第八話 がんこなごみばこ
とりあえず、腰が痛いのはなおった。若いって、いいなあ。うれしいなあ。にょほほ。
英語漬けで頭が痛いのはなおんないけど。でも、わたしにしてはがんばったと思うぞ。補習終わったあとも、家で書き取りやって、単語帳開いて。いっつもべんきおは、した振りだけだったから。ちゃんとやったのは、わたしにしちゃあ進歩だ。試験終わるまでは、がんばって今のペースをキープしないとね。アズールのおばさんの言う通り、それはわたし自身のことなんだもん。
将来のことなんか、今はなんも分かんないし想像もできないけど、わたしはちゃんとガッコにいたい。あずさだけでなくて、他にもちゃんとトモダチを作りたい。だったら、みんながやってることは、わたしもこなさなきゃだめだよね。がんばろっと。
◇ ◇ ◇
「はよー」
「あれー? みゆー、あずさと一緒じゃなかったの?」
いいんちょが、不思議そうな顔をした。
「ああ、あずさは今日は休みよん。亡くなったお母さんの命日で、法事だって言ってた」
「そっかー」
いっつも突っ込み合う相棒がいないと、ちびっと寂しい。まあ、ずっといないわけじゃないんだし。席に着こうとして、ふと気付く。
「なによ、これ」
それは、昨日わたしがゴミ箱に捨てたはずのパンのビニール袋。わたしの机の上に、ぽんぽんと乗ってる。ちょっと待って。うちのガッコはいつからゴミの分別を始めることにしたん? そんな連絡は来てまへん、聞いてまへん。だいたい、この市じゃビニール類だって可燃ゴミじゃん。燃えるゴミで一緒に出していいはずだよー? って、なんで朝っぱらから主婦なのり突っ込みしなきゃなんないんだあっ! むっかあっ! なーんとなくムカツク感じで、それをゴミ箱へもっかい捨てようとしたら……。
「なんで、ゴミが残ってんの?」
昨日の掃除当番は、掃除が終わった後でちゃんと大村せんせのチェックを受けてるはず。うちは、そういうのめっちゃうるさいから。そこで一回空になったゴミ箱に、朝のこの短い時間内に半分以上もゴミが溜まる? なんか変だにゃあ?
「どしたのー?」
いいんちょが、ゴミ箱の前で仁王立ちしてるわたしに気付いて寄ってきた。
「いやー、これって、昨日当番がちゃんと捨ててるはずだよねー?」
「ありゃ?」
いいんちょも、中を覗いて首を傾げた。
「どゆこったあ?」
「分っからーん」
いいんちょが、黒板横の当番表を確認に行く。
「ねえ、にしやーん。昨日掃除の後で大村チェック入ったんでしょー?」
「当ったり前でしょ」
西野さんが、不機嫌そうに答える。まじめにやったのを疑うのかーって感じ。いいんちょが、西野さんにこっちゃ来いのポーズを取った。
「だからなによ」
ぶりぶりぶりっ! 怒りマークをでこにいくつも貼り付けて、西野さんがやってきた。
「これなんだけどさ」
「あがあっ!?」
ゴミ箱を覗き込んだ西野さんが、どわっとのけぞった。
「ちょ、どゆことっ!?」
「え?」
「昨日ゴミ捨てに行ったのはわたしだもん。かっくじつにゴミは捨ててる」
「そーだよねー、せんせのチェックも入ってるんだし。へんだなー」
三人で顔を見合わせて、首を傾げた。
「ま、いいや。わたし、ちょいと捨ててくるわ」
いいんちょが、ゴミ箱をひょいと持った。いいんちょはフットワークが軽い。こういうのをじぇんじぇん気にしない。
「いいんちょ、ちょっと待って」
「ん?」
「これも入れて」
さっきのパンのビニール袋丸めたの、二つ。
「いいよー」
わたしがそれを中に放り込んだのを。わたしといいんちょと西野さんは。しっかり確認した。で。いいんちょが教室を出て、わたしが自分の机を振り返ると。
「なんじゃこりゃあああっ!!」
のけぞって驚く西野さん。
「ちょ、石田さん、どしたの?」
「ね、ねえ、西野さん。今わたしがゴミ箱にこれ入れたの見てたよねえ」
わたしは、机の上のビニール袋を指差す。西野さんが、さあっと青ざめた。
「ちょ、ちょ、ちょっとぉ」
「うげー」
「や、や、止めてよね、朝っぱらから」
「ほ、ほんと。止めてほすぃ」
二人してがたがた震えているところに、のほーんといいんちょが戻ってきた。
「おんやー? どったのー?」
わたしが震える指で机の上のビニール袋を指差すと。いいんちょが。あの冷静ないいんちょが。がたっとゴミ箱を取り落とした。あわててそれを起こすいいんちょ。そして、ゴミ箱の中を見たいいんちょが気を失って倒れた。ばったん。
◇ ◇ ◇
わたしと西野さんとで、のびちゃったいいんちょを保健室に連れってってから。もう一度実験する。
西野さんがノートの切れ端を持って来た。それをゴミ箱に放り込む。でも、それはゴミ箱の中には入ってない。もう西野さんの机の上にある。わたしは、自分のパンのビニール袋がお化けではなかったというのが分かってほっとした。で、わたしのゴミを他のゴミ箱に捨てに行った。何も起こらない。わたしのアクションを見ていた西野さんが、ゴミ箱を指差して言った。
「つーまーりー」
「うん」
「このゴミ箱がおかすぃ」
「んだんだ」
わたしは、西野さんと顔を見合わせた。聞こう。
「ねえ、西野さん、どうする? みんなに言う?」
腕組みしてがっちりゴミ箱をにらんでいた西野さんが、きっぱり宣言する。
「黙ってよう」
「どして?」
「昨日みたいな騒ぎになるのはイヤだ」
もっともだ。
「そだね。まあ、単なるゴミ箱だし。でも、誰かがあそこにゴミ入れたら、それ戻っちゃうからすぐばれるよねえ」
「む!」
西野さんが、青筋立ててゴミ箱をにらみつける。ぷしーっとか言って、血管切れるんちゃう? こわ。
「よし!」
なにかすっごい決心した感じで、西野さんがそのゴミ箱を持ち上げた。
「どうすんの?」
「隣の視聴覚室のと取り替える!」
「おおーっ! なるほどっ!」
「ふふふっ!」
西野さんが、どだって感じで勝ち誇る。ゴミ箱に言い渡す西野さん。
「おまいのわがままもそこまでじゃ。さばらっ!」
びゅん。
うん、知らんかったけど。西野さんのキャラ。けっこう濃ゆくて、おもろい。今までは、怒りっぽいとげとげした人って印象だったのにね。西野さんがのしのしと空のゴミ箱を持ってきて、それを定位置に戻した。
「一件落着ぅ」
「おつ!」
「おぬしもな」
「はははっ」
うん。なーんかいい感じ。
◇ ◇ ◇
一時間目が終わって、ひっくり返っちゃったいいんちょを見舞いに行こうとした。視聴覚室のと取り替えたゴミ箱が目に入る。
「なにいっ!?」
それは。いつの間にか、また元のゴミ箱に戻っていた。入ってるゴミの量も変わんない。わたしが呆然とそれを見てたら西野さんが走り寄ってきた。
「ちょ、もしかして」
「うん。戻ってる」
「ぐぎぎっ!」
西野さんのアタマの中には、もうこのゴミ箱が気味悪いとかたたられてるとか、そういうんはないんだろう。アンタ、アタシにケンカ売るのね! 上等じゃん! 買ったるわい、そのケンカ! とことんやったろうじゃないの! んな感じ。わたしわぁ、しみじみ思うのぉ。世界がどんなに広いっていっても、ゴミ箱相手に力いっぱいケンカ売るのは西野さんだけだろうなーって。
二人してゴミ箱をにらみつけてたところに、いいんちょがよろよろと戻ってきた。
「いいんちょ、だいじょうび?」
「ううー、ちびっとダメージでかいー。相変わらず?」
西野さんが、ゴミ箱から目を離さないで答えた。
「視聴覚室のと取り替えて、これで一件落着かと思ったんだけどさ。こいつ、予想以上にしぶといっ!」
しゅーっ! 頭から湯気立ててる。いいんちょは西野さんのその様子を見て、少し元気になったみたいだ。
「騒ぎになるのはやだから、使用禁止にしとこうか」
確認する。
「どやって?」
いいんちょがノートの紙をちぎって、それにマジックで黒々と書いた。
『使用禁止』
西野さんが呆れる。
「いいんちょ、どこまでも直球だねえ」
「だって、それしか浮かばないんだもん。取り替えてもだめだったんでしょ?」
「ううー、そりゃあ、確かに」
いいんちょはその紙切れを持っていって、ゴミ箱の上にテープでぺっぺっと貼った。
「これで様子見よー」
紙でフタされたゴミ箱を教室の隅に戻して。わたしたちは自分の席に戻った。これで収まってくれるといいんだけどなー。
で。二時間目しゅうりょー。いいんちょが、珍しく細い目をむりっくり開けて怒りを示そうとしてる。
「あったまくるなー、このゴミ箱!」
いいんちょが握ったこぶしの中には、かっちんかっちんに固く丸められた紙が入ってた。さっきの張り紙の変わり果てた姿。それは、さっきの張り紙に対するゴミ箱の返事だよね。だーれがおまいの指図なんか受けるもんかー、べっかんこー。西野さんの青筋が、めっちゃ太くなった。
「こいつー、ゴミ箱のぶんざいで!」
いいんちょが、ゴミ箱をぺんと叩いて言い渡す。
「月に代わっておしおきよ!」
そりはちと古いと思うけどにゃあ……。
ゴミ箱を持ち上げたいいんちょが、それをくるっとひっくり返した。なるほどー。その手があったかー! ゴミ箱の底をぺんぺんと叩いたいいんちょが、不敵に笑う。
「少しは反省することね。ふふん」
西野さんも、笑う。
「ふっふっふ。ながしめ屋。おぬしもワルよのお」
「いえいえ、お代官さまほどではございませぬ」
西野さんといいんちょがわたしを見た。こりゃあ、ぼけないと。
「おらたち百姓に罪はねえだあっ!」
わははははっ。気分よく三時間目に突入。でも、三時間目が終わって振り返った時。わたしたちは、ずっしり敗北感を味わうことになった。
「ちょっとぉ!」
西野さんの顔が、怒りで真っ赤になってる。ゴミ箱は。中に入ってたごみ一つ散らすことなく。お澄ましモードで、元通りになっていた。
「しまいにゃ焼き入れっぞーっ! わりゃあっ!」
「どうどうどう」
いいんちょも、口調は静かだけど相当アタマにきてるみたい。その細い目の隙間から、鋭い視線を送ってる。
「ねえ、みゆ、にしやん。今はわたしたちがこやってガードしてるから、ゴミ箱は使われてない。でも、四時間目終わって昼になったら、みゆみたいな売店組のゴミがたくさん入る」
「うん」
「そだね」
「そこが勝負だね。でさ」
三人で顔を寄せ集めてひそひそ。
「このゴミ箱の中身って、全部紙ゴミでしょ?」
確かにそうだ。ティッシュとか、メモ紙とか、丸めた小テストの答案とか。西野さんが、いいんちょに聞く。
「そだけど、それが切り札になんの?」
「うん。このゴミ箱ね。中のゴミがはらわたなの」
「ほっほー、そういう考え方もあんのか」
「だから、みゆやにしやんの入れたゴミは自分じゃないからキョヒした。吐き出した。ぺって」
「む」
「腹わたえぐり出しちゃえ。ずたずたにしちゃる!」
ごわあっ! わたしも西野さんも、カゲキないいんちょの発言にのけぞった。いいんちょ怒らすと、怖いかも。もしかしたら、西野さんより怖いかも。ひええっ。
えと。
「いいんちょ、どやってやんの?」
いいんちょがにやっと笑った。
「燃やす」
◇ ◇ ◇
昼休み。わたしは速攻でパンとコーヒー牛乳を買って、儀式に備えた。いいんちょの思いつきと度胸には、ほんとにびっくりさせられる。いいんちょは書道で使う半紙をてきとーに折って、墨と朱色の墨汁でそれっぽいものをこさえた。それを持って、鈴木せんせのとこに三人で行った。わたしがゴミ箱を抱えて。西野さんが、ゴミ箱を見張るように。
昨日あった怪異現象。それに怯える鈴木せんせに、いいんちょがお祓いをもちかけたわけ。お札を焼いて悪魔を追い払いましょうって。せんせはすぐに乗った。わたしたちには言わなかったけど、ほんとに怖かったんだろう。
今は、校内のゴミは業者さんが持ってく。裏庭にあった焼却炉は使われなくなってる。でも、大量のゴミを燃やすわけじゃないし、火を安全に使えればそれでいい。焼却炉の扉を開けて、ゴミ箱の中身の紙ゴミを放り込む。そこにいいんちょが手製の呪符を置いて、なんちゃらかんちゃらと唱えた。鈴木せんせがライターで火を点ける。ぽっ! 小さな火の手が上がって。ゴミと呪符が燃えて、すぐに消えた。
「これでもう大丈夫でしょう」
なんか、ものすごく霊験のある巫女さんみたいな言い方で、いいんちょが胸を張った。ほっとした顔で職員室に帰る鈴木せんせ。いいんちょがゴミ箱を見下ろして、ぼそっと言い放った。
「ざまみさらせ」
◇ ◇ ◇
わたしたちがゴミ箱を持って帰るのを待ってたように。昼休みの間に、ゴミ箱にはいっぱいゴミが入れられた。わたしもいいんちょも西野さんも、そのゴミが捨てた子のところに戻らないかどうかを、びくびくしながら見守った。でも。ゴミはゴミ箱の中でじっとしてた。
放課後。なんとなく三人でゴミ箱のところに集まる。さっき掃除当番がゴミを捨てに行ったから、中身は空のはず。こわごわのぞく。中には何も入ってなかった。なんとなく、ほっとする。
「やっと大人しくなったか、この野郎」
「手こずったねー」
「がんこだったにゃあ」
うん。がんこ。絶対自分は変わらない、変えさせないぞっていう、強いこだわり。それを、さっきみたいにむりやり変えさせられてしまったら悲しいなーって思う。でも。わたしは、そこまで貫けるがんこさがうらやましかった。自分はこういうゴミ箱なんだから余計なことすんなよなって、力いっぱい抵抗する。そのがんこさが、どっかうらやましかった。
「ねえ、西野さん」
「ん?」
「西野さんさ、コースどうすんの?」
がんこなゴミ箱と真正面からぶつかった西野さん。西野さんもまた、すっごいがんこなんだろう。その西野さんが、なんにこだわってるのか。それが知りたくなった。わたしが突然そんなネタを振ったことに驚きもしないで、ぺろっと西野さんが答えた。
「普通コースだよ」
「えええーっ!?」
びっくり仰天。
「おかしい?」
「だ、だって、西野さん、成績悪くないやん」
「ああ、わたしは大学行く気ないからね。そんだけ」
「へ?」
西野さんが、にかあっと笑う。
「わたしは早く商売したいの。体張ってなんかしたい。だから大学行ってる時間がもったない」
うわ。
「親がさー。大学くらい出とけーって言うんだけど、その時間ぐだぐだ遠回りすんのがいやなの。ほんとは商業高校行きたかったんだけどさ」
頭をがりがり掻いて、椅子をぽんと蹴飛ばす西野さん。
「スポンサーが向こうだから、しゃあないよね。その代わり、高校出たら好きにさせてもらう」
すごい。ゴミ箱にだけでなくて、ちゃんと自分にもケンカ売ってる。もう……覚悟してるってことだ。いいんちょがわたしの肩を叩いた。
「みゆー、にしやんと自分を比べたらだめだおー。にしやんは特別。ゴミ箱とすもー取れるんだからね」
ずべっ! 西野さんがこけた。
「いいんちょ、人を化けもの扱いしないでくれるっ!?」
「立派な化けもんじゃん」
いつもの、どこに目玉があるかわかんない顔に戻って。いいんちょが笑った。
「けっけっけ」
ぶすくれた西野さんが、わたしに逆に聞いた。
「石田さんは?」
わたしは、思わずうつむいちゃう。
「わたし、頭悪いも。普通コースしか行けない」
「ふん?」
西野さんが、ぴっとわたしを指差す。
「ねえ、石田さん。頭はね、いい悪いっていうのはないんよ。良くする。悪くなる。それは動くもんなの」
「動くもの?」
「そ」
にやっと笑う西野さん。
「わたしは商売のためになるものなら、なんでも詰め込みたい。だから、それは頭を良くする。そーいうこと」
わたしはビーバーに言われたことを思い出した。進路を考えなさい。それで選択教科が変わる。あれは、ビーバーが機械的に言ったことじゃない。目標があれば、アタマは良くなるよって、そういうアドバイスだったんだ。
「ねえ」
ぼんやり考え込んでたわたしを、西野さんが小突いた。
「ん?」
「石田さんさ、もっと自分を出しなよ。もったない」
へ?
「さっき、ゴミ箱んとこでやりあってて楽しかったよ。シラケてないで、地ぃ出しゃいいのに」
うん。西野さんは、はっきりしてる。遠慮した言い方はしない。きっぱり、がんこだ。でもそのがんこさが、今日はみょーにうれしい。
「ありがと。これからそうする。ねえ、にしやんて呼んでいい?」
「いいよん。わたしもみゆって呼ぶから」
いいんちょが、わたしたちをうれしそうに見比べてた。きっと、いいんちょはわたしを心配してくれてたんだろう。進級してあずさとクラスが割れたら、わたしはひとりぽっちになっちゃうって。
あはは。でも、変なの。もうクラスがばらばらになるっていうのに。わたしにはトモダチができた。新しい、トモダチができた。
ありがとー。がんこなごみばこ。
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