第8話 一騎当千



 愛娘のショクシュ子を出産してから、一ヶ月程経ったある日の事。益美から岸に話しかけてきた。


「そろそろ産後の体調も回復して来た事だし、身体を動かしてもいい頃だと思うのよね」


 益美の発言にピクリと反応する岸。


 そう、益美の発言は一年近く御無沙汰の、組手の解禁を意味するのだ。


 ボジョレーヌーボーの解禁日などよりも渇望していた、待ちに待った組手の解禁。

 今か今かと待ち望んでいた解禁が、ついに益美の口から聞けたのだ。


「そうか、もう組手が出来る程に回復したのか。だが、無理は禁物だぞ?体調が万全では無いのに無理をしたら、それこそ取り返しがつかない怪我に繋がるからな」


 一応、優しく益美の身体をいたわる発言をしているが、岸の本心としては我慢の限界を迎えているのが現状だ。


 益美が岸のいたわりの言葉を真に受けて、「やっぱり体調がよろしく無いから組手はお預けね」などと言われても、我慢出来る訳が無いのだ。


 何故なら、岸は慢性触手渇望症を発症しているのだから…。



 益美のセン触手観音ショクシュカンノンを体験した岸は、既に益美の触手の虜となっていた。


 にも拘らず、今まで益美はショクシュ子の妊娠と出産が故に、組手をすることを控えていた。


 触手渇望症を発症しながら、我慢し続ける岸。その我慢がもう、限界を迎えていた。



 しかし、益美の体調はまだ完全には回復してはいなかった。


 それでも組手の解禁を申し出たのは、そんな岸の我慢の限界を察して…などでは無く、益美もまた我慢の限界を迎えていたからである。


 益美も岸と同様に触手の虜。つまり、お互いの触手を渇望しているが故に、万全では無い体調であっても組手を申し出たのだ。


 お互いに触手を渇望しているのに、それを止める術は無い。


 二人はいそいそとベッドを部屋の真ん中に移動し、ベッドを挟んでお互いに対峙する。




 待ちに待った久々の組手。準備は万端。岸の触手は今か今かと、いきり勃つ。


 益美の1000本の触手も、湿度を高めて滑らかなる動きを見せる。


 体調が回復しきれてないとは言え、迎撃の準備は整っている。


 対峙する二人が示し合わす様に視線を向けたのは、ベビーベッドから此方を伺っている笑顔のショクシュ子。


 これから始まる神技と神技のぶつかり合いを予感してか、いつにも増して笑みをこぼしていた。


「すまないがショっちゃんが見ている手前、手を抜く事は出来ない。体調が万全で無くても本気で行かせてもらうぞ。父として、触手拳の使い手として、無様な姿は見せられないからな!」


 そう言うと岸は身構える。触手拳の本気の構えだ。


 益美もまた、身構える。岸の本気の構えに物怖じするでも無く、それどころか岸の本気の触手に歓喜するが如く、身構えた。




 岸はこの日の為に繰り返して来た、荒行の数々を思い返した。


 血反吐を吐き続けた荒行の末に、到達した高み。

 それは益美の奥義に対抗する為の、涙ぐましいまでの努力であった。


 その成果が遂に、御披露目となるのだった。







 岸の触手による突きは一分間でおよそ600回と、常人の域を逸脱していた。

 だが、超人と呼べる程のものでは無い。

 超人の域に到達し、それを超えるには、一分間に1000回の突きが必要になると、岸は試算していた。


 岸のたった1本の触手。それによって1000本もの触手に対抗するには、これだけの突きを繰り出さなければならないのだ。

 それが万夫不当の豪傑と呼ぶに相応しい一騎当千が奥義。


 そう、一分間に1000回もの突きを繰り出す奥義。これが岸の考えたセン触手観音ショクシュカンノンへの対抗策であった。



 岸の血の滲む荒行は凄惨を極めた。


 あえて堅い楢や樫の木で作り上げた木人を相手に、激しく急所への突きを繰り返す。


 一撃で自らの触手がへし折れるのではと思われる程の激しい突き。


 それを毎日の様に幾度と無く繰り返す。正気の沙汰とは思えない。


 だが、木人の顔にマジックで描かれた下手くそな似顔絵、益美の顔を見る度に岸のヤル気は奮い勃つ。



 岸の触手が血にまみれても、休まることは無かった。只々、益美のセン触手観音ショクシュカンノンへの対策と、産まれてくる我が子への父としての威厳を示さんとする想いが、岸を狂気の荒行へと突き動かすのであった。



 いつしか木人の急所には穴が空いていた。堅い樫の木で出来た木人に、触手のみで穴を空けるとは、正に超人の領域。


 岸は穴の空いた木人を投げ捨てると、そこには既に穴の空いた木人がおよそ100体、転がっていた。


 遂に益美の出産を目前に控えて、岸べシローは超人を超えた存在へと変貌を遂げるのであった。


 セン触手観音ショクシュカンノンを超える奥義を会得した岸は、晴れやかなる顔をしていた。

 益美に蹂躙され続けた男としての尊厳が、やっと取り戻せると確信したからである。







 そして遂に益美との再戦。


 岸は益美と向き合うとユラリと動き、先手必勝とばかりに鍛え上げた触手で激しい突きを繰り出しながら、ベッドを挟んで対峙する益美へと襲いかかる。


 一分間に1000回と、常人には不可能なまでの激しい突き。

 その激しい突きは一筋の閃光となり、益美の急所へと一直線に襲い掛かるのであった。
















「奥義!一亀イッキ頭閃トウセン!」



 これぞ神技!まさに神技!


 狂気の荒行によって会得した、人知を超えた神技が1000本の触手へと立ち向かう!


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