その19 待たせたな!
道中、点々と見かける”ゾンビ”の死骸を乗り越えて、屋上へとたどり着きます。
四人の救出対象は、完全に包囲されているようでした。
そりゃもう、猫一匹逃れる隙間もないほどに。
押し合いへし合い、我先にとナマニクへ食いつかんとする”ゾンビ”の群れが、トラックに張り付いています。が、彼らの知能ではトラック上部に逃れた四人の人間に食らいつく手段は見つからないようでした。
それでも、何かの拍子で押し上げられて、トラックの縁に手が届きそうになる”ゾンビ”もいます。
そういう時に限って、
たーん!
と、自衛隊員さんは引き金を絞っているようでした。
彼の後ろには、不安そうな表情の三人。
なるほど、三人ともどこか日比谷康介くんの面影があります。
自衛隊員さんも含めて、みんな憔悴しきっているようでした。
無理もありません。一週間とちょっと前には、このような事態が自分の身に訪れようとは、露とも思わなかったでしょうから。
こんな世界で生きながらえるくらいなら、拳銃で頭を撃ちぬいた方がよっぽど気楽な気がします。
それでも生きることを諦めないのは、ご立派というか。
ふう……っ、と。
大きく深呼吸。
これまで、なるべく目立たないようにと生きてきましたが。
今日ばかりは、それとは真逆の行動をとる必要があるようです。
「みなさんっ! 這いつくばるようにして、”ゾンビ”の視界に入らないようにして下さい!」
私の声に、トラック上部にいる四人の視線が集中します。ついでに何匹かの“ゾンビ”が私に振り返ります。えっと、お前らはまだお呼びじゃないですよ。
「言うとおりにしてください! 早く!」
叫ぶと、疑問符を頭に浮かべたまま、それでも彼らは、一斉にトラックの上で這いつくばります。
これでいい。
”ゾンビ”どもの知能指数は高くありません。
虫と同じく、今、もっとも注意を引いている相手に向かって、真っ直ぐ突撃する。ただそれだけです。
で、あれば。
彼らの注意を一度でもこちらに向けられれば、あとはずっと私を追いかけてくれるはず。
これ以上叫ぶと喉が痛くなりそうなので、私は林太郎くんに借りた、スピーカー付きポータブルオーディオのスイッチを入れました。
――ズン、ズン、ズン、ズン♪
同時に、私がこれまで聴いてこなかったタイプの洋楽が流れます。
「なるべくやかましくて目立つ感じの曲を」
という、私の注文通り。
派手な前奏が終わると、ボーカルが歌い始めました。
ものすごいガラガラ声です。きっと英語圏の人でも何を言っているかわからないヤツでしょう。
屋上にいる、ほとんど全ての”ゾンビ”がこちらに気づきます。
ぞくぞく、と、背筋を嫌なものが撫でる感触。
捕食者に睨まれたウサギの気持ちとは、こんな感じでしょうか。
私はまず、最初に向かってきた”ゾンビ”の頭を叩き割りました。
そして、遅れてやってきたもう一匹の首を、全力で跳ね飛ばします。
生首は、都合よく”ゾンビ”たちの群れの中央に落っこちました。
同時に。
『ウォオオオオオ……!』
大移動が始まります。
わらわらと、こちらに群がるように“ゾンビ”が移動を始めました。
「――鬼さんこちら」
小さく呟いた言葉は、林太郎くんが選出した音楽でかき消されます。
踵を返して、私は“キャプテン”の屋上を後にしました。
その後は、脱兎の如く。
”ゾンビ”たちを引き離さない程度の速度で、彼らから距離をとります。
ゆっくりと坂道を歩き。
ゆっくりと”キャプテン”の前を通り過ぎ。
ゆっくりと、商店街までの道のりを進みます。
当然ながら、最短経路は救出対象の四人と林太郎くん、明日香さんのために譲らなければなりません。
私は、これから進む予定のルートを頭の中でシミュレートします。
ぐるりと商店街を迂回して、正門を目指す道のり。
商店街を横切る作戦も考えたのですが、あっちは道が狭い上にごちゃごちゃしています。囲まれてしまうリスクが高すぎることから、敢えて遠回りして、大通りのみを進むルートを選びました。
なるべく長く。
なるべく多く。
”ゾンビ”の注意を引いていなければなりません。
長い一日になりそうでした。
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