第12話 白鶴拳最強のツルペタ
「優雅に美しく、
白鶴拳の総本山である白鶴道場にて、天才格闘少女の声が木霊する。
彼女の名前は
白鶴道場にて百年に一人の天才と謳われ、象形拳組合「ピンクの象」では三大天才格闘少女の一人に数えられている。
そんな裴多を遠くから双眼鏡を使い観察しているのが、日本から武者修行と言う名の道場破りに来た岸ショクシュ子であった。
「しかし…凄い数ね」
ショクシュ子が観察している裴多と白鶴道場。そこで白鶴拳の鍛錬に勤しむのは、ゆうに千人をも超える門下生の数である。
中国人の人口は日本のおよそ10倍の14億人。
格闘技を嗜む者の数もさる事ながら、白鶴拳は長い歴史のある象形拳である。
その歴史ある白鶴拳の総本山ともなれば、武芸者の数は日本では考えられない程の数になる。
見渡す限りの門下生達。その頂点に君臨し、指導を行っているのがお目当ての
中国に到着したショクシュ子は、その足で白鶴拳の総本山に直行。いざ、道場破りを敢行しようと目論むも、その門下生の数に圧倒。
日本では考えられない程の数に恐れることは無いものの、裴多と1対1で闘うためのお膳立てが必要と判断。
渋々、ショクシュ子は近くにある宿をとり、裴多との対戦の為に作戦を練る事にしたのだった。
まずショクシュ子が考えたのが、小細工無しで正々堂々と道場破りをすること。
だが、それには相手が応じなければ成立しない。
拒否され、邪魔する門下生達を薙ぎ倒して無理矢理闘う手もあるが、それだと万全な状態での闘いにはならず、かなり不利な闘いになることは否めない。
最強の格闘技である触手拳であれば門下生など恐れる事は無いのだが、薙ぎ倒して行けば無駄に体力を消費するし、いざ裴多と対戦しても、対戦中に門下生から邪魔が入る可能性だってでてくるのだ。
相手は自分と同じ天才格闘少女である。万全を期した状態で挑みたいところ。
仮に裴多が1対1での闘いを了承したとしても、問題が他にもある。
道場破りと言えば門下生達の前でするのが一般的である。千人を超える門下生達の前で勝利すれば、さぞかし気持ちのいいことであろう。
しかし、多くの門下生の前で触手拳が勝利すれば、たちまち触手拳とショクシュ子の事は噂となり、他の道場への道場破りに支障をきたす可能性が出てくる。
迅速に三大天才格闘少女を撃破するのが目的のショクシュ子にとっては、目立つ行動は自分の首を締めることになりかね無いのだ。
つまり、ショクシュ子にとって目立たずに目的を完遂するためには、闇討ちを仕掛けるのが一番だと結論付けた。
闇討ちと言っても突然後ろから襲いかかるわけでは無い。一人になるところを見計らって、正々堂々と闘いを挑むのだ。
その為には裴多の行動を知る必要があると、双眼鏡を片手に裴多を遠くから観察する事にしたのだった。
観察を始めて一週間。宿代だって馬鹿にならないので、手っ取り早く闘いたいところではあったが、裴多は道場に住み込みで暮らしており、他の門下生達と常に一緒にいるので、中々手出しが出来ずにいた。
痺れを切らしたショクシュ子が、我慢出来ずに道場破りを敢行しようかと思い始めた頃、裴多が一人で出掛けるところを発見。ショクシュ子は急いで後をつけた。
裴多を尾行するショクシュ子。土地勘が無いので尾行は大変かと思いきや、裴多がどんどん人気の無いところへと向かうので、尾行は難なく続けることが出来た。
尾行を開始しておよそ一時間。裴多は辺りに全く人気の無い原っぱに辿り着いた。そして一言、藪に向かって声を掛けた。
「いい加減、隠れてないで出て来なさいよ!ここなら誰も居ないから邪魔されないわ。それとも怖くて出て来れないのかしら?」
裴多の挑発が自分に向けられていると判断し、ショクシュ子は尾行をやめて藪から出て来た。
「…尾行、いつから気付いてたの?」
「最初からよ。私と闘いたいからと、つけ狙う輩は後を絶たないからね。たまにこうやって誘き寄せては排除してるのよ」
裴多にとっては日常茶飯事といったところであろう。慣れた感じでショクシュ子との対戦を自ら持ちかけたのだ。
そんな裴多がショクシュ子をよそに、キョロキョロと辺りを見渡した。
「ひょっとして貴方一人?普段はもっといるんだけどね」
藪から出て来たのがショクシュ子一人なのを不満に思ったのか、裴多は少しつっけんどんな態度をとる。
そんな裴多にショクシュ子は、自分一人では不満なのかと負けずに言い返した。
「大丈夫よ、子供の相手なら私一人でも充分だから。ちゃんとお昼寝の時間にあうように、倒してあげるからね」
子供と言われて裴多の額にピキリと青筋が浮かび上がる。満16歳にして身長が120cm程しか無い裴多にとって「子供」は禁句であった。
裴多の身体がみるみる殺気に覆われ、本気でショクシュ子を叩きのめさんと、睨みつける。
ピンクの象が発行している小冊子には、裴多の身長が140cmだと記載されていた。
だが、紹介されている裴多の写真はどう見ても身長が120cm程しか無い幼児体型。
古い写真を使っているのかと思っていたショクシュ子であったが、いざ対峙してみるとやはり120cm程にしか感じられない。
格闘家であるショクシュ子にとって、間合いを測る為にも相手の身長はパッと見で判断出来るのだ。
三大天才格闘少女の残り二人も同じ様に身長は低く、幼児体型である。でも身長の明記は正しかった。その中で裴多だけが何故か身長を高く記載。
裴多が身長を鯖読んでいるのは明らか。つまり、身長にコンプレックスがあることを示唆しているのだ。
そんなコンプレックスを突く様に子供扱い。安っぽい挑発に乗り、裴多が殺気を漲らせるのは、ショクシュ子の予想りの展開であった。
…しかし、裴多の強さだけは予想の範疇を超えていた。
美しい白鶴がショクシュ子の眼前で舞う。次の瞬間、白鶴の首から上が消失。
天性の才か野生の勘か、無意識に避けたショクシュ子の頬を何かが斬り裂いた。
後方にある大木に直径10cm程の穴が空いたのを確認して、ショクシュ子は自分が攻撃されたことを理解した。
裴多は自らの足を白鶴の嘴に見たて、前蹴りを繰り出したのだ。
爪先を立てて一直線に突き出した前蹴りは、目視不可能な程の超スピードとなり、凄まじいまでの蹴りとなって目標を貫く。これこそ白鶴拳の極意。
貫通力の高い超高速の前蹴りを得意とするのが白鶴拳。極めれば一撃で勝敗を決するのは容易なこと。
天才格闘少女である裴多であれば、これを連続して繰り出すことも可能。
恐るべき一撃に冷や汗を垂らすショクシュ子に、体勢を立て直す暇など与える訳も無く、裴多の奥義が襲いかかる。
「奥義!
翼を広げた白鶴が如く両腕を広げると、裴多は天高く飛翔した。
裴多の両足は白鶴の頭部となり、さながら双頭の白鶴が獲物を狙うが如く、ショクシュ子に襲いかかる。
貫通力を兼ね備えた無数の嘴がショクシュ子の眼前に現れる。
それが目視不可能な程の超高速で襲いかかるのだ。並の格闘家であれば身体中に穴が空くことであろう。
裴多が繰り出す、終わることの無い嘴の連撃。天性の才で必死に捌き切ろうとするショクシュ子ではあったが、才のみで捌き切れるほど裴多の奥義は甘くは無い。
裴多の猛攻がジワジワとショクシュ子の身体を傷付け始めると、流石に捌き切る事を不可能と判断し、ショクシュ子は決死の覚悟で反撃に転じた。
たとえ嘴が無数に見えても、元々は双頭の白鶴の嘴である。
両手を以って双頭の嘴を押さえつければ、事は足りる。
ただ、問題は超高速と貫通力。たとえショクシュ子の触手であろうとも、無傷で嘴の動きを止めるのは不可能である。
多少の傷は諦めるしかない。肉を切らせて骨を断つ。それがショクシュ子の導き出した答えだった。
裴多の無数に繰り出される嘴を、触手化したショクシュ子の両手が絡みつく。
本来であれば勢いを殺して無傷で絡め取るのが触手拳の極意。しかし、裴多の猛攻は絡め取るだけで精一杯。
勢いを完全に殺すこと、叶わず。触手化した両手は絡み付いた時の衝撃によって、激しい痛みが伴った。
ダメージを受けながらも何とか嘴に絡みついた触手。安堵したショクシュ子ではあったが、それは間違いの元であった。
触手が絡み付いた、その次の瞬間には既に触手から嘴は抜き去られていたのだ。
裴多の繰り出した奥義は超高速の嘴である。
突き出す速さもさることながら、引き戻す速さも同等の超高速で無ければ奥義としては成り立たない。
ダメージを受けながらも触手を絡みつかせたショクシュ子は確かに見事であった。しかし、完全に勢いを殺せずに絡みつくだけでは、裴多の奥義を攻略するまでには至らない。
嘴を超高速で引き戻したのが、触手から抜け出た理由の一つではあるが、勿論それだけが理由では無い。
白鶴拳の使い手である裴多の両足は、見事なまでに体毛が一本も生えていないのだ。
この摩擦を限りなく軽減するツルツル肌と超高速の前蹴りこそが、絡みつく触手を物ともしない裴多の武器なのである。
嘴を絡め取り損ねたショクシュ子は、そのまま前屈みに体勢を崩し、無数の嘴の前へと無防備な姿をさらけ出すこととなる。
そして無情にもショクシュ子は、白鶴の無数の嘴の餌食となるのであった。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
全身に無数の嘴を喰らったショクシュ子は、後方へと勢い良く吹き飛ばされた。
木にぶつかり、その場に倒れ込むショクシュ子。
それでもヨロヨロと必死で立ち上がり、裴多の追撃に備えて急いで身構える。
裴多の攻撃によるダメージは、ショクシュ子の全身触手化によって軽減させていた。
そうで無ければ全身に穴が空いていた事だろう。
だが、ダメージ軽減はおよそ30%程しか効果がなかった。本来であれば50%以上は軽減出来るところだが、それ程までに裴多の奥義は凄まじかったのだ。
たった五分の攻防に、ショクシュ子は血と痣に塗れて満身創痍。
対して裴多は散歩でもして来たかの様に、平然としている。
敗北など微塵と考えてなかったショクシュ子は、己の甘ったれた考えを改め直した。
日本ではいつも年上と組手をして来たショクシュ子。同年代では相手になる者が居ないのだから仕方が無い。
だが、常に年上相手にも勝ち続けたショクシュ子は、敗北を知らずに連戦連勝。
その敗北を恐れずに来た事が、今になって裏目に出て来たのだ。
ショクシュ子の前に居るのは、今まで相手をして来た格下の格闘家などでは無い。紛れも無く自分と同等か、それ以上の力をもった天才である。
それも本場の象形拳でトップに立つ、同い年の天才、
己の甘さを思い知らせてくれた天才が、ショクシュ子の最強への覇道に、大きく立ちはだかるのであった。
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