れてたわたしの体が消えていた。みんな、ぼーぜん。あずさが、ぽかーんと口を開けてる。
「ちょ……みゆー。どこにいたの?」
「美術室の前のトイレ」
「じゃ、さっきのは?」
「わたしになりすました偽もん。南雲さんもそうでしょ。被害者。ひっでぇ!」
ぶりぶりぶりっ! ちっくしょー、どうしてくれよう! どうしてくれようって言っても、相手が見えないんだもん、どうしようもない。怒りの持って行きようがない。むがあっ!! ま、でも。とりあえずカードだ。
「田丸さん」
しーんと静まり返ってた教室を横切って、わたしは田丸さんにカードを見せた。
「カードあったよ」
みんなと同じように、ぽかーんとしてた田丸さんの表情が、いっぺんにぱあっと明るくなった。
「わ! うわあっ! すっごーいっ! 見つけてくれたのおっ!? ぎざ、ありがとおーっ!!」
真っ正面から、力いっぱいはぐはぐされる。なんか、こそばゆい感じがする。田丸さんはカードを本当に大事にしてたんだろう。短気出して、カード破かなくてよかったなーと思う。
「どこにあったのー?」
言いたくないけど。でも……。
「美術室の前の女子トイレの個室」
「げ!」
美術を取ってる子はさっきの騒ぎを知ってるけど、そうでない子には、なんのことだかさっぱり分かんないだろーなー。それはいいことなんだか、悪いことなんだか。はあ。溜息しか出ないよ。カードを田丸さんに渡す時。わたしはその耳元でささやいた。
「田丸さん、そのカードね。今すっごくたち悪い。また逃げ出すかもしんない。少なくとも今日一日は、手から離さないで」
わたしの顔を見た田丸さんが、すっとうなずいた。
「うん、分かった」
ふう。
◇ ◇ ◇
あーあ、今日のパステル画の授業、本当に楽しみにしてたんだけどなあ。とんでもないことになっちゃって、台なし。でも、角田せんせに被害がなくてよかった。本当によかった。
それにしたってさあ。せっかく人がやる気になってるのに次々いたずら仕掛けられちゃうと、めっちゃめげる。なんだっていうのさ。わたしが、なんかした? してないよねえ。ひっそりと、目立たないように、みんなの邪魔をしないように、息をひそめて暮らしてるのにさあ。ん?
ベッドにひっくり返ってぶつぶつ文句言ってたわたしは、何かが引っかかった。
「いない子、だあれだ」
前にメールでこぴーが勝手なことをした時。わたしは、いない子だった。今のクラスの中では、わたしは何もしない、出来ない。わたしは、いない子だ。そして昨日、にしやんに言われたこと。
「もっと自分を出しなよ。もったいない……かあ」
自分自身に対してすら。わたしは、いない子だったかもしれない。純粋無垢で、無邪気。自分の思うままに行動する。それが愚か者のカードが示すこと。入れ替わった偽ものは、わたしの皮をかぶったわたしのしたいこと、なりたい姿なんだろう。
わたしが愚か者なら真っ先にすること。それは、そのまんまのわたしを見てーっていう叫びだ。それが服を脱ぐっていう形で出たのは、愚かだから。にしやんが言った自分を出せっていうアドバイスを、バカ正直にやってみせようとしただけ。
たぶん、南雲さんもそうなんだろう。美少女という言葉で弾き返されてしまって、自分に届かないもの。自分から出せないもの。その形容詞さえぶっ壊してしまえば、自分はもっと自由になる。エロ話もせんせの悪口も憧れてる人の話も、もっと楽に自然にできる。そう考えれば。とことんどたまにくるいたずらだったけど、それが悪意からじゃないってことが分かる。そうだよね。わたしの入れ替わり。それは、わたしの偽もんじゃない。一番自然なわたし。一番飾ってないわたし。だからバカで、だから愛しい。
わたしは、ベッドからむっくり起き上がった。
「あーあ、しゃあないなあ」
こうやっていたずらされてるのを結局許しちゃってるから、騒ぎがいつまでたっても収まらないんだよね。でも、さすがにきつくなってきた。だんだんひどくなるようなら、ほんとに対策考えないとなー。じゃないと、期末試験がまともに受けられないよ。とほほ。
わたしは、パジャマに着替えようと思って服を脱いだ。あーあ、このぜー肉たっぷりのみっともない姿は、みんなに見せたくなかったなあ。まあ、ただ一つラッキーだったとすれば……。
「キャラパンはいてなくて、ほんとーによかったー」
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