第十章・いぬみみ
だい46にゃ・皇帝の怒り
今日も帝国の会議室では重苦しい空気が流れている。
先月に南の島を占領しようと送った大船団が一隻も帰ってこなかったからだ。
航行中の事故で帰れないのかもしれないと考え、幾つかの捜索隊を結成し探しに行かせた。
大量の船が航行中の事故で連絡が取れないのも異常でありえない事だとも誰もが考えていたが、それ以上に考えられるべきものが無かった所以だ。
そして、数週間後に帰って来た捜索隊の情報は驚くべきものだった。
「――なんだと!! それは本当か!?」
皇帝は叫ぶとともに手に持っていた盃を床に叩きつける。
報告に来た兵士は身を震わせながら報告を続けた。
たとえ理不尽な怒りを一身に受けようとも、報告するのが彼の役割なのだから。
「は、はい。
南の島を偵察した結果、島に上陸した船は数隻ありましたが誰一人として味方はおりませんでした!
さらに島付近の海辺には、ほぼ全軍と思われる無数の船が大破した状態で発見されました!」
その報告を聞いて周囲の貴族や軍人が騒ぎだす。
「な、なんだと! そんなことが!?」
「もしこれが本当なら出撃した後に上がった報告が本当だったことになりますな?」
「強力な魔法を複数展開出来る敵がいるというヤツですか? さすがにそれはないのでは?」
「信じ難いことですが、実際に我が方は全滅してますぞ」
「誇張はあったとしても、強力な魔法使いが居ることは事実かもしれませんな。それも複数」
「確かに、それならありえますな。ただ、それでも我々が全滅するとは思えませんが……」
「黙れ!!」
皇帝の魔力が籠った怒号が響き、一瞬で皆が口を閉じた。
威圧されるかのような強大な魔力に誰もが冷や汗を流し始める。
「我らに敗北があるなどありえない! あっていい訳が無い!! そうだろう!?!?」
「「「ッハ! 我ら
皇帝の言葉に皆が震えながら肯定する。
「我々ら選ばれし種族を退けたのが猫耳族! よりにもよってこんな下等生物に!
人獣族なんぞに負けていいわけが無い!!」
一旦話を切ると、より一層力強く声を張り上げる。
その瞳は怒りと誇りに燃えていた。
「五万だ! 兵士を集めろ! 我らが汚名を背負ったまま生きるなどありえん!!
マイズ・ギルサリオン! どのくらいで準備出来る!?」
名前を呼ばれた一人の軍人が前に出て報告する。
彼の胸には幾度もの戦争で上げた功績を示す勲章が輝いていた。
「現在五万もの将兵も、乗船出来る船の数もありません。
周囲の兵士や予備兵を呼び集めたとして、五万の将兵が集まるのは約3ヵ月。
船に関しては新たに造船して、
それを聞いた皇帝は眉間に皺を寄せながら考え込む。
「それは少し長いな。先鋒一万は他種族に任せよう。
奴隷や周囲の属州から掻き集めればいいだろう。
同時に造船にも大量の奴隷を使え、その方が早く計画が進む」
「それでしたら我が兵士を遠くから呼び出す必要が無くなりますので、集結は2ヵ月まで短縮できると思います。ですが兵士に奴隷を割くと造船分の奴隷が居なくなってしまいます」
皇帝は少し呆気にとられたような表情をしながら玉座に肘を突いた。
「いなければ狩り立てればいいだろう、他種族なぞ腐るほどいるんだからな。
あぁ、そうだ。面白いことを考え付いた。
島に行く先鋒一万の他種族は人獣族を集めろ、特に犬耳族を中心にな。
猫には犬がちょうどいいだろう! はっはははははははははははは!」
マイズ・ギルサリオンは少しだけ、誰にも分からないように表情を歪めた。
「……分かりました。直ぐに集めてまいりましょう。
して、この度の戦いに、皇帝様はお越しになられますか?」
「いや。俺は用事があっていけん。
次会うときは勝利の報告を届けに来い。島で奴隷にした種族と共にな」
「ッハ! 必ずや勝利を収めてまいります!」
華麗な敬礼をしてから席に着くと、その後は簡単な作戦会議があってから直ぐに解散した。
マイズ・ギルサリオンは足早に会議室から出ると、帝宮にある自室に戻っていく。
彼はゆっくりと扉を閉めてから溜息を吐いた。
「っふん。皇帝め、また実験と
我々ハイエルフが最も優れた種族であることは自他共に認められているし、実際そうだ。
だが、それが理由で他種族を虐げていい理由にはならない。
今回の命令も酷かった。
軍に奴隷一万。造船にもそれに近い数の奴隷を連れてくるしかないだろう。
そんな数の奴隷は帝国周辺には存在しない、いなければ周りから集めるしかない。
「やりたくは無いが……これも私と家族のためだ」
自分にそう言い聞かせながら、彼は部屋から出て行った。
奴隷を補充するために。
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